相見
「……西宮先輩、またやらかしたんですか?」
「伊佐くん。そうみたいだねぇー。」
「何で他人事なんですか?」
前線拠点、学生区画。
乾いた風が砂埃を舞い上げて、空気が少し黄ばん見える。自らの行動のせいで起こった事件だというのに、目の前で地べたに座り込んで機械を弄っている西宮の態度には反省の色が見られない。
(なんでこんな人が相方なんだ……『先輩』であるならばもっと、こう……いや。よそう。この人はあの人達とは違う人間なのだから。)
伊佐が小さくため息を吐くと、西宮はのっそりと立ち上がって伊佐の額に手を当てた。
突然の行動に伊佐が驚いた様子で後ずさると、西宮はケラケラと笑ってまたしゃがみ込んだ。伊佐の目には西宮の笑う度に細かく光を反射する金の髪がウザったく映り、あまりの不快さに眉をしかめた。
「そんな目で見ないでよ、まるで君をイジメてるみたいじゃない?」
「……そうですね。事実はもっと酷いですからね。」
このくらいは言っても許されるだろう、と伊佐は自身の視界の端に表示され続けている『切断中』のアイコンにちらりと目を向けた。原因は分かりきっている、この問題児のせいだ。
(今討伐に出ているのは吉川弟と古賀だけだ。あの人がいるなら心配はいらないと思う、が……何だ?この胸騒ぎは……
三倉も吉川姉と一緒に行動しているのだから、何も起きないはずなのに……ああ、コイツさえ余計なことをしなければ……!!!)
握りこんだ拳をどうにか振り上げないように伊佐が必死に耐えていると、ふと慌ただしい足音が聞こえてきた。
「……あっ弧太郎くん!弦見さんも!沙羅さん見かけなかった!?」
「あれぇ?ミドちゃん。1人?」
ふわふわとした髪が乱れているのも気に留めず、こちらに駆け寄ってくる吉川翠の様子に伊佐は嫌な予感がした。
1人。
三倉沙羅がいない。
(まさか___!?)
その予感が思考としてまとまった直後、伊佐の身体は半ば反射的に駆け出していた。背後で遠ざかっていく声は、意味が頭に届く前に散っていく。伊佐の頭にあるのは、たった1人の安否への不安だけだった。
(先輩……どうかご無事で!)
***
「……ってーな要領ですよ。」
「へぇー……今まで無意識でやってたから応用できてなかったって訳か。すごいな後輩。」
「なんか急に素直ですね?」
吉川文目に身体強化の方法___どうやら完全に無意識だったから知覚できてなかったっぽい___を教えつつ、私は怪異に拳を叩きつけた。
相変わらず怪異に囲まれたまんまだ。全然減らない、なんだかおかしい。
おかしいと分かっていても、突破口を開けるだけの威力を出すには権能を使うしかない。霊域みたいな閉所的な場所なら吉川文目に口止めすれば良いけど、この状況じゃ使ったら確実に知られてしまう。それはきっとダメだ。
だって、平里が念押しするくらいだから、多分良くない方向に行ってしまう可能性大ってことだろうし。それはヤダ。
だったら吉川文目を強化しつつ、どうにか救援要請を飛ばすしかない……ん、だけど……
チラリと視界の端に目を向けてみても、相変わらず通信状況を示すアイコンは『切断中』のままだ。何してるんだあの人。いい加減にせーよ。
「あーもー……いつになったら助け呼べるのさーーー!!!!」
「……まだ駄目なのかよ……!」
「まだ駄目なんですー、四面楚歌ですー。
先輩、どうしやしょう?」
「……おい後輩。ひょっとしてお前、余裕あんな?」
「なーに言ってるんですかー。あっしはただの____」
「余裕あんのな。じゃ、1人で何とかしてくれ。」
「えぇー!?ひっどーい!先輩の人でなしー!!!」
場を和まそうとしただけなのにー。ひどい。
なおも迫り来る怪異を足蹴にしながら、風に揺れて首に絡まる薄墨色の髪を束ね直す。今朝替えたばかりの制服も、汗と砂にまみれてもうすっかり薄汚れている。
いつものこととはいえ、洗濯の手間を考えるとちょっぴり嫌な気持ちになる。ま、血が付いてないだけマシなんだけどさ。
怪異の赤黒さに血液を思い出して嫌気がさしても、倒し続けなければいけない。そうしなくちゃ、こっちがやられてしまう訳だし。やるしかないのだ、どれだけ不快だったとしても。
そういえば……腕っぽいのが時々混じるとはいえ、蛙、蛇、長めの蜥蜴?とか爬虫類に似た形の怪異ばっかりだ。それになんかこの組み合わせ、昔どこかで見たような……。
「……後輩!下!」
「えっ?って、うわっ!?」
吉川文目の言葉にハッとして、その場から咄嗟に飛び退くと影から小さな腕が生えていた。
……やっぱりこれ、見た事ある。
どこで見たんだっけ?なんでか思い出せない。
でも、報告書に書いた覚えがないってことは、きっとこれ、あの彼岸の____!?
掴まれた。脚、解けない、前方怪異、回避不能。しまった。
やっばー。さすがに死ぬかな、コレ。なら……仕方ない、か。
「……あーもー!知ーらない!」
円を描くように周囲に黒い稲妻を走らせて飛びかかって来た怪異を薙ぎ払う。その流れで脚に巻きついた腕を焼いて消し飛ばすと、私はゆっくりと吉川文目の方に顔を向けた。
「……何か見ましたぁ?」
「…………見てねぇ。何も見てねーよ。」
「なら良いですー。」
後頭部をガシガシと掻きながらため息混じりにそう答える吉川文目の様子に、どこか懐かしい感情を覚えた。誰に似てるんだったか。
視線を周りに戻すと、私を中心として数メートルほどの範囲の怪異が消失している。しかも、さすがの怪異もここまで来ると私のことを警戒対象として意識したのか、こちらに近付いてくる個体数が大幅に減っている。
……ってことは、今が好機なのでは?
「……先輩。」
「なんだよ後輩。」
「今から長距離走する元気ってあったりします?……まあ、無くってもやってもらうしかないんですけど。」
私がにっと笑いかけると、吉川文目も「どうにでもなれ」とでも言いたげに笑った。
「道は任せても良いんだな?後輩。」
「まっかせて下さい。幹線道路くらい立派な道を作ってあげますよ。先輩。」
きっともっと、早くこうすべきだったんだ。
ごめん平里。私弱いから、窮地では手段なんか選べない。
「よーっし!じゃー合図は私が!
じゅーう!きゅー!はーち____」
「長くねぇ!?」
「なーな!色々あるんですよ!ろーく!ごー!」
吉川文目が姿勢を整える。拠点のある方向に身体を向ける。
「よーん!さーん!にーい!」
ああ、そっか。託す側って、こんな気持ちだったんだ。
……なんだかんだ、初めてかもな。こんな不安は。
「いーち……ぜろー!」
そう叫んだのと同時に、私は勢いよく前方に権能を放った。
私の黒雷。純粋な熱量の塊。
触れたそばから怪異が蒸発していく。きっとこの分じゃ、核石も残らないだろな。
巻き起こる砂埃を切り裂くように駆けていく吉川文目の背中を見送ると、私は無理やり頬を吊り上げた。
「よし!後のことは後で考える!今は今!
……目移りしないでよ、旧友!」




