得体知れず
(位置が悪かったかな。)
まだ年若い少女にも、妙齢の女性にも見える容姿の彼女は、制帽のツバをピンと指先で弾いた。
地下深くにあるこの基地は、元は今は無き東都結界を支えていた施設だ。
目の前にそびえる、メーターやモニター、ボタンがいくつも所狭しと備え付けられている巨大な機械____都市結界装置はこれによって人々は怪異から守られていたと言っても過言ではないほどの規格外の代物であるが、使用方法のわかる人間も動力もない今ではただのデカイだけの置物である。
「……ほんの、千年前の話なんだけどねぇ……」
「……穂稀さん。大多数の人間にとって『千年前』はほんのじゃ済まないですよ。」
機械の裏の非常用のドアを後ろ手で閉めて黒髪の青年が歩み寄ると、彼女は毒々しいほどに鮮やかな緑色の目を柔らかく細めた。
「あはは。もうだいぶ混ざっちゃったからねぇ……。ところで、もう佐伯くんのとこには行ったの?」
「はい。ただ……相変わらずでしたが。」
「……ま、無理もないよ。大まかとはいえ位置が相手方にバレてるんだ。いくらうちの子達が誤魔化してくれてるとはいえ、不安なんだろう。
……あの子だってまだ18歳なのだし……皆が皆、君みたいに人生n周目かってくらい達観できる訳じゃないんだよ。」
彼女___望月穂稀は静かに微笑むと、ぽんと青年の肩を軽く叩いた。
「だからそっちは頼んだよ、平里蓮くん?」
「……はいはい。」
***
……話したくない、かぁ……
天幕の1室___カーテンで区切られただけだけど___の簡易ベッドの上で、私はゴロゴロと転がった。
「……面と向かって言われたの、何気に初めてかも……っていうか真名どうしよ……」
もし万が一、兄さんまで真名を握られたらそれこそ詰みだ。だから、こうなったからといって安易に兄さんと替わる訳にはいかない。私が自分でどうにかするしかない。
どうすればいいのか分からなくなって枕に突っ伏すと、安い消臭剤の匂いがした。あれだ、大容量で薬品臭いやつ。
昔もあったけど今もこういうのあるんだなぁ、成分だけびするとやっぱり同じ臭いになるのかな、と頭の片隅で考えていると、にわかに外が騒がしくなった。
なんだろ。緊迫した雰囲気じゃないから、誰か大声で話してるのかな。
のそのそとベッドの下に投げ込んでたブーツを履き直して外に出てみると、見慣れない金髪の少年が吉川姉弟に怒られていた。蒔絵のような模様が入った黒い面が顔の上半分を覆っているけれど、片目の穴しか開いていない。
年の頃は……多分高梨と同じくらい?
ってことは学生か。今回参加してる人で私がまだ会ったことのない先輩と言えば____
「……西宮先輩?」
私が小さく口に出すと、吉川翠がぱっとこちらを振り返って申し訳なさそうに眉を下げた。
「あら、爽耶さん。ごめんなさいね、うるさかったかしら。」
「あ、いえ……ただ急に外が賑やかになったので、状況確認しようと思って……
何があったんですか?」
「……それが……その、弧太郎くんが……」
言いにくそうに口ごもる吉川翠の様子が珍しくて、色々な可能性が脳内を駆け巡った。部屋割りの喧嘩程度だったら良いけど、もし任務に関係してくるような問題だったら……とっても嫌だ。
ただでさえ三倉沙羅の件で頭が痛いのに。
どうかそこそこ下らない理由であってくれ〜、頭使う必要のない理由であって欲しい。
そう強く思いながらチラリと西宮?の方に視線を向けると、彼は仮面越しでも分かるくらいにっこりと笑って手を振った。
……なんなんだろ。
「西宮先輩ー……?」
「ごめんってば、文目くん。直す、直すよちゃんと。」
「直すってレベルじゃなくないですか?もはや修復ですよコレ。」
吉川文目が指す方へ目を動かすと、ゴミ……じゃ、ないな?バラバラになった機械らしき物体が転がっていた。ケーブルは全て引きずり出され、ネジも四方八方に散らばってる。
不法投棄された電子機器だって、もっとマシな見た目してるんじゃないかと思う。
「……あの、もしかしてアレって……」
「……その、ね。弧太郎くんが分解してしまって……一応警備上に問題は無いとはいえ、司令部と学生区画の連絡用の機械で……」
「……マジすか。」
「本当なのよ……。」
まずなんで分解したんだろか……?襲撃とかあっても連絡つかないじゃん……?
吉川翠と顔を見合わせていると、ついに吉川文目がキレたらしく殴打音が響いた。
いい音だけど、多分吉川文目の方も痛かったんじゃ?
手首捻ってなきゃいいけど。
「いい加減に!して!下さい!!!」
「いたっ!痛いってば!!!」
「アンタはどうしてこう……毎回毎回問題行動ばっかり起こすんですか!!!
そんなんだからメカニックなのに進級早々僻地に飛ばされたんじゃないんですか!?」
「ごめんってばー……でも、魔導具みると分解したくなっちゃうんだもん。仕方なくない?」
「ふざけないで下さい!!!!」
……わぁ。
火に油どころか灯油注ぎまくってオマケに火炎瓶投げ込んだ、みたいな態度だ……。
っていうか、メカニックってことは平里みたいな感じで魔導具開発もやってたりするのかな……だとしたら魔導具に何か仕込んでそうで怖い。
怖すぎて使いたくない。
西宮の反省してないどころかまだやりかねない態度にドン引きすると、私は吉川翠の袖を掴んだ。
「爽耶さん?」
「あの……ちょっと怖くなってきたのでしばらく一緒にいてもらっても良いですか……?」
「ああ……そうね、得体が知れないものね。
アヤ、弧太郎くんのこと任せたわね。」
「得体が知れないって酷くない?ボク、善良な1学生___」
「善良な人間は勝手に機械分解したりしねぇよ!!!」
「あいたぁ!?」
「……さ、爽耶さん行きましょう。大丈夫だからね。」
吉川翠は優しい声音でそう言って、私の背中を軽くさすってくれた。
……頑張れ、吉川文目。今回ばかりは応援したげよう……。




