砂蚯蚓(サンドワーム)
「…っえい!」
「ギャ!?」
砂蚯蚓の背後に向かって魔力を思いっきり込めた魔導拳銃を投げつけて爆発させると、砂蚯蚓たちは一斉にこちらに頭を向けた。
「やー、びっくり。なんでこんなトコにいるんだろ___
ね!」
狩りを邪魔されて怒り狂った砂蚯蚓たちの突進をトントントンっとステップを踏んで避けると、そのまま1体の胴体を駆け上がって飛び上がり空中に身を晒した。
好機とばかりに大口を開けて私を飲み込もうとしてくる砂蚯蚓のあまりにも単純な様子にクスッと笑いが漏れた。
砂蚯蚓の口内に飲み込まれた、その瞬間___
「いーち」
バヂンっと黒い閃光が走って砂蚯蚓の頭は焼け落ちた。1拍遅れて、どすんと遺された胴体が力無く横たわる。
「ギャ、ギャギャ!?」
「ギャギャギャ…」
仲間の死を目の当たりにした残りの2体が後ずさった隙間をついて、雪村たちの結界の中に転がり込んだ。
やっぱりこっちも除外機能付きかー。結界のクオリティはアレとしても、ちゃんと進歩してるんだなぁ。
「あ、あなた___」
「話は後で。これ使って。」
目を見開いている雪村の声を遮って、私は自分の分の結界装置を彼女の傍らに置いた。
「魔力、どのくらい保ちそう?」
「あ、え、えっと…この結界分だけなら5分ほどは」
「おっけー。5分ね。」
魔力切れも考慮すると3分以内に倒し切れればベスト…ただ砂蚯蚓は『砂』と付くだけあって私の権能との相性は悪い。
最悪だ。最悪も最悪。武器もない、頼れる味方もいない。ああ、本当に___。
「…最っ悪。」
そう言いながらも気分が高揚していくのを感じた。身一つ、私一人で高位の怪異と戦わなきゃいけないのに、なんでだろう?これが『血湧き肉躍る』ってやつなのかな。わかんないや。兄さんたちなら分かったのかな。
にしても…このジャージ動きづらいな。プロテクターも機動力を削ぐ程度には重量があるし…あ。そうだ!
「これ預かっといて!」
プロテクターとジャージを脱ぎ捨ててハイネックの半袖インナーとスパッツ、そしてスニーカーだけになると、脱ぎ捨てた衣類をまとめて雪村の背後の2人に押し付けた。
「え?え、えっ?」
わたわたとしながらも2人はしっかりと受け取ると、困惑した顔で私を見上げた。
「じゃ、雪村。こっちは任せたよー。」
「は?…ちょっと古賀さん!?」
雪村の呼び掛けを無視して再び砂蚯蚓の方へ突っ込んでいく。先程と同じように胴体を駆け上って跳んだが、2体とも口をきゅっと閉じて距離を取ってきた。
…同じ手が通用しない程度には知能があるのか。厄介だなぁ。
でも、倒せないほどじゃない。
私はそのまま空中で身を捩って向きを変えると、手近な右側方にいる砂蚯蚓の頭に触れた。
「にーい」
そしてそのまま黒い雷槍を出現させると、頭のてっぺんから爪先___この場合は尻尾の先___まで一気に貫いた。うん、範囲を狭めて一気に灼けば対応できる。
「…よし!あといっぴき!」
消し炭と化した砂蚯蚓の上に着地すると、ゆっくりと最後の1体に向き直った。残った砂蚯蚓は後ずさるように身を捩らせて___
一目散に逃走した。
「あ!こら!待てー!」
逃げるなー!
スルスルと素早く逃げてゆく砂蚯蚓を、足が引っかかりそうになるほどにゴツゴツとした岩場を跳ね回りながら追いかける。
そしてもうすぐ追い付けると思った直後。
砂蚯蚓は壁の向こうにすり抜けて消えた。
「……え?」
そんな馬鹿な。実体のない幽霊ならまだしも、砂蚯蚓がすり抜けられるわけが___!
「…まさか。」
ある可能性に思い至った私は通信機を外して再び壁のあった所を見た。
するとそこには壁などなく、ぽっかりと自分の身長ほどもある大穴が口を開けていた。
「そういうことか…!」
通信機の投影機能。アレを利用してこの穴を隠して…!
ここに逃げ込んだ、ということはこの先に砂蚯蚓の本来の生息域があるのだろう。その出入口が巧妙に隠されていたからこそ、誰も危険性に気付けなかったんだろう。
でも、それなら。
一体誰が何のためにこんなことを?
霊域が成長して、複数地形を持つ複合型霊域になったのならば難易度は当然上がる。そんな場所にわざと素人を送り込むだなんて「死ね」と言っているも同然だし…。そもそもなんで転移装置からこんな近いところにあったのに誰も気付かなかったの?
もしかして、異能者を殺したい誰かが学園内に潜んでいる___?
「…」
ダメだ。不確定要素ばっかりで『誰か』を狙ったのか『全員』を狙ったのか全然分からない…。私は通信機を付け直すと2人にそれぞれ違う内容でメッセージを送った。
砂漠地形は不利な怪異が多いから、あんまり1人で行きたくはないけど…。もしこの先に何かあるなら、証拠を消される前に手に入れないと。これ以上、こどもたちを危険に晒したくない。
私は通信機を再び外して大穴の前に置くと、深呼吸して穴の中へ飛び込んだ。