別に期待してた訳じゃないけど
「……そうですか。ご存知だったのですね。」
完全にハッタリだったけど、どうやら本当にあったみたい。
……良かった。
さすが同じ地獄を味わっただけあって、松也もこういう状況は想定内だったらしい。
……なんで私だけ2回も同じ地獄に放り込まれてるのかな。どうせ生まれ変わるんならもっと幸せな環境が良かったな……。
侍従さんは心做しかほっとしたように目を伏せると優しげに微笑んだ。
「すご……」
「さすが爽耶さん。かっこいい……」
「前々から思ってたけど百合って爽耶さんに対する期待値高すぎない……?」
「え?事実でしょう?」
「……マジかよ。」
こそこそと内緒話をする2人を横目に、私は手招きをする侍従さんの方へと歩み寄った。
「どうぞ、こちらをご覧ください。」
「これは……」
見慣れた字で書かれた証文に、思わず目頭が熱くなった。
そんな場合じゃないのに。でも、懐かしくて寂しくなってしまう。
これは松也の字だ。松也が、これをずっと昔に書いたんだ。
……人が死んでも文字は残るのかぁ。なんかちょっと、複雑な気分……。
「お嬢様?」
「あ、すみません。少し考え事をしてて。」
侍従さんの呼び掛けにはっとして顔を上げると、訝しげな視線を向けられていた。
別に何も、変なことはしてない……よね?
私が誤魔化そうとへらりと笑うと、侍従さんはふっと頬を緩めて証文の一文を指した。
「『家督継承は原則当主の宣言及び死亡時に長子に相続される』、『当主が不適格であると判断された場合は例外としてその限りではない』……」
つまり今みたいな状況の場合は例外措置が使える可能性が高い、ってことだよね。
ただ問題は、何を以て『不適格』と見なすかどうかだけど……
「うーん。職務放棄の追及、とか……?」
「お嬢様。もっと簡単な方法がございますよ。誰の目から見ても明らかで、確実な方法が。」
「え?どんな方法ですか?」
そんな素晴らしい方法が?あるの?
私が目を瞬かせると、侍従さんはひっそりと口を開いた。
「……異能を用いた決闘、にございますよ。」
***
「決闘……決闘だと?わ、わたしは当主だぞ!分かっているのか!?」
「はい。……っていうか、分かってるから言ってるんでしょう?古賀家は異能者の家系。そしてその異能を以てこの村を守護してきた。」
ゆっくりと歩いて崩れ落ちたままの当主の前に立つと、私はそのまま話し続けた。
「そりゃあ初代当主の功績も大きいですが、それでも古賀家が代々この地位にいることができたのはその実績の積み重ねがあったからでしょう。ですが……あなたは当主に就任してからただの一度も出陣したことがない。怪異や敵対勢力が何度も周辺に侵入しているにも関わらず。」
「そ、それは___」
「それは?」
もごもごと口ごもって言い訳を探している当主の姿は、どうしようもないくらい小さく見えた。
……なんだ、こんなものか。
力もない。頭がいい訳でもない。
ただ、偉くなりたかっただけの小物だ。
前世でも同じように抗っていれば、あの恐ろしかった人たちのことも同じように「こんなものか」って思えたのかな。……今更考えたって、しょうがないかぁ。
…ねぇ松也。あんたがどれだけ頑張っても、結局この血は争えなかったみたいだよ。
……つまんないね。馬鹿みたい……。
兄さんが壊してくれたものも、松也が積み上げたものも、私が作り上げたものだって、全部いつかの地獄に繋がってたなんて。虚しくって悲しくって仕方がない。
私たちが命捨てる価値なんて、ほんとにあったのかな___っと、いけないいけない。
私は堂々巡りしそうな思考を断ち切ると、未だ言い訳をできると思っている当主を見下ろした。
欲に塗れてたるみ切った身体。村の現状に似つかわしくない華美な衣装。
おまけに、研がれることなく鈍りきった霊力ときた。これでは今から訓練したとて盾にすらならない。
「……はぁ。いい加減気付かないんですか?もう言い訳でどうこうなる地点なんて、とっっくに過ぎ去ってるんですよ。」
私はなるだけ威圧感を含ませてそう言い放つと、片膝をついて当主の前髪を掴み上げた。
「……っ……ひ、ひぃ……」
「なーに被害者ヅラしてるんですか。これほどに古賀家のこと壊しておいて……あなたが加害者でしょう。」
視線すら合わせようともしない当主の顔にひどく苛立つ。
こいつは大人のくせに、本来は私たちを守るべき立場のくせに、逃げ回ることばかり考えて責務を果たそうとしない。
……ただの普通の、その辺にいる愚か者だ。
当主なんて立場が務まる器じゃない。
それでもこいつがこのままの状態で当主についてしまったのは、こいつの言う『姉上』___伯母の影響が大きかったんだろうな。
優秀な姉の影で、見向きもされず、努力することすらいつしか諦めた。
きっと、そんな普通すぎる感性がこいつの劣等感をここまで肥大化させたんだろう。
分かる、分かるよ。私だってもしかしたら、兄さんや平里が私を見てくれなかったら、そうなってたかもしれないし。
だけど、それを理由に責務を投げ出して恩恵だけ享受するなんてことは許されない。
だから___
「……最後くらい、当主としての責任を果たして下さいよ。」
私が静かにそう告げると、当主はやっと視線を合わせた。
だけど……何かに気付いた訳じゃない。はっと思い直した訳じゃなかった。
私は諦めて溜息を吐くと、そっと手を離した。
こうして___私は家督を継いだ。
決闘は、ついぞ行われることはなかった。




