宣戦布告
見上げると、キラキラとうるさいシャンデリアと目が合った。
不快に感じて視線を落とせば、今度はチカチカと痛いほどに鮮やかな色彩の絵画が目に飛び込んできた。
艶やかでムラのない漆器の筆立て。よく分からない胸像。緻密な刺繍の絨毯は、前世で見た芸術品に酷似していた。
この閉鎖的な状況でどうやってこんなにも調度品を集めたのやら。
調和なくただ高価そうなものばかり並べられた執務室をぼーっと眺めていると、不意に大きな音を立てて誰かが室内に転がり込んできた。
「……なぜお前がここにいる!!!」
「あ、やっと来ましたか。当主なのに執務しないんですね。」
私がにこりと愛想笑いすると、目の前の父親は額に青筋を浮かべて顔を赤くした。
怒ってら。図星だから?
「おっ前……卑しい生まれの癖に!」
侍従さん___私の祖父の目の前でそれを言うのか。こいつ、本当になんで今まで当主なんて大役できてたんだろ。失言の塊じゃんね?
……ま、だからこそ作戦って程の作戦を考えなくても良かったんだけど。
「……ふふ。」
「何を笑っている!ええい、誰かこいつをつまみ出せ!」
「まあまあ、そうカッカなさらないで下さいな。今日は『現』当主様にお話があって来たんですから。」
そう言って私がすっと1歩踏み出すと、当主はびくりと肩を震わせてたじろいだ。
「は、話とは何だ。」
怯えたように、焦ったように視線を空間に走らせ続ける当主の様子に笑いそうになる。
典型的な図体ばかりが大きい小物って感じで、本当にどうしようもない。
「お忙しそうなので端的に言いますね。
……私、古賀爽耶は現当主に対して決闘を申し込みます。」
私はそう言って微笑んだ。
それを聞いた当主は、何も言えずに膝から崩れ落ちた。
……小物だなぁ。
***
奪われたものを取り返すのは容易ではない。
かと言って、奪い返すのでは遺恨が残る。
と、言うことは。
自身の正当性を主張しつつ、誰の目から見ても明らかな方法で取り戻すしかないのだ。
「……さて。行きますか。」
「ほ、本当にやるのですか?」
「やります。」
「まー、爽耶さんならいけるだろ。強いし。」
「それもそうね……」
「あ、納得するんだ。」
数十分前。
日も傾き始めた頃、私は双子を引き連れて本邸に向かっていた。
目的はもちろん、このどうしようもないくらい嫌気が差す現実をぶっ壊すため。そして、みんなで一緒にいられるようにするための手段を手に入れるため。
「地位は個人の自由を縛り付ける枷であると同時に、成すべきことを成せる鍵でもある」らしいし。
勝手に決めちゃって兄さんには悪いとは思うけど、先にやっといた方が作戦立てやすいし。
ざわめく使用人たちをよそにズカズカと廊下を進むと、私は他の部屋よりも一層重厚な扉をノックした。
「失礼しまーす。」
「爽耶さん!?そんな勝手に開けたら___」
百合ちゃんの制止も聞かずに返答の前に扉を押し開けると、書類を手に忙しなく働いていた侍従さんがピタリと動きを止めた。
「……爽耶、様?」
執務机の向こう側で目と口を開いてこちらを見つめる様子に、私は場違いにも「『呆気にとられる』のお手本みたいだな」と思った。
「あれ、当主様は不在?」
「……何をなさるおつもりですか。」
「別にー。嫡子として現当主の仕事ぶりでも見学しようかと思っただけですよ。」
私はへらりと笑って誤魔化そうとしたけれど、侍従さんは手にしていた書類を置いて深くため息を吐いた。
「……ご冗談を。当主様が仕事をなさっていないことなど、とっくにご存知でしょう。」
「あはは、バレました?」
……すごい。この侍従さん、鋭い。
でも、分かってるなら話が早いや。
疲れたように首を振りながらそう返す侍従さんの様子に一瞬虚をつかれたけれど、すぐに思い直して人差し指を立てた。
「ところで、家督相続の規則ってあるじゃないですか。長子相続とか。」
「確かにございます。が……一体、何をなさるおつもりですか。」
私の一言で侍従さんの眉間の皺はより深くなり、明らかな警戒色が見て取れた。
察しが良すぎるのも困りものだけれど、あの当主の側仕えなんてこのくらいじゃなきゃ務まらないのかもね。アレだもんね。
「ふふ、もう分かったんじゃないですか?……それにしても、初代当主様も人が悪いですよね。『長子相続』だなんて。
血統に恵まれなかった私生児が嫡子になったくらいで大事にされる訳ないでしょうに。」
私がわざとらしくため息を吐いて腕を組むと、侍従さんはぴくりと眉を上げた。
「……何が、言いたいのでしょうか。」
……こっからは賭けだ。長く一緒に暮らしてたとはいえ、松也が何考えてどうするかなんて全部分かる訳じゃないし。
けど、私の知る松也なら___同じような境遇にいた松也なら、その状況を打破できるような『裏ワザ』をきっと残してくれてるはずだ。
どれだけ助かりたかったか。どれだけ救われたかったか、私たちは痛いほどに知ってるから。
重そうに唇を動かして声を発する侍従さんを見つめると、私は静かに口を開いた。
「『長子相続』以外にもあるんでしょう?家督相続のルールが。」
……信じてるよ、松也。
こういうことは想定内なんだって!
私は緊張で早打つ心臓を気取られないように、兄さんみたいにゆっくりと言葉を紡いだ。




