思う人は②
「時雨さん?」
慌てた様子で飛び込んできた声に振り向くと、そこには人を担いだ時雨さんの姿があった。
え、なんで?
「離せーーー!!!」
「あっこら!暴れないで下さいよ!」
「そう言われて大人しくなる奴がいるかーーーー!!!」
紺色の袴姿の……こっちは男装した女の子か。が、時雨さんの肩の上でじったばったともがいている。
肩痛そう。よく態度に出さないな、時雨さん。
「……もしかして、百合ちゃん?」
「なんでバレ___いえ、その前に、爽耶さん。私のこと、今『ちゃん』って……百合『ちゃん』って呼びましたか?」
「あ、ごめんなさい。嫌でした?」
「いえいえそういう訳ではなくて!むしろこれからもそう呼んで頂きたいと言いますか……」
時雨さんの肩の上で器用にひっくり返ってこっちを見る彼女の様子は、先程の京の演技からは想像もつかないほどに好意的だ。
……どーゆーこと?
なんでそんなに嬉しそうなの?
「……え、っと……?」
「あっ、ごめんなさい爽耶さん。急にこんな風に態度を変えたら怪しむのも当然ですね。……父母の手前、言えませんでしたが……私たちは昔から尊敬しておりました。」
「……誰を?」
「そりゃあ、爽耶さんのことに決まってるでしょう?」
「……え?」
思わず京の方を見ると、京はふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
えーっと。つまり……この子たちは兄さんに憧れてたけどあの当主と母親の手前言い出せなかった、ってこと?
なるほどそっかー……そっかー……
…………心苦しすぎるな!?私でごめん!!!
「あ、あのう。爽耶さん?何かお気に障るようなことを言ってしまいましたか……?」
「あ、いや……」
恐る恐る尋ねる百合ちゃんの様子に思わずたじろぐと、彼女はいっそう落ち込んだ。
この子たちが尊敬しているのは兄さんであって私じゃない。
けど、それを言うのはなんか……なんか、言い辛い。
だってさぁ。自力で気付いた京はまだしも百合ちゃんはこんな……こんなきらきらした目で……言えるわけなくない!?
言わなきゃいけないのは分かってる。でも、言える気がしない。
こうなったら……!
「……時雨。」
「はい。」
「彼女は下ろして。……あと、お茶の用意をお願い。」
「かしこまりました。が……よろしいので?」
「別に良いよ。敵意のない相手にどうこうする気も起きないし。」
私がひらりと手を回すと、時雨さんは百合ちゃんを下ろして退室して行った。
「古賀?」
「せ、先輩……まさか……」
私の態度が急に落ち着いたことに疑問を感じたのか高梨は首を傾げた。対して茜塚は私の考えを察したみたいで、不安げに私を見た。
茜塚の言いたいことは分かる。無謀だよね、こんなこと。
でも、ここまで来たらやるしかない……兄さんの真似を!
百合ちゃんは兄さんのことを尊敬してる、私はこの子を曇らせたくない。
だったらこれしか方法はない。
前世から一緒にいたんだ。兄さんのことは1番___とはいかなくてもよく分かってる。
だったら、演じるくらいはできるはず。
嘘つくのは苦手だけど、真似っ子なら少なくとも短時間くらいなら騙せるはず。
「……じゃ、とりあえず椅子にでも座ってて。椅子出しくらい自分でできるでしょ?」
昨夜の高梨への態度からして、多分兄さんは普段こんな感じのはず。
前世では警戒してる時にしかこういう態度とってなかったけど……今世では多分、これが通常なんだと思う。
だって、こんな場所で弱みなんて見せられないし。全方位警戒して当然だよ。
「はい!ほら、京も!」
「えぇー……僕振袖なんだけど。」
「後ろで袖結べば動けるでしょ!」
「もー……分かったよ。
………百合が無理やり着せたくせに……」
ぶつぶつと文句を言いながらも端に寄せられた椅子をちゃんと持ってくるあたり、京は百合ちゃんに甘い気がする。かわいいな。
「茜塚と高梨先輩はどうしますか?同席します?」
そう2人に尋ねると、高梨は悩む素振りを見せたけれど茜塚はすぐに首を横に振った。
「わたしは遠慮しておきます。……さすがに家のことまで頭突っ込むのは、気が引けるので。」
「そっか。……高梨先輩は?」
「俺は……」
「失礼します。お茶をお持ちしました。」
高梨がなかなか決めかねていると、丸盆を手にした時雨さんが音もなく帰ってきた。すげ。
だけど、大きめの盆の上には茶器とお菓子が3人分しか載っていない。
ってことはこれは……
「時雨___」
「さぁ、お2人は裏に行きましょう。皆様が話している間に体術を見て差し上げますので。」
「え?あ、古賀___」
「さぁさぁ高梨さん!行きましょう!
先輩!手信号また後で教えて下さいね!」
時雨さん、最初っから2人とも連れ出すつもりだったんだ。でも確かにその方が助かるかも。
ちょっと心細いけど、血縁者だけの……部外者のいない状況の方が踏み込んだ話ができるだろうから。
兄さんに教える気がさらさらなさそうな以上、私が自分で聞き出すしかない訳だし。この状況を利用しない手はない。
「……高梨先輩。とりあえず、終わったら合流しましょう。」
「わ……分かった。」
時雨さんに引っ張られ、茜塚に押されながらも若干踏ん張って抵抗していた高梨は素直に頷くと、あっさりと2人に連行されて行った。
「さて。じゃあ……悪いけど、自己紹介からお願いできる?
あ、なるべく手短にね。」
私は先程まで茜塚が座っていた椅子に腰掛けて膝を組むと、兄さんと同じ顔で、同じ声で___同じ身体で、彼らを見据えた。




