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かくも世界は醜くて~魔導師学校の陰陽師~  作者: おおよそもやし
千を越えても壊れぬように
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物思う

 人の心は移りにけりないたづらに、と遥か昔の人は詠んだ。

 実際大半の人々にとって初恋なんて一過性のものだし、失恋して引きずることはあれど結局別の人を好きになる。

 だから、しばらく逃げ切れば大丈夫なはずなんだ。

 大丈夫……だよねえ?

 右半身にやたら刺さる視線を前に若干の現実逃避をしていると、視界の端でガラスに映る時雨さんが小刻みに震えているのが見えた。笑ってら。ひどい。


 ほんの数分前。

 休憩もそろそろ終わったかと応接室に戻ったら、まさかの高梨しかいなかった。

 茜塚がいない?

 慌てて時計を確認するとまだ5分くらいしか経ってなかった。しまった、そりゃまだ戻って来ないよね。

 時間を特に決めてなかったとはいえ、茜塚のことだから10分かそこらで戻ってくるとは思うけど……それまで高梨と?2人で?待機すんの???


 私が勝手に気まずくなってるだけだけど、自分に恋愛感情を抱いてるしてる相手と2人きりって結構キツい。

 私の心が前世にある以上、その想いには絶対に応えられない。だからちょっぴりいたたまれないというか、痛々しくなるというか。

 かといってここで部屋出たら高梨を避けてるみたいで良くない。

 よからず。いとよからず?


 そういう訳で、気を紛らわせるために窓枠に寄りかかって外眺めてたんだけど___これが良くなかった。

 人って相手が別のことに夢中になっていると思うとこんなにじっと眺めるものなんだね。

 視線がうるさいって初めての経験だから知らなかった。

 ……ってことは、もしかしたら私も兄さんも同じことしてたのかも。悪いことしちゃったな。

 それにしても……居心地が悪い。

 そんなに見つめたって何もないのに。

 居心地が悪すぎて1秒が5秒くらいに感じる。

 これが一日千秋ってやつ?早く来て茜塚。


 さっきまで気にならなかった腕の痛みがなんだかひどく思えてきた。何とか落ち着こうと窓の上部に掛かりそうな枝の葉っぱを数えていると、ふと控えめに扉の開く音がした。


「!茜___」


 茜塚が戻って来たのかと思って振り向いたけれど、そこにいたのは彼女ではなかった。

 市松人形みたいに黒くて真っ直ぐなおかっぱ頭に赤と金糸の豪奢な振袖を纏った、私と同じくらいの背丈の子。

 ……レースで喉も手首も隠れてるし着物だから分かりづらいけど……体格的に男の子かな。

 少し私に似た顔立ちだから、きっと親類だとは思うんだけど……思い出せる記憶にいないから分からない。


 兄さん、どれだけ嫌な記憶ばっかなの?

 一体何があったの?


 貼り付けたような笑顔の奥でぎらりと敵対心を覗かせているこの子は、一体誰なんだろう。

 まあ、嫌な予感しかしないけど。

 散々私のことイビってきた祖母…前世の、と似た雰囲気するし。


「……あら?まさか外にいる間に挨拶の仕方も忘れてしまったのかしら。嫌だわ……」


 すっと紅の引かれた口を歪めてそう言うと、彼は穢らわしそうに黒いレースの扇で口元を隠した。

 けれどそんな動作とは裏腹に声色は愉しそう。品位とか階級がどうのとか言ってくる性格だ!絶対そうだ!

 すごい、前世で散々遭遇した人間だ!やいのやいの言ってきた外野さんと一緒だ!

 絶滅してなかったんだ、へー。

 入学したての頃の雪村もなかなかだったけど、これはそれ以上にヤベー奴っぽい。だって身内にこの言い草。絶対そう。


「ちょっと、返事くらいされたら如何?その程度のことも分からないほど不出来なのかしら、私生児って。」

「……」


 うるさー。

 1の失態で何言もべらべらとうるさいなあ。

 っていうか私生児私生児うるさい。血筋以外に誇れるものないの?この子。

 普段だったら無視するけど高梨も時雨さんも落ち着かないみたいだし、相手しないとかな。めんどくさい。


「はぁ……まただんまりですか。庶民混じりのうえに愚図だなんて___ぐっ!?」

「?」


 突然言葉が途切れたかと思うと、彼は喉を押さえて膝から崩れ落ちた。


「何が___」


 思わず近付こうとすると、レースに覆われた彼の首筋からひらりと黄色い警戒色の蝶が飛び立った。

 これは___


「さっきから聞いていれば……先輩のことを貶めるのはやめてくれませんか?不快です。」


 扉の陰から姿を現した茜塚は、ひらり、ひらりと優雅に羽を遊ばせる蝶を指先に止めた。

 そして崩れ落ちた彼の背後に立つと、ほんの少し睨みつけてすぐに私の顔を見て笑った。


「あ……茜塚?」

「はい!」

「やり過ぎだよ。麻痺毒なんて……」


 っていうかそもそも、こんな思い切ったことできる子でしたっけ?

 違和感を覚えながらも駆け寄って茜塚の頬に手を当てると、茜塚はくすぐったそうに目を細めた。


「確かにそうかもしれませんけど……でも死なないし、後遺症も残りませんし、『おしおき』にはちょうど良くないですか?」

「『おしおき』、ね……」


 喉を押さえて蹲ったまま、引き攣ったように喉を鳴らす彼。

 ……私へのあっさい語彙の罵倒の代償にしては高くつきすぎだ。後遺症が残らないにしろ、この蝶が権能である以上解除したと見せかけて後日症状を、とかできてしまう訳だし……茜塚にここで完全に解除してもらえなきゃ、絶対面倒なことになる。

 家督争いだとか暗殺だとか、そういう疑いをかけられたくはない。

 私だけなら大暴れするかもだけど、時雨さんや兄さんを巻き込めない。

 だからあくまで穏便に……茜塚を宥めつつ、この子に反省を促さなきゃならない。

 反省の色見えなかったらまたやりそうなんだもん、茜塚。なんだか昔と比べて容赦なくなっちゃったみたいだから。


「……ねぇ茜塚。この人に聞きたいことがあるから、せめて話せるようにはしてあげて?」

「あっ、はい!分かりました!」


 茜塚がさっと手を振ると蝶がふわりと舞い上がり、途端に少年は脱力してどっと倒れた。

 そして倒れたまま汗の噴き出した白い顔で私を睨みつけると、ふいと灰褐色の目を逸らした。


「うーん……えいっ」


 私は少年の前に両膝をつくと、彼の顎を掴んで顔を上げさせた。

 少年の肩の辺りで切り揃えられた髪の先が手の甲にあたって少しくすぐったい。


「……っ!何しやがる!」


 わ、びっくりした。さっきまで動けないほど毒に侵されてたのにもう大きな声出せるんだ。すごい。

 威嚇のつもりなのかな。だとしたら…年相応でなんだかちょっと可愛らしい。


「あ、それが素?まあいいや。そっちのがやりやすいし。

……時雨さん。」

「はい。閉めて参ります。」


 私が目配せをすると時雨さんは一礼して退室していった。

 こういう時は「逃げ場がない」って思わせることで聞き取りがスムーズに進む場合がある。って、聞いたことがある。

 言わなくても伝わるんだ。もしかして兄さんも同じようなことしてた?

 それとも拷問的なアレで?

 ……あんま深く考えないどこ。怖いのヤだし。

 私は少年に視線を戻すと、薄く笑顔を作って口を開いた。


「……で、あなたはどこの誰さん?」

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