一途も呪いになるのかも
何事もなく下山したあと、邸宅まで戻ってからさっそく私は高梨と茜塚に手信号を教えることにした。
茜塚は前世で覚えがあるだろうから、その復習になれば良いけど。
そう思いながら件の応接室で実演も交えつつ教えていると、ふと高梨が動きを止めた。
「……古賀。」
「どうかしました?」
「これは何か意味があるのか?通信機でチャットを入れるのではダメなのか?」
……なるほど?
そういう発想になるんだ。
「うーん……そうですね……。その、戦闘中にチャット打ったり読んだり、音がたくさんする中で会話するのは難しいじゃないですか。」
「……そんなことがあるのか?」
「……あるんですよ。」
平和ボケ?それとも経験不足なのかな。
っていうかSクラスのはずの高梨がこんな認識ってことは、全体的にマズいのでは?
私が内部改革できるようになる前に壊滅してるんじゃ?
……大丈夫かなぁ……?
「まあ、とにかく覚えておいて損はないってことです。懸念として相手が手信号を知らない、とかはありますけど……」
「すみません先輩。この手信号ってなんでしたっけ。」
「どれ?」
茜塚の方に顔を向けると、茜塚は左手を握って上下に動かした。
「これなんですけど……昔よく小鳥遊先輩___あ、あなたではないです。が使ってたのを思い出して。」
「それは『急いで』の手信号だね。」
「ありがとうございます。」
茜塚はぱっと笑うと「急いで……」と呟きながら同じ動作を繰り返した。
それが思い出を忘れないようにと焼き付けているみたいで、前世に囚われてるのは自分だけじゃないんだ、と安堵した。
ひどい人間だな、と落ち込みながらも感情は消えてくれない。
……ま、表に出さなきゃないのと一緒だもんね。頑張んなきゃだね。
無理やりな理論で自分を納得させて高梨に向き直ると、こちらを見たまま動きが止まっていた。
どうしたんだろ。
「何かありました?」
「いや……なんでもない。」
「なんでもない訳なくないですか?そんな顔して。」
額にきゅっと刻まれたシワに視線を向けながらそう言うと、高梨は眉を下げて目を伏せた。
「……言えないことだろうとは分かっているんだが……羨ましくて。」
「羨ましい?」
……何が?
私が首を捻ると、高梨は控えめに頷いた。
「仲が良いから……」
「仲が……あ、茜塚と?」
「ああ。」
……そういえば高梨って私のこと好きなんだっけ。
思い出したくなかったけど納得がいった。
好きな人とは仲良くしたいもんね。分かるよ、私たちも平里に構ってもらえると嬉しかったもの。
でもさ……?告白した後に『友人』として仲良くなれるかって言ったら難しくない?
順当に考えてみても、最初に仲良くなってからじゃないと告白でできた溝を埋めようとはしないと思う。
……高梨ってもしかして、そういう感情の機微に疎いタイプ?
恋愛感情が今までの関係を破綻させる原因たりうることが分かってらっしゃらない?
……まぁ、私自身そういう感情を向けられることがなかったし……深く考えすぎなのかもしれないけどさ。
そう思いながらも兄さんや平里に玉砕していなくなっていった人たちのことを思うと、どうしても楽観的には考えられない。
だったらやっぱり、気付かないフリをしといた方がいい。このままがいい。
「……まー、確かに高梨先輩には言えないですけど……長い付き合いですからね。そりゃ春に会ったばかりの高梨先輩よりは仲良しで当然ですよ。」
「そうなのか?」
私がそう言うと高梨はくるりと茜塚の方を見て尋ねた。
茜塚が手信号の練習をしたまま視線も合わせずに「そうですよ」とだけ返すと、高梨は目に見えて落ち込んだ。
なんでさ?
***
なんとか切り抜けられたとはいえ、面倒なことこの上ない。
高梨への対応に悩む。とっても難しい。
時雨さんの提案で休憩時間を設けたものの、今は特にお手洗いだとか休息の必要のない私は時間を持て余していた。
何もしてない時間って余計なこと考えちゃうんだよなー。やだなー。
こういう時は他のことを考えるのが1番いいんだけど……他に考えられそうなことないし。
例の倉の前を行ったり来たりしながら悩んでいると、ふと大きな鳥の声が聞こえてきた。
昨日見かけたやたら大きくて硬そうな鳥かなぁ。
……そういえば千年経てば生態系の変化とか絶滅とか進化があるとして、人間はどうなんだろ。
なにか、昔と変わった部分ってあるのかな。
もしあるのならどういうとこなんだろ。強くなったのかな、それとも弱くなったのかな。
もしそうなら……と手のひらを眺めてみたけど、さっぱり分からない。
昔と変わらない、やっぱりただの人の手だ。
でも、千年経っても進化しなくていいほど人間が優れているとは到底思えない。そっち方面の知識が薄いから、確信を持って言えるわけではないけど。
………なにか変わっていたら、今度こそ兄さんを守れたかもしれないのにな。残念。
私は爪先でぐりぐりと足元の土を掘りながらため息をついて、そろそろだろうと離れへと踵を返した。




