修行だー!
茜塚と私の着替えも済んで集合場所に向かうと、意外にも高梨の姿がなかった。
あれ?てっきりもうとっくに着替え終わって待ってるとばっかり……
まだ来てないだけなのかな?それとも……
当主がアレなこともあるし、少し心配だ。
上がアレなら他にも血縁者がいた場合、多分きっとどうしようもないことになってそうだし。
「……うーん。ちょっと1回部屋の方見てくるね。時雨さんは茜塚と一緒に待っててもらえますか?」
「いいえ、古賀様。ここは自分が行きますので古賀様はこちらでお待ちください。」
「え?ですけど……」
「良いですか、古賀様。相手が着替えてる可能性がある以上、異性の元へ行くのはおやめ下さい。いいですね?」
「あ、はーい……」
時雨さんの圧のすごさに、私は思わず後ずさりした。
そういえばそうだった。
他人に、しかも異性に肌見られるのは嫌かもしれないよね。
あまり気にしたことなかったけど、私が気にしすぎなかったのかもしれない。
「分かりました。それじゃ、お願いしますね。」
「はい、かしこまりました。」
頭を下げて小走りで離れに向かう時雨さんを見送って、私は小さく息を吐いた。
なんだか、今朝からちょっと息が詰まる。
……昨日のことが、心に引っかかってるのかな。色々あったし。……本当に、色々あったもんね。
「……そういえば先輩。高梨さんに『山道に慣れてもらう』って言ってましたけど、どんなことする予定なんですか?」
「え?あー……」
山中鬼ごっこする予定だったけど……そういえばアレ、兄さんが大岩に試したとき、しばらく怖がられてたや。やめとこっかな。
でも、あれ以上にいい訓練が思いつかない。
うーん……なら、仕方ないよね?
「あの……アレだよアレ………」
「あれ?」
「山中鬼ごっこ……」
「………へ?そ、それって…大岩が正式配属の前に神原先輩に恐ろしいほどしごかれた、って言ってたやつですか………?」
「……うん、それのこと………わ、私は流石にあそこまではやれないけどね?だって、怪我しても治せないし?」
私は痛みの中でも冷静に動けるように慣れる必要あるけど、茜塚も高梨もその辺は別にしなくていいし。
むしろ、いかに怪我しないように動けるかって方に伸ばしたいし。
「……や『れ』ないってことは……やりたいとは思ってるんですか………?」
「あっ!違う、違うの茜塚!!!言葉の綾っていうか?ただの言い間違えっていうか?あああ……違うの、ほんとにそんなつもりは……!!!」
……高梨、時雨さん。早く来て!
怯えた様子で縮こまる茜塚に必死に弁明しながら、私は未だ戻ってこない時雨さんと高梨のことを考えていた。
***
「古賀様。お待たせしました。」
結局、その後10分くらい経ってからやっと2人は姿を現した。
でも、なんだか高梨の様子が変だ。ちょっと気まずそうっていうか、不安そうというか。
深緑の上着の裾を指先で少しだけ引っ張って伸ばしたり、袖をほんのちょっとまくってはそのまま戻したりと落ち着きがない。
なにかあったのかな、と思って時雨さんを見たけれど、意味深そうに首を左右に振るばかりで教えてくれない。
何なんだろう。
でも雰囲気的に絡まれてたー、だとかみたいな、そういう悪いことに巻き込まれてた訳じゃなさそう。だったらいっか。
「よーっし!それじゃ揃ったことだし!早速行こっか!」
「そ、そうですね……」
さっきまでの空気を切り替えようと、努めて明るく言ってみた。けど、茜塚は相変わらず怯えたままだった。目を合わせてすらくれない。
違うんだよぉ。信じてよぅ。
そんな、私は兄さんみたいなこと……崖登らせたり落石とか地滑り起こして避けさせたりとかは絶対しないのに。ホントなのに……。
しない……よ?私は。
「……?古賀、なにかあったのか?」
「何でも…なー……くも、なかったー……って言うか……?」
「どっちだ?」
「……………よっし!早く行きましょう!!!いざ!修行!!です!!!」
「古賀?」
「さ、高梨先輩!茜塚!行きますよー、駆け足!」
「古賀!?」
「あっ……先輩待ってください!」
その場から逃げ出すように走り出した。言いたくないことは言わずに誤魔化すのが吉だよね。
言いづらいことなら「言いたい」って思ってる以上言った方が良いんだろうけど。
山中にあるだけあって、村内でも少し道が凸凹している。この分だと、高梨でも森に入るまでに少しは整備の行き届いていない地面に慣れてくれるかも?
走ったままちらりと後ろに視線を向けると、走り出したばかりだと言うのに高梨は少し息が上がり始めている。体力がないのか持久力がないのか、もしくは慣れない足場に無駄に体力を奪われているのか。
茜塚は……さすがの安定感。元々戦況に応じて蝶を味方に使うか敵に使うか、はたまた自分は攻撃に出るか防御に徹するかを変えていた子だから、体力も持久力も申し分ない。
時雨さんはまぁ、姿が見えなくなったけど、多分どっかにいると思う。……いるよね?
……そう考えると、まだただの学生でしかない高梨の体力も持久力もそこまでないのは仕方のないことなのかも?
っていうか、そもそも私の基準がおかしいのかも?
少し速度を落として、坂道を登っていく。
家屋の真横に既に森が広がってる状態だけれど、畑の方に行けば少しは森との距離が開いて木の根による起伏はなくなるだろうし、毎日欠かさずに人の流れがある分踏み固められているはず。
いくら技術が進歩しても自然を完璧に支配下に置くことなんてできないし、何よりこの村の技術力は外みたいな進化を遂げていないのだ。だからきっと、人と機械とで工夫しながらやらなければ上手くいかない。全て機械任せにせずに人が実際に農地で作業をしなければきちんと実らない。
それなら『人のための』道が他の場所以上に整備できている…んだと思う。だって、重たい機械を速やかに運ぶためには道が平坦でなければ横転したり詰まったりするのだから。
少し上に段々畑が見えてきた、と同時に少しずつ足元が固く平たくなっていく。
これなら___と2人の様子を確認しようと少しだけ振り向くと、茜塚の後ろを走っていた高梨の身体が大きく傾いだ。
「うわっ!?」
「高梨先輩!」
咄嗟に折り返して茜塚の横をすり抜けて腕を伸ばす。
受け止めた___と思った瞬間にバランスが崩れて、私も転びそうになる。
この身体……筋力が足りない。
でも、だからと言ってこのまま転ぶほどヤワじゃない。
くるりと高梨の身体を支えたまま回って、勢いを殺してそのまま膝をつく。これで完成。
「……ふぅ。大丈夫ですか?高梨先輩。」
「……」
「あれ?高梨先輩?おーい……」
腕の中の高梨に、返事がないどころか顔が思いっきり逸らされている。なんで?
なんでだろな……って、あ。
お姫様抱っこじゃんコレ!!!しかも、「転びそうなところを抱きとめる」って少女漫画でよく見る状況じゃん!?
そのうえ高梨ってば、私のこと好きだから……そういうこと、なんだろな。ときめいちゃったんだろな、私に。
なんか罪悪感で胸がチクチクしてきた。
「……少し、休憩しましょうか?」
「……ああ。そうしてくれると……助かる……」
気まずくてお互い顔を背けながらそう会話して、ゆっくりとお互いに距離を取った。
茜塚はその様子に、なんだかちょっぴり頬を膨れさせていた。なんで?




