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かくも世界は醜くて~魔導師学校の陰陽師~  作者: おおよそもやし
千を越えても壊れぬように
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そういうことも……あるよね

「……執務に携わったこともないくせに、当主の資格を語るなど___」

「少なくとも、そのように感情をすぐに顕にする方は向いておりませんよね。」

「ぐっ……」


 結局当主は口を閉ざすことなく、どうにかして私を言い負かしたいようだった。恥の上塗りが好きなのだろうか。だとしたら今すぐ当主の座を降りるべきだけれど。


「……この、我儘娘のくせに___」

「私が我儘だと言うのならあなたは何なんです?強欲?」


 無益な会話だな、と思った。どうにかして貶めようと怒鳴り散らすだけの人間の相手をするなんて。


 ……昔の私なら怯えてただろうけど今の私は自分が無価値でないことを知っているし、何よりも1番近いところに兄さんがいる。

 触れられなくても、話せなくても、顔をあわせることができなくても。

 ただそこにいる___いてくれる。それだけで、私はなんだってできるし、自分を見失わないで済む。

 だけど……いい加減嫌な気分にはなってくる。当たり前だけれど、負の感情を延々と投げつけられていい気のする人間はあまりいないだろう。そりゃそうだけど。

 だってゴミ箱じゃないし。勝手に捌け口にされんのは誰だって気分を害するに決まってる。


 ……もう、十分だろう。食事も相手するのも。


 箸を置いて席を立つと、当主は粗を見つけたとでも言わんばかりににやりと笑った。


「食事中に席を立つなど行儀が___」

「ごちそうさまでした。それでは。」

「はっ!?何を勝手に……」


 まだ喚きたりないらしき当主を侍従が宥めるのを尻目に、私は足早に客間から退室した。

 襖を閉めきる直前に、「姉上に似て生意気な女だ!」と怒鳴る声が聞こえた。そんなことしか言えないのか。みっともな。


***


「はぁー……」


 なんか疲れたな。起きてそんな経ってないけどもう眠くなってきたし。

 ロクでもないのの相手するのは骨が折れるね。


 一刻も早く客間から離れたくて、早歩きで廊下を進む。早く茜塚たちのとこ行きたい。

安心したい。

 ……一緒にご飯食べたかった………。


「……あれ?先輩。もう終わったんですか?」

「あ…茜塚ーーー!!!」

「きゃあっ!?」


 廊下の先から駆け寄ってきた後輩の姿に緊張の糸が切れて、思わず抱きついてしまった。

あんま良くない。良くないよね。


「……急にごめんね……」

「いえ……何かあったんですか?」


 離れながら謝ると、茜塚は心配そうにこちらを見つめた。

 ……いい子すぎる。びっくりしただろうに……。


 アレと接した直後だからか、余計に愛しく見える。……そういや結局、何のためにこっち来たんだあの人。罵倒するためだけにわざわざ離れまで来たんだとしたら、かなりヤベー奴だけど……さすがにそこまでではないだろうし。

 首を捻っていると、不意に来た方から足音が聞こえてきた。足音が静かだから当主ではなさそう。配膳が終わって女中さんたちは一旦母屋に帰ってったから女中さんでもない。

ってことは___


「……侍従さん?」

「おや………よくお分かりになりましたね。」


 侍従さん……このおじいさんは記憶の中に何度かいるから、悪い人ではなさそう。飴くれたり勉強道具手配してくれたり、あ。学園に入学できるように手続きしてくれたのもこの人だ。

 なら、兄さんの味方なんだろうな。


 それに、今だって優しい顔してる。

 さっきまでの当主との口喧嘩見てたのに。

 どうして?


「お嬢様。わたくしの顔がどうかいたしましたか?」

「あっ、ごめんなさい。違うんです。そうじゃなくて、その……えっと……」


 上手く言い表せない。難しい。

 どう尋ねるべきなのか私が迷っていると、侍従さんは微笑ましそうに目を細めた。


「ふふ。やはりお嬢様は母親似ですね。……先代様に似ていると当主様は仰っておりましたが。」


 母親……古賀爽耶(この身体)の、お母さん。

 そういえば、父親はアレだからともかくとして、こっちに来てから全く会わなかった。

 記憶にもない。どこにもいない?


「……侍従さん。あなたは、母を知っているんですか?」

「ええ。だって、あの子は……あなたの母君は、わたくしの娘ですから…...。……お嬢様を生んですぐに死んでしまったので、まぁ……当主様はご存知ないですが。」

「娘……」


 ……そういうことか。

 私は侍従さんの孫、なんだ。だから優しくしてくれたのか。死んだ娘の、忘れ形見だから。


 けど、当主はそのことを知らない___この言い方だと、おそらくわざと知らせてない。

 なんでだろ。


「そのこと、当主様には___」

「言いませんし、言ってはいけませんよ。……お嬢様。世の中には知らない方が良いこともあるのですよ。」


 当人にとっては、と付け足すと、侍従さんは静かに目を伏せた。

 その様子は当主のことを慮るような表情だけれど、目の奥にどろりと濁った害意が蠢いていた。


 ああ……この人は、当主のことが嫌いなんだ。けれど、侍従という立場、この村の閉鎖的な在り方のせいで逃げられないんだ。

 なら、どうするかと言えば人によるけれど……この人は、一緒に沈むことを選んだ。

不和の種を蒔いて、芽吹くのを待っているんだ。

 きっと、当主がこっちに来たのだってこの人の差し金だろう。当主の劣等感を私を使って刺激して、子供じみた自尊心を増長させて、そうやって孤立させようとしてるんだろな。


 でも……ただの嫌悪とは違う気がする。何か目的が......娘さんの復讐とかかなぁ。


 ま、私には関係ないけど。

 当主と私は血縁があるだけで、アレがどうなろうと…極論を言えば、この村がどうなろうとどうでもいい。

 私にとって守りたいもの、大事なものは結局……前世にしかなくて。雪村たちだって高梨だって、大事にしたいと思っても切り捨てようと思えば切り捨てられる程度の存在でしかなくて。

 かつての自分がやりたかったことだとか、そういう私欲のために利用してるだけなんじゃないかと時折考えてしまうくらいに。


 ……死んだのに、まだ前世に生きてるつもりなんだよなぁ。

 この侍従さんも同じように、死んだ娘さんに心を置いてしまっているんだろうか。

 ………私が、『爽耶』が母親似であって欲しいと思うくらいに。


「……そういうものですか?」

「そういうものですよ。……ではお嬢様、そろそろ失礼しますね。」

「はい。お疲れ様です。」


 一礼して去っていく侍従さんの背中に、私はよく分からない感情を抱いた。

 なんかちょっと胸がもぞもぞするような?

 前世含めて『祖父』って存在に接したことがなかったからかもしれない。


「……先輩?大丈夫ですか?」

「……大丈夫だよ。さ、戻ろっか。

今日こそちゃんと修行しなきゃな〜」


 空元気もそのうち本当になるだろうと普段通りを繕って、心配そうな茜塚に笑ってみせた。

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