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かくも世界は醜くて~魔導師学校の陰陽師~  作者: おおよそもやし
千を越えても壊れぬように
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しーらない

 高梨に呼びかけようと部屋の前に立った時、ふと昨晩のやり取りを思い出した。

 いくら突っぱねたのが兄さんとはいえ、私も聞いてた訳だし。鮮明に覚えちゃってる訳だし。っていうかまず、身体は同じだから私が振ったのと同義だし。


 ……気まずい。すっごく気まずい。

 告白って結局、成就した場合は置いといて失恋した場合はお互いがめちゃくちゃ気まずい。

 だからこそ、小鳥遊(ことちゃん)は兄さんに返事を求めなかった訳で。

 だからこそ、幼なじみとしてほどほどの距離感を保っていられた訳で。

 今みたいな思っきし振ったあとって、今まで通り接するのが難しすぎるんだよなー。どうしよっかなー。


 ……まあ、でも。だからといって高梨を無視したり避けるのは良くないよね。

だからここは、私がお姉さんとして覚悟を決めて___


「……古賀?何をしてるんだ?」

「わー!?」


 覚悟を決めていると突然背後から声を掛けられた。びっくりした。


 びっくりした。


「た、高梨先輩、なんでそっちに……」

「なんで、と言われても……顔洗って来たからとしか。」

「あー……」


 思ったより高梨が早起きだっただけかー。なーんだ。

 ……あれ?もしかしていつも通り会話できてる?よかったー。

 このまま昨日のことはなあなあなままにして、いっそ無かったことにして___


「そういえば古賀。」

「はい?」

「昨日のことなんだが」


 ……言及されちゃった。

 でも、『昨夜』とは言わず『昨日』って言ったってことはまだ救いはある。はず。


「……昨日の……って言うと、茜塚のことですか?」


 私がそう尋ねると、高梨は「そういえば」といった風に少し目を開いた。

 違ったっぽいな。まあいいや。

 昨晩のことは絶対話題に出さない。なんとしても会話の主導権を握っとかないと。

 あの告白を、なかったことにする為に。


「……茜塚は……あの子は……なんというか、上手く言えないんですけど私の『大切な人』なんです。」

「大切な……」

「はい。」


 これは嘘じゃない。本当のことだから。

 もう二度と会えないと思っていた私の後輩。あの子が今世で何者であれ、茜塚が茜塚である限り私はあの子を守りたい。一緒がいい。


「そうか……」


 高梨は小さく呟いて、ゆっくりと目を伏せ頷いた。


「……古賀。話してくれてありがとう。言いづらいことだろうに……」


 言いづらい?そこまでのことではないと思うけど……?


「大丈夫だ。誰にも言わない。」

「ああ…はい……?どうも……」


 ……なにかマズいこと言ったかなあ。今世基準だとダメなこと言ってたのかもしれない。

 例えばそう、隠語的な?すらんぐ?的な?


 ……そうなると、ちゃんと意味が通じたかも怪しくなってくる。大変。

 高梨に確認しようと口を開いた、その時。

バタバタと騒がしい足音が聞こえてきた。


「古賀様!古賀様大変です!」

「時雨さん!?」

「大変…うぇっ…...大変、です……」

「お、落ち着いてください……」


 息を切らして慌てている時雨さんの背中をさすって落ち着かせる。しばらくすると、息が整ったのか時雨さんは私の肩を掴んでこう言った。


「当主様が……こちらにいらっしゃいます!急いで支度を!」

「………え?」


***


 それから僅か10分後。

 私は離れの客間で当主である偏屈そうな初老の男性と、そのすぐ側に立って控えている侍従であろう壮年の男性と向かい合って座っていた。

 次々と目の前に並べられていく朝食はとても1人前とは思えないほどに多くて、見てるだけでお腹がいっぱいになりそう。懐石料理の1品1品が多めな感じ。それが一気に全部出てきてる。なんで?卓上いっぱいになっちゃうのに。

食べ切れるかな…?


 っていうか待った、もしかしてこの人達は普段からこの量食べてるの?だとしたら生活習慣病になりそうなもんだけど、大丈夫なのかなあ……。


 そんなことを考えながら配膳が終わるのを待っていると、ふと残してきた茜塚と高梨のことが思い浮かんだ。同じ建物内とはいえ、別の部屋にいる以上何かあっても気づけないかもしれない。もし、茜塚の正体に感づいた誰かが襲撃してきたりしたらマズい。いや、あの子がそう簡単にやられるわけないんだけども。


 ………仕方ない。

 時雨さん、そっちは頼んだ!

 私こっち頑張るから!


 心の中で叫んで、不安を気取られないように表情を抑えた。そして配膳が終わったことを確認すると、ちらりと当主の方に視線を向けた。

 ほかほかと湯気の立つ料理を前に、当主はふんと鼻を鳴らして不機嫌そうに眉をしかめた。


 熱いの苦手なのかな。猫舌?

 でも猫舌ならあらかじめぬるくなった料理を配膳するよね、当主なんだから。


 ってことは……呼びつけた私に対して、だろうなー。めんどくさいなぁ。


 でも、古賀爽耶(兄さん)を軽んじるような相手に尊敬も尊重もないし。やりたくないならやらない。

 私はそうする。兄さんみたいに優しくはないし、大切な人を軽んじた相手に従いたくないから。


 敵まではいかなくとも嫌悪感抱いてる相手に振りまくようなやっすい愛想も愛嬌も持ち合わせてない。

 そんなわけで、仏頂面しかいない食卓が完成してしまった。かなりヘンテコな絵面だと思う。

 そんな絵面のまま当主が挨拶をするのを待っていると、当主はいきなり箸を付けた。


 え?


 見間違いかと思ったが、箸をしっかりと主菜であろう魚に付けている。


 ……いただきますは?

 食前の挨拶をしないなんてこと、有り得る?


 ………行儀悪いな、こいつ。ほんとに当主?

 上座のマナー違反の見本市のような有様に少しだけ呆気にとられて、けれどすぐにはっとして手を合わせた。


「……いただきます。」


 お椀の蓋を外して、水滴が机に落ちないように気をつけながら右に置く。手が当たるとアレだから気持ち外に置け、ってよく言われたな。

 中の汁物……は、具だくさんでなんかおでんとかみたいだな……間違えて椀盛とった?いや、でも他に椀がない。ってことは……合ってるはず。ご飯もなんで普通盛りに?いっぺんに出されたときから思ってたけど、なんかおかしい?懐石料理のつもりはないのかも?


 でもこんな風に出されたことないからこういうときのマナー分かんないし、分かる方法で食べるしかないか。少なくとも、失礼にはならないはずだし。

 両手でお椀を持ち上げて、左手で持って右手で箸を取る。……で、左手の指で挟んで右手で持ち直す……と。

 これ苦手なんだよね、と思いながら具材をひとつ口に運んで、次にご飯___とお椀を置こうとすると、突然ダンッッと大きな音がした。至近距離。


「……なんなんだお前は!さっきから行儀の悪い……!!!」

「……お前が言うか。」


 あっやべ。声に出しちゃった。

 失言よくない。

 こんなんだから前世で会食出禁、行ったことないのに出禁にされてたんだよね、多分。


「なんだと……さっきからなんだ!その変な食べ方は!躾がなってないと思われるだろう!!!」


 お前がな。……ああ、でも作法が変わってる可能性も……

 と、思っていたら控えていた侍従が当主に慌てて「あれは伝統的な食事作法ですよ」と耳打ちしていた。

 じゃあ、コイツが単に躾のなってないだけか。厚顔無恥……いや、ただ愚かなだけかも。


 相手したくないなー、と思いながら当主を無視して箸を進めていると、今度は「俺の知らない作法を使うな!」と仰せだった。ガキの癇癪?みっともない。


「……あなたの無知に、どうして私が付き合わないといけないんですか?」


 箸を置いてそう尋ねたが、顔を赤く歪ませて何事か喚くばかりで話にならない。


 ……あー。この感じ、アイツに似てる。

 松也の父親。久山の最後の当主。

 自尊心ばかりで他に何もない、そのくせ身分が上の相手にだけは媚びへつらう害虫。


 反吐が出る。大嫌いだ。

 1度そうと思ったらそうとしか見えなくなってきた。

 虫の方がまだ綺麗に鳴くような罵詈雑言にため息を返して、静かに当主を見据えて口を開いた。


「己の不勉強を恥じるならまだしも、指摘されて激昂するなんて……本当に当主という肩書きの重みを分かっているのですか?」

「なんだと!?」

「だってそうでしょう?……あなたには、品格も知識も、それどころか話を理解できるだけの知性もない。

……到底、家の全てを任せられるような器であるようには見えませんが。」


 呆れながらも説明してあげたが、当主は鼻息を荒くし血管を浮かび上がらせるばかりで話にならない。


「このっ……!たかが1度手をつけただけの使用人の……妾腹(めかけばら)の分際で!」

「妾腹……って、あなたが女中に手を出すような理性のない人間です、って自己紹介ですか?」

「なっ……!?」


 言葉に詰まるなんて……まさか、それで言い負かせるとでも思ってたの?

 生まれだけで、血筋の貴賎だけで言い負かせるわけないでしょ。私___前世の私も両親が従兄弟とはいえ同じ『久山』の家の者同士、ってだけで近親相姦の子だのなんだの言われ続けてたんだから、この手の暴言の相手は慣れてる。

 この手の輩って、どうして怒りや恥だけで相手を支配できると思えるんだろう。おめでたい頭してるよね、ほんとに。


「……話は以上ですか?」

「貴様っ___」

「……ああ、ところで。上座って、襲われたとき逃げるに不向きな場所ですよね。

ここで権能が暴走したら、どうしましょうね。」

「っ……ぐ、う……」


 当主が納得いかなそうに顔を歪めて黙り込んだのを見届けて、私は再び箸を手に取った。

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