突入!
一階、玄関ホール。
その端っこで私は、下駄箱に足を掛けて上に登ろうとしていた。
「〜〜…っ、あんのバカ〜…!」
悪態をつきながらも上に上に手を伸ばしてそれを掴み取ると、タンっと後ろに跳んで着地した。
「まっさかこんな幼稚なことするなんて。」
それ___外履き用のスニーカーについた埃を払うと、さっさと履き替えようと上履きを下駄箱にしまいこんだ。その時、不意に慌てたような足音が近付いてきた。
「…古賀、何をしていたんだ?」
「あ、高梨先輩。なんでもないですよ。」
「嘘をつくんじゃない。」
「あっははー…別に良いじゃないですか、この程度のこと。それよりも先輩はなぜここに?」
スニーカーに履き替えながらそう訊ねると、高梨はバツが悪そうに頬を掻いた。
「……朝のランニングに…」
「制服でですか?無いでしょ、それは。」
「…。」
きゅっと口を固く結んで目を逸らした高梨の顔を覗き込んで、私はにっこりと微笑んだ。
「まあ良いですけど。…ところで高梨先輩。連絡先教えてくれません?」
「連絡先…ああ、通信機のか。分かった。」
高梨が自身の左耳をトントンとつついて指先を動かすと、視界の左端に封筒のアイコンが現れた。それに指を重ねて開くと『高梨陽斗 の連絡先を登録しますか?』と書かれた画面に切り替わった。下にある『はい』のタイルに指先を動かすと、シャランという軽やかな音とともに画面は消えた。
「ありがとうございます。」
「ああ。…その大丈夫か?辛くはないのか?」
「誰が?」
「古賀が…」
「私がぁ?」
思わず聞き返すと、高梨は目を丸くしながらも頷いた。
「昨日のこともだが、さっきのだって氷花の仕業だろう?普通なら萎縮したりするんじゃないかと思うんだが。」
「しませんよ。そんなに弱っちくないんで。それに___」
ああいう手合いには何しても無駄だろうし___。
口には出さずにそのまま微笑むと、高梨はビクリと肩を震わせていた。
「ま、何にせよ私はなんともないのでそんなに心配しないで下さい。」
「…分かった。」
目を伏せたまま納得いかなそうに返事をする高梨の肩に手を載せると、私はひっそりと耳打ちをした。
「これはちょっとしたお願いなんですが___」
ぼそぼそと私が話した内容に高梨は訝しげな表情をして頷いた。それを見て私は満足してゲートホールへ向かって走った。
***
ゲートホールへ付くともう既にほぼ全員が揃っていた。どうやら嫌がらせと高梨の対応でかなり時間を食ってたらしい。…まあ、遅刻するほどでもなかったのは良かった。初っ端から遅刻とか印象良くないだろうし。
きょろきょろと鈴代たちを探していると、不意に嫌な視線が突き刺さった。
気取られないように視線だけそちらに向けると、雪村がこちらを睨みつけていた。
またか、つまんない子。嫉妬ばかりの獣に構うのもめんどくさくなってきたな…いっそ___。
「古賀さん!こっちこっち!」
「…あ、鈴代さん。若村さんも。もう来てたんですね。」
鈴代の呼び声にハッとして2人の方へ駆け寄ると、若村は頷いた。
「ええ。…あ、そうだ。」
何かを思い出したように若村はゴソゴソとジャージのポケットを漁って、腕時計のような形の機械を差し出した。
「はい。わたしたちのグループは5番ゲートからスタートだそうよ。」
「5番ゲート?…ゲートが複数あるんですか?」
てっきり巨大な転移門があると思っていた私は面食らってついそんな質問をしてしまった。若村はもう慣れたとでも言わんばかりの表情で壁に並んだ扉を指し示した。
「あそこに番号の振られたドアがあるでしょう?あれはそれぞれダンジョンの別々の場所に繋がっているの。」
「へー…じゃあ、コレは?」
若村が差し出していた腕時計もどきを受け取ると、私はそう尋ねた。
「ワープゲートを発動させるための通行証、みたいなものよ。それを付けていないとワープされないの。」
なるほど、除外機能付きか。それなら昔みたいな巻き込み転移事故とか防げるんだ。技術の進歩ってすごい。
…でも、それならなんで武器とかは千年前と大差がないんだろう?
言い表せない不気味さを感じてそう考えながらも、通行証を左手首に巻き付けて、トランクから取り出したプロテクターをジャージの上から身に付けた。
魔導拳銃をプロテクターと一体化しているホルスターに差し込むと、突然上から声が降ってきた。
「新入生諸君!定刻になったぞ!まだ来ていない者はいないな!?」
ばっと見上げると、教官が1人乗りの小舟のようなもので浮かんでいた。…舟なのに飛んでる…。どういう原理?
私がポカンとしてる間にも、教官は全員揃っていることをぐるりと確認し終えて説明に移った。
「先程も話した通り!これから君たちにはこれからダンジョンでモンスター討伐をしてもらう!一応階級ごとに点数は分かれているが、出るのはDかそれ未満ばかりだから安心してくれ!」
ばっと目の前に点数表が表示され、その中の『D』と『その他』の項目の上に赤丸がピョンっと跳ねて現れた。
「ここまでで質問はないか!?…無いな!?それでは!全員振り分けられたゲートに移動してくれ!」
教官の指示とともに点数表はシュンッと掻き消えた。分かりやすかったな…。昔はプリントだったからこういう風に対応できなかったし。
そう思いながら鈴代たちの後ろに続いて扉の中に入った。扉の中は何も無く、中央に転移の回路が刻まれた、直径3メートル程の円い台座が鈍く光っているだけだ。
「古賀さん、こっちに。」
「あ、はい!」
既に上に立っている若村の手を掴んで、台の上に登る。同じように鈴代も引き上げると、若村は少し緊張した様子で口を開いた。
「頑張りましょうね。…上のクラスになる為にも。」
「うん!古賀さんも一緒に頑張ろうね!」
「はい、頑張りましょうね。」
そう返して微笑みかけると、ジーっと装置の起動する音がなり始め、鈍かった光は次第に眩くなっていった。
「…行くわよ!」
「うん!」
「はい!」
もし今日これから何かあっても、この二人だけは絶対に守り抜こう。
そう誓いながら、私たちは光の奔流に呑まれていった。