なまえ
「ふ、二人ともー…仲良くしませんか?ね?」
仲裁しよう!と意気込んだものの、高梨も茜塚も私を挟んで睨み合ったままだった。
お姉さんは無力です。っていうかなんでこんなに意固地になってるんだろ。
高梨はよくは知らないからアレだけど、少なくとも茜塚はこんな風に他人を威嚇するような子じゃなかった。
死んだら性格変わるとか?何らかの感情が強くなるとか?
でも平里は平里だったし、私も私…の、ままのはず。ちょっと意識が引っ張られることはあるけど……でも、私は私の感性のまんまだから、大丈夫…だと思う。
主観的判断でしかないけど!客観的判断は分かんないけど!
いっそ雪村のときみたいに振り回してみる?…いや、今はだめか。平里は適宜ツッコミ入れてくれるし、雪村は怒ったり「なんなんですの!?」って驚いてくれる。でも、この場にはボケを拾える人間が誰もいないからスべって終わりだろな。それはお姉さんの威厳的に良くない。
むむむ……そうだ!
「……突然ですが自己紹介のお時間です!!!はい高梨から!どうぞ!!!」
「え?…高梨陽斗です…?」
「です」だって。びっくりして動揺したのかな。良い事だ。狙い通り。
動揺してるってことは、隙がある状態ってことだから。このままゴリ押しで『知人』くらいの認識にはできるはず。
「はい!次!茜塚!お名前教えて!」
笑顔で茜塚の方を振り返ると、茜塚もまたびっくりして目を見開いた。かわいい。
小声で「今の」と付け足すと茜塚は目に見えて狼狽えた。
「へ!?え、えっと…名前、名前は……」
「お名前は〜?」
「あ、ありません……」
……………おっと?
常世教団___陰陽師の集団、閉鎖的、の出身で、『名前がない』……なんだかとっても嫌な予感がしてきた。
人間を兵器扱い、くらいやりかねない、ってのもあるけれど……前世、千年前は異能者は自分の名前を力の宿る『真名』として名字で呼び合う風習があった。
『真名』を怪異に知られれば、異能が使えなくなると信じられていたから。他にもなんだっけ、『真名』を呼ばれると『イミナ』…『意味名』?がどうとかで弱体化するとかも言ってた気が……。今はそんなこと気にしてないみたいだけど。
でも、もしも。
常世教団がそれをまだ信じていたら?
『真名』自体がなければ、と思うかもしれない。それを子供たちで実験するかもしれない。
だから、茜塚には「名前がない」とか……?
……や、まっさかー。いくらなんでもそんな訳…ない…
ないよね?
いくらなんでも、そんな…同じ共同体の人間を実験体として扱うだなんて…。
「…名前が、ない?」
「おや。それは…」
あれこれ考えてる間に、高梨と面布さんはなんか神妙な空気漂わせてるし。
茜塚は「そういうことです」みたいな顔してるし。
……ホントにそういうことなの?
なんとも言えない気まずい沈黙の中で、私の精神はゴリゴリとすり減っていった。
……助けて兄さん……。
いないけどさ…。
***
その後、話す空気でもなくなってしまって私と茜塚は先程までいた部屋の隣の部屋に移動した。部屋数多いね、離れなのに。
「彼の方なら別に同じ部屋でも良かったんですけどね」と面布さんは言っていたけど、そうなると『彼の方』なら絶対に間違いがないってことなのかなぁ。
…つまり『彼の方』は男?いやでも、体は女なんだから、そういう危険性はあるんじゃ…?
もうこの身体は『彼の方』じゃないし、心配する必要ないかもだけど…。
部屋の隅に畳まれていたふかふかの布団に飛び込んで丸まって横になると、お日さまの匂いがした。この匂いは千年前から変わらないな。
人が死んで、木が枯れても、建物が朽ちても、色んな名前が変わっても。
変わらないものだって、ちゃんとあるんだ。
「…ねぇ、茜塚。」
「はい。なんですか?先輩。」
「嫌だったら話さなくていいんだけどさ。さっきの『名前がない』って、どうしてなのか聞いてもいいかな。」
全ての人々が最初に受け取る贈り物、と言われていた『真名』。識別のため、と言われたらそれまでではあるけれど、名乗ることはなくとも確かに願いが込められたそれは当人にとっての宝物だったはずなのだ。
それすら与えないというのは、文化的な側面から考えても何らかの意図があるはず。
「……一応、教団内で『常世様』になる前に呼ばれていたものはあるんです。でも……
あんなものは、名前じゃない。」
私の問いかけに茜塚はきゅっと下唇を噛んで俯いて、ぽつりと呟いた。
「名前じゃない」けど呼ばれていたのなら、それはきっと___
「……まさか。」
「……『胡蝶型権能:第六四四号』……それが、わたしの名称、でした。」
………ああ。そうだった。
事実は小説よりも奇なり、って言うように、現実は想像よりもおぞましいんだった。
権能を分類して、人間を番号で呼んで、きっと……きっと、何らかの実験をしていたからなんだろう。そして、それは…陰陽師を人間扱いしなかったのだろう。
その果てに、茜塚が居てしまった。生まれてしまった。
茜塚が、当事者になってしまった。
……生まれ変わりなんて、ろくでもない。
千年、千年だ。
その間に、この世界は腐ってしまった。醜くなってしまった。
どこへ行っても、地獄が見え隠れする世界。
どうして私たちはせっかく綺麗な世界で死ねたのに、生まれ変わってしまったのだろうか。
……生まれたくなんて、なかったな。
そしたら寂しい思いをすることも、私たちの死が無駄だったって知ることもなかったのに。
名前すら与えられなかったのに懸命に生きてきた彼女がどうしようもなく悲しく思えて、苦しそうに見えて、気付いたら私は茜塚を抱きしめていた。
「せ、先輩…!?」
茜塚はしばらく驚いたように固まっていたけれど、やがて震える手で私の背中を軽く叩いた。
「……大丈夫、ですよ?ほんとに大丈夫、なんですよ…?」
「うん。…でも、でもね。私が、茜塚をこうしたかったの。ごめんね。」
そう返すと、茜塚は言葉に詰まったようにまたきゅっと下唇を噛んだ。
「……先輩。わがまま行っても良いですか?」
「良いよ。」
「…名前、呼んでくれませんか。いつもみたいに……」
「……茜塚?」
「はい…」
「茜塚。」
「はい…!」
いつもみたいに。何でもなかったみたいに。
ちゃんと、私たちが私たちでしかなかった頃みたいに、ただただ親愛を込めて私は、泣きじゃくるこの子の名前を呼び続けた。




