逃がさない!※流血
視界から外れた攻撃というものを回避できるのは、よほどの修練を積んだ者か、あるいは野生の勘が鋭い者くらいだ。
事実、私もそれが原因で天狗の討伐を何度も失敗したのだから。
だから___1撃目は成功して当然。問題は、その後の立ち回りだ。
私は最後尾にいた黒装束の首に脚を回してそのまま絞め落とすと、音に気付いて振り向こうとしている目の前の黒装束の腕を掴んで背負い投げた。
「がっ……!」
人間…もとい脊椎動物というものは弱い内臓を守る為に骨があり、全身を支えるためにそれらを繋げた骨格がある。上手いこと関節部分に衝撃が加われば、その余波が骨を伝って全身に響いてすぐには声を出せない。
だから、彼らは状況を即座に把握出来ない。
集団というものは、「誰も騒いでいないから大丈夫だろう」といった…正常性バイアスだったっけ?に陥りやすいものだ。それが訓練を受けた集団であったとしても、よほど場慣れしていなければ思考が停止して反応が遅れる。
なら___その隙に、可能な限り黒装束を排除するしかない!
相手の権能が分からない以上、陰陽師以外の動きに注意を払い続けるのはかなりキツい。
だったら、1対1とまではいかなくても、1対3くらいまでには減らしておきたい。
ハッと我に返って口を開こうとした黒装束の見開かれた目に、先程手折った小枝を突き刺す。
葡萄を潰した時のような感触とともに、ぶじゅりと不快な音とに生温かくて粘度のある鮮血が周囲に散った。
「え…?あ……ああああああああああああ!?」
黒装束が叫ぶ寸前、もう一度木の上飛び乗ってまた枝を手折った。そして絶叫している黒装束に注目が集まっている隙に別の木に飛び移って再度別の黒装束に飛びかかって脚で絞め落とす。
……これで4人か。多いな…。
次の黒装束に手を伸ばしかけたところで___微弱な霊力を帯びた何かが鼻先を掠めた。
「!」
半ば反射的に後ろに跳ぶと、その『何か』も追従するように迫ってきた。
近すぎて視認できない。かくなる上は___!
「っそこ!」
かつて天狗を相手取ったときのように、気配だけを頼りに『何か』を横にはじき飛ばした。と、その瞬間その『何か』が爆ぜて粉が舞った。
「…げほっ…!?」
咄嗟に息を止めたが、少量吸い込んでしまった鼻腔と喉が引きつって鈍くなった。
…麻痺毒!つまりあの陰陽師の権能は状態異常系!
なら、身体強化は緩めちゃダメだ。まだ3人以上も残っている黒装束に辟易しながらも、私は黒子頭巾の異能者をしっかりと見据えた。
弱いのから倒していくのがセオリーだけど…状態異常系なら話は別。
弱い毒でもチリツモで敗因になることだってあるから、無視はできない。
あの陰陽師をまずどうにかしないと、負けるかもしれない。
陰陽師を守るように周囲に展開している黒装束は…4人か。構え方からそれなりの実力はありそう。
それに、さっき投げ飛ばした奴もそろそろ動けるようになる頃合いだろうし……面倒だな。
面倒だけど……気持ちが昂ってしょうがない!
1歩間違えたら、1つでも判断を間違えたら、取り返しのつかないことになる。
分かってる、分かってるけど___ワクワクしてしまう。
強い相手、難しい戦いであればあるほど…脳が沸騰しそうなほどに思考を巡らせれば巡らせるほど、胸が高鳴ってしまう。
1回死んだせいかな。死がチラついて空気がヒリつくのが、「生きてる」って実感するのが嬉しくって楽しくってしょうがない!!!
口角が上がるのを感じる。
砂蚯蚓のときは雪村たちがいたから本気出せなかったけど___ここなら、誰も巻き込む心配はない。私は自由になれる。
「…よっし!」
暴れていい。壊していい。
……どうせ、みんないないんだから。
私は笑って___目の前の陰陽師目掛けて駆け出した。
***
抜かれた刃の煌めきが、目の前を過ぎてゆく。
耳元で空気の切れる音がする。
重力なんてないみたいにどこが上でどこが下かも分からなくなる。
楽しい。
楽しい。
楽しい!
今蹴っ飛ばしたのが地面か人かなんて関係ないくらい、私は自由に跳び回れる。
他を巻き込まないでできるほどあまり練度が高くないのか、あるいはやる気がそこまでないのか時々しか飛んでこない状態異常を放つ『何か』を枝で叩き落とす。
また毒の粉が散ったけれど、霊力で保護された粘膜にはなんの意味も持たずに消えていった。
躱す、殴る、突く、投げ飛ばす。
鉄の臭いと、毒と、私。
数瞬前まで私の頭のあった場所を、鈍色の軌跡が通り抜けた。
灰色の毛が舞う。
ああ、楽しい。死んでいない!
生きてる!!!今、最っ高に生きてる!!!
目に入った靴まで真っ黒な脚を掴んで反対に畳み込む。一瞬の抵抗を押し込むと、鈍い音がしてぶらりと脱力していた。ぶっちゃけ手が自由でも脚さえ奪ってしまえば脅威度は大幅に下がる。
だって機動力が落ちれば、打てる手も打てなくなるからね。経験済みです、悲しいことに。
「…あははっ」
満身創痍で血まみれになりながらも、陰陽師を守るようにヨロヨロと立ち上がる黒装束たちを見回す。
もう限界なんだろう。私が少し加減をやめれば、あっさりと死んでしまうくらいに。
でも、殺さない。殺してはいけない。
目的も、住処も、価値観も、情報全部!
全部全部吐かせるまでは死なせてはいけない!
なのに、ああ、ダメだ。楽しすぎてしまう。
死んだから?それとも生まれ変わったから?
理性の箍がどこかに行っちゃったのかもしれない。
頭の螺子が緩んじゃったのかもしれない。
でも、今は関係ないよね。
こんな醜態晒しても、咎めてくれる彼らはもう誰もいないんだから。
それなら。
今は楽しんじゃっても良いはずでしょ?
だって、
だって、
過去にはもう戻れないんだから!
気取られないように、不自然にならないように左手を後ろ手に構える。
そして『何か』と左手が一直線に並ぶ瞬間に、権能を発動させて放射線状にに黒雷を放った。
人によって霊力の質は違うとはいえ、起点が被っていたら視覚感知は遅れる。皆既日食のようなものだ。
大丈夫。まだ理性は残ってる。
制圧できるよ。虐殺はしないよ。
だから、大丈夫。
逃がしはしない。
感電して倒れていく黒装束たちを押しのけて、私は陰陽師に手を伸ばし___
***
ふっ、と。人の姿が解けて、毒々しいほどに真っ赤な蝶の群れが指の間をすり抜けていった。
「…あ。」
ふわりと頬を撫でて飛んでいく柔らかな羽根。落ちた鱗粉が肌に薄く色を乗せていく。
「あああ……」
蝶たちはほんの数メートル先に集って、再び人を形作っていく。
「あああああああ……」
『私』はこの権能を知っている。
『私』は彼女を知っていた。
「茜塚……」
茜塚。茜塚優希。
『私』の後輩、小鳥遊の班員。
守りたかった、これからの子。
「茜塚…!」
ずっと会いたかった、大事な___
「……誰、ですか?」
「え…?あ…」
そっか。
同じ権能だからって、あの子だとは限らないんだ……。
そっか、そう、だよね。
もう『私』、死んだんだった。
千年も経ってるんだった。
生まれ変わりなんて、そうそうあるわけないに決まってる。……平里みたいなのは、例外なんだ。
もう、二度と会えない…………?
目の前の陰陽師の一言で冷静になって、また孤独感に苛まれた。
でも、いくら辛くたって、寂しくたってこれが現実なんだ。
だから、今はちゃんと戦わないと。
気持ちを落ち着かせて、再び陰陽師に向き直る。
もし利用されていただけなら可哀想だけど、高梨たちを守るためにもこのまま逃がす訳にはいかない…!
そう覚悟を決めて、懐に跳び込もうと足に力を込めたとき。
眼前の彼女は再び口を開いた。
「…どうして、その名前を知っているんですか?」




