小鳥遊
___昔。
まだ『高梨』が『小鳥遊』であった頃。
世間を震撼させる程の大事件があった。
それを呼び水にするかのように世論は異能者の弾圧へと一気に傾き、多くの異能者が迫害され虐殺された。
そんな騒乱の最中、異能者を守るために俗世との関わりを断ち身を隠すことを決めた家門があった。
それが『神原』の流れを汲む『古賀』、その一門である。
***
____およそ千年前。
甲斐、白沢滝。
「……龍みたいだな。」
飛沫に白く染まりながらも絶えず流れてゆく川を眺めながら、古賀家当主はぽつりと呟いた。
(彼女は来てくれるだろうか…)
跳ね水で全身が濡れるのも気にもとめず、当主は懐かしむようにぼんやりと滝の傍に佇んだ。
「……古賀!」
「!…来てくれたんですね。」
当主が安堵した様子で微笑むと、幼さの残る顔の女性は不安げに眉を下げた。
「…本気、なの?異能者の集落を作るって…」
「はい。」
「情報化の進んだこの現代で、山奥にすら基地局のある状況で、できると思うの?」
諭すように、案ずるように女性は問いかけた。対して当主は、ひっそりと人差し指を唇に当てて、内緒話でもするかのように呟いた。
「一箇所だけあるでしょう?だぁれも近付こうとしない場所が。」
「まさか…本気なの!?あの場所は、もう怪異の手に…!」
「……本気ですよ。そうでもしなければ、生き抜くことなんてできないでしょうから…」
当主はすいっと西の方角に目を細めて、困ったように笑った。
「ところで、ひとつお願いがあるんです。」
「お願い?」
「はい。…もしも…もしも、いつか排斥運動が落ち着いて…僕たちがまた俗世に戻りたいと思ったその時に、手助けをしてもらえませんか?」
「手助け…?別に構わないけど、でも、そんな時代が本当に来るのかな…。」
「…来ますよ。絶対。
…だって、あの人たちが守った世界なんですから。そうでなきゃ困るでしょう?」
「……うん。そうだね。
それなら、わたしは小鳥遊家を離れて魔導師としての家門でも作ろうかな。魔導具に慣れてしまった以上、陰陽師よりは生き残りやすいだろうから…」
「良いですね、頑張ってください。」
「ふふ、そっちもね。」
当主と女性はくすくすと笑いあって、小さく指切りした。
「…俗世に戻る時だけじゃなくても、助けてあげる。だから、絶対に諦めないで。」
「…はい。小鳥遊さんも諦めないでください。…いつか、いつかまた___たとえ僕らが死んだとしても、子孫たちが俗世に戻れるように、頑張りましょう。」
「うん。」
古賀家当主であった『古賀松也』と、高梨家初代当主であった『小鳥遊琴音』の間で交わされたこの小さな約束は、時の流れの中で形を変え『盟約』として高梨家に語り伝えられることとなった。
かつて別れた友人の、その子々孫々と再び相見えますように___と。
***
「___と、言うのが盟約と共に高梨家に代々伝わる話だな。要約するなら…『古賀』の名を持つ者への助力は惜しむな、といったところだろうか。」
「な、るほど。そうなんですね…」
松也、松也。
前世での私の従兄弟。
なんやかんやあって久山家が取り潰されそうになった時に母方の家に引き取られたとは聞いていたけど___まさかそれが古賀家だったなんて。
しかも、当主にまで登りつめていたなんて。
…しょうもない奴かと思ってたけど、ちょっと見直した。
ああ、でもあいつが先祖ってちょっとやだな、置いてかれたみたいで。
…でもこれで色々と合点がいった。
あの松也の方針でこの村が成り立っているなら、きっと本気で閉鎖しているんだろう。
子どもの頃は争わせようとする大人たちのせいとはいえ、かなり排他的で嫌味なやつだった。けど、本質的に松也は真面目すぎるきらいがある。だから多分「俗世との関わりを断つ」と決めたなら、よそ者や不穏分子はそもそも村に立ち入れないようにするだろう。
だから、私も高梨も『招き入れられた』時点で彼らに敵意がない…はず。
ホントに私の知ってる松也なら。
…違ってたらどうしよう。っていうか合ってても説明できないね、これ。どうしよ。
「古賀?どうした、急に黙り込んで。」
「あ!いえ!なんでも…ええ、なんでもないです。はい。」
「怪しいぞ?」
「ええー…ううーん…っと。」
どう伝えるべきか悩んでいると、高梨が訝しげに顔を覗き込んできた。
怪しい、怪しいかー。
言った方がいいのかな、前世のこと。
でも、いくら色々手助けしてくれてるとはいえ、高梨をそこまで巻き込むほど信用しても良いのか分からないし、何より彼はまだ子どもだ。
前世のある私とは違って、高梨は正真正銘の子どもなのだ。
いくら初代当主である小鳥遊琴音が「助けてあげる」と言ってくれていても、子ども相手はちょっとな…。
だから、前世の話をしない方向で「ここは安全です」って説明しなきゃいけない…いけないんだけど…
全然思いつかない。
高梨を安心させたいのに、全然思いつかない。
話術交渉とかぶらふ?とか、もっと勉強しとくんだった…。
「うーん……どうしたら…」
「お困りのようですね、古賀様。」
「うわあ!?」
頭を抱えていると、不意に障子がスパンと開いて先程の面布さんが姿を現した。
「い、いつからそこに…」
「最初から控えておりましたが。」
「いるんなら言ってくれません!?」
「驚かせてしまい、申し訳ございません。ですが……
呼んだら来れる場所にいろ、と言ったのは古賀様でしょう。」
「えっ」
私は言ってない……うん、言ってない。
ってことは、それを言ったのは…
「言っ…たかなあ。忘れちゃったなーあー…?あははー……」
誤魔化そうとしどろもどろになっている私を、面布さんはじっと見つめた。
そして少し考え込むような動作をした後、すっと居住まいを正して手招きをした。
「古賀様、少々こちらに。」
「?…何か___」
…さすがにバレた?
心臓をバクバクさせながらも近寄ると、グイッと腕を引っ張られて部屋の外に引き出された。
「へ?」
「っ古賀!?」
「お連れ様は少々お待ちください。」
驚いて放心している間に、面布さんはすぱりと障子を閉めた。
障子の閉まる瞬間キンっと耳鳴りのような音がして、障子紙に幾何学模様が走った。
…結界術!?分断された!?
「っ高梨___」
「お連れ様なら大丈夫ですよ。この離れは少々特殊な造りでして、怪異も人も許可なしに侵入できませんから。」
面布さんはそう言って私を抱えあげると、そっと縁側を下りて庭を歩き始めた。
「待ってください!おろし___…?」
そこまで言いかけたところで、面布さんの纏う空気が柔らかいものになっていることに気付いて、なんでだか、何も言えなくなった。




