強くならなきゃいけないから
「…大丈夫ですか?」
「ああ…すまない。」
閲覧室を出て、すぐ近くの水飲み場まで行くと、ハンカチを濡らしてそのまま高梨の腕に押し当てた。
受け身は取れてたようでなによりだけど、まさか椅子ごとひっくり返るとは思わなかった。
しかも負傷してるし。布施と違って腹芸向いてないんだな、この人。
監視の件もあるから詳細までは聞けないけど、反応からして高梨は『古き盟約』とやらを知っている可能性が高い。
それなら色々聞きたいところだけど___あいにくここは監視の目が多すぎる。
…どうしよっかな。監視の届かない、かつ怪しまれずに行ける場所なんて___あ。そういえば、1箇所だけあったな。
誰も通信端末なんて持ってないような『ド田舎』が。
とはいえすぐに行って戻って来れるほどの距離じゃないし…長期休暇、あるいは3連休くらいは欲しいところ…。
「…あ、そういえば高梨先輩。もうすぐ大型連休ですよね?アレって私たちも休めるんですか?」
今月の終わりから始まる祝日ラッシュ。いわゆるゴールデンウィーク。
今まで残ってるのは驚きだけど、みんな休日が好きだから頑張って残したのかもしれない。…とはいえ、怪異には祝日だとか関係ないから、普通に仕事仕事で討伐祭りだったけど…。それでもあの頃は風早さんが頑張ってくれたらしく、学生のうちだけはお休みさせてもらえたっけ。
魔導学園的にはどうなんだろうか。学生は学生でもSクラスは別!って言いそう。
騙し討ちしてくるくらいだし、休めないかも…
「ああ、休めるぞ。」
「ですよねー……って、えぇ!?」
休めるんだ!?良いんだ!?
えっ、本当に?
「休めるんですか!?新入生現場に突っ込んだクセにですか!?」
「なぜかその辺は配慮されているんだ。なんでも昔、あまりにも休みがなくて暴れ回った先輩がいたかららしいが…。」
「へえ。そうなんですね。」
なるほどナイス大暴れ!よっしゃわーい!!!!チャンス到来!!!
「それじゃ、先輩。ちょっとご相談なんですけど…」
「?」
「休暇のとき、実家に一緒に来てくれませんか?」
***
「…その、古賀。どうして急にそんなことを?」
私の発言に、高梨は意図を探るようにしばらく黙り込んだ。
いや、多分意図は分かってるんだろうけど…監視を警戒してる?
それなら…なにか理由付けをしてあげないといけないか。うーん…実家…実家ねぇ…。
山だもんなー……山と言えば天狗…天狗といえば…
「…修行しましょう!」
「え?」
「修行です!!!」
「……修行…………?」
そう、修行。
魔導師としてこれほど的確な理由はないはず。
兄さん曰く「山は怪異にとって最高の狩場」らしいし、慣れておいて損はない。
それに___
「高梨先輩。私、今回の件で痛感したんです。…このままじゃ、弱いままじゃダメなんだって。
だから、『魔導師の』先輩として色々教えて欲しいんです。」
これは嘘じゃない。紛れもなく、本心だ。
1人じゃ何もできないんだって、痛いほどに思い知った。…現実を、無力さを突きつけられた。
権能頼みで満足に武器も扱えない。
傷を負ったまま立ち回れるほどの頑丈さもない。
窮地に陥った時に打開策を思いつける頭もない。
だから私は鍛えなければならないし、色々なことを知らなきゃならない。
そういう意味なら、高梨ほどの適任はいない…はず。
思考の端にチラついた布施を頭から追い出しながらも、真っ直ぐに高梨を見つめると、やがて高梨は真剣な表情で頷いてくれた。
「…分かった。俺に務まるかは分からないが、引き受けるからには精一杯やらせてもらおう。」
「…!ありがとうございます!」
やった!これでちゃんと話ができる…!
私は飛び上がりたいのを我慢しながら、勢いよく高梨に頭を下げた。
その時の私は知らなかった。
…まさか、実家であんなことが起こるだなんて。




