聴取
「布施、さん。」
「はい。」
「離れてもらってもいいですか?」
懐かしい名前に気を許しそうになったけれど、この状況で安心する訳にはいかない。
彼らと彼女は結局のとこ別人なんだから。
「ツレないですね。」
彼女___布施は不満げにそう呟いた。そしてゆっくりと身を引くと、目の前の丸椅子に腰掛けた。
「まあ、今は良いでしょう。…さて。それでは今回のダンジョンの件ですが…」
布施が淡々とした声でそう言っていたが、私は半分も耳に入ってこなかった。
どうやって戻すんだろうコレ。
倒れたままの背もたれをぐいぐい引っ張ってみたりボタンを探してみたり。
そんなこんなしていると、ゆっくりと背もたれが上がって元の状態に戻った。
どういう仕組み?
「…ふっ、ふふ…」
「…なに笑ってるんですかー」
「いえ、いえ…ただ愛しんでるだけですよ…ふふっ」
「嘘つかないでくださいー」
おもっきし笑ってるじゃん。そんなに挙動不審だったのかな。
ちょっぴり恥ずかしくなってそっぽを向くと、また「ふふっ」と笑い声が聞こえた。
聞こえてんぞー。もー。
「…と、とにかく!するなら早く終わらせてくれません!?」
「ふふ…そうですね。そうしましょうか。」
なおも笑っている布施に少しだけむっとしたが、きっと彼女にとってはこれも『愛しむ』対象に他ならないのだろうなー、と考えて表には出さないようにした。
布施はまた笑った。
***
「…では、これで質問事項は以上です。なにか他に補足等はありますか?」
「いえ、大丈夫です。」
多分。
もちろん平里のことは意図的に省いたけど、筋の通るように他にも伏せたから大丈夫…なはず。
前に兄さんが「嘘つくのは向いてないから誤魔化さず話しても問題のない情報だけ話してあとはとぼけてた方が良い」って言ってたからとりあえずその通りにしたけど…どうだろ…。
沈黙が怖い。
見透かされてるんじゃなかろうか。バレてやしないだろうか。
バクバクと心臓が口から飛び出しそうなのを戸惑った表情で隠して、普通の学生ならこうするだろうと首を傾げた。
「あの…?」
「…ああ、すみません。少し考えごとをしてまして。」
「そう…ですか。」
誤魔化せてるよね?大丈夫だよね?
じっとりと、背中を冷や汗が伝う。
怖い。なんというか、暴力的な恐怖じゃなくて得体の知れないものに対する恐怖だ。
何かするつもりなら、いっそひと思いにやって欲しい…!!!
きゅっと袖口を掴んで様子を伺っていると、布施は唐突に制帽を脱いでテーブルの上に置いた。
その拍子に解けたのか、ぱさりと長い黒髪が宙に広がってゆっくりと落ちた。
その動作のわけも分からずほうけていると、ラムネ瓶の硝子玉のような藍色の瞳が細められてそっと白い指先が私の頬に伸ばされた。
「そんなに無垢なままでよく生きてこられましたね。」
すり、と私の頬を撫ぜ、そのまま耳の縁をなぞられる。
ゾッと悪寒が走った気がしたけど、表には出せなかった。
「…抵抗くらいしたらどうなんですか?」
「しても良かったんですか?」
「はぁ…本当によく生きてこられましたね。」
「箱入りなもので…」
多分。私が私だと思い出す前のことはあんまり思い出せないけど、少なくとも『世間』にあまり触れてこなかったことは確かだろう。
だっていくら寮生活だからといって、通信機器が支給品の端末しか持ってないのってどうなのって感じだもん。
「ああ、道理で。」
納得してくれたのはよかったけど、なんかちょっと嫌な気分。これで納得されるなんて、昔じゃ考えらんなかったな。
布施は納得した様子で手を引っ込めると、さらりと髪を耳にかけて両耳を露出させた。
「ところで、今は通信端末を持っていませんよね?」
「え?はい、まあ。」
直前まで気絶してましたからね、私。装着する暇も持ってくる余裕もなかったし。
「それなら…」
布施は言葉を切って深呼吸した。
「古賀さんは、『盟約』について何かご存知ですか?」
「盟約?」
なんじゃそれ。知らな
……
「そうですか。それならば。」
あれ?
いつの間にか傍らに布施が跪いていた。さっきまで、あれ?そこの椅子に座ってたはずなのに。
「古賀家との古き盟約により、これよりいかなる助力も惜しみません。」
なにが。
「なんなりとお尋ねください。『カミヨリサマ』。」
なにが起きたの?
困惑する私をよそに、布施は心酔しきったような表情でうっとりと微笑んだ。
…怖い。




