初めまして
「失礼します。今回のダンジョンの件で聴取を行いますので、古賀学生は同行願います。」
すーっと音もなく扉が勝手に開いて、年若い、刑務官のような格好をした女性が無機質な声でそう告げた。硬そうなつばの帽子に遮られて、表情は伺えない。
「…ん?聴取?」
報告じゃなくて?
先に概要だけ聞いておこう、ってことなのかなあ。吉川姉弟は何にも覚えてなかったみたいだし、その影響かなあ。
私が首を傾げていると、高梨はどこか焦った様子で、通せんぼでもするかのように腕を広げた。
「待ってください。まだ彼女は目が覚めてから1時間も経っていないんですよ。体調面を考えるなら明日でも___」
「そうやって後回しにすると記憶が薄れて正確な情報が得られない可能性があります。ですので、待つことはできません。
…それとも、なにか隠したいことでも?」
「それ、は…それは…」
そう呟いて俯いた高梨の顔は、なにかに怯えているように見えた。もしかして、その『聴取』とやらは隠語なのだろうか。
うーん…
………
…まあ、虎穴に入らずんばなんとやら、だよね。それに、ここで時間食ってると怪しく思われるかもしれないし。
「大丈夫ですよ、行きましょう。」
「古賀!?」
「大丈夫ですよー。ただ今回のこと聞きたいだけなんでしょう?」
安心させるように微笑むと、高梨はきゅっと口を引き結んで視線を逸らした。
「…わかった。具合が悪くなったらちゃんと誰かに言うんだぞ。」
高梨の言葉に、無駄だとしても、という注釈が透ける。
「分かってますってー。今のところ大丈夫ですから!こう見えても私、頑丈なので!」
ベッドから飛び降りて手を振ると、高梨は白い顔で手を振り返した。
***
四角い箱の中のような、無機質な部屋。
ぽつんと中央に置かれた丸椅子とテーブル、そして歯医者さんにあるようなやたら仰々しいリクライニング式の椅子以外は何もない。
「では、そちらにお掛けください。」
「あ、はい!」
そう示されたのは、リクライニング式の方の椅子だった。
あ、こっちなんですね、私が座るの。
…まさかとは思うけど、拘束されたりとか、ないよね。なんか昔の漫画で座ったらベルトが出てきて〜、みたいなのがあった気がする。ちょっと怖いな…。
恐る恐る浅く腰かけてみると、今まで無表情だった女性が薄く笑った。
「大丈夫ですよ。その椅子には何も仕掛けられていませんから。…強いて言うなら、自動で背もたれの角度を調整できる仕掛けならありますが。」
「そ、そうなんですね…よかったー…
…あっ。」
声に出しちゃった。良くない。
ぱっと反射的に口を押さえると、くすくすと軽やかな笑い声がした。
「あなたは素直ですね。…素直なことは良いことですが、あまり素直すぎると悪い人に捕まってしまいますよ。」
「はい…?」
なんで突然そんなこと___っていうか何かがおかしい気がする。
椅子が2つ、テーブルが1つ、あとは何もない。紙がないのは端末で記録するからだろうし、聴取するだけなら充分な部屋、だよね。
なにがおかしい?何に違和感を覚えてる?
…おかしいのは部屋じゃなくて、彼女?
それなら今までの彼女の言動の、どこが引っかかった?
…
…違う。最初からだ。
最初からおかしかった。
なんであんなに威圧的に高梨に接した?
まだ学生とはいえ、高梨は御三家の一員なうえにSクラス。あそこであんな風に行動すればあとで厄介なことになりかねないのに。
それに…なんで無理やり連れてきたのに、彼女は今私に笑いかけているの?
なんというか、まるで。
私から高梨を引き離したかったみたいな___。
じっとりと、背中が汗ばむのを感じる。目的が分からない。
ずっと淡々とした態度で詰問されるだけだったら理解できた。この笑顔が油断させるための作り物だったら読み取れたのに。
何者?御三家の人間?それとも、また別の___
「どうかしましたか?顔色が悪いですよ。」
「う、わっ!?」
彼女の問いかけとともに背もたれが倒れて、驚いて思考が寸断された。
一瞬の浮遊感が心地悪くて顔をしかめていると、彼女はゆっくりとこちらに近付いてきた。
「!」
慌てて起き上がろうと座面に手を付いた、ちょうどその時___彼女の手が、そっと私の手を掴んだ。
「ダメですよ。そんなに急に動いては。」
吐息がかかりそうなほどに顔を寄せてにこりと笑う彼女の雰囲気に、なんとなく見知った空気を感じる。
誰だっけ。確か昔に会った誰かだったはず…
___穏やかに見えるが、その本質は苛烈かつ一途。正道を好み謀略を忌み嫌う___
…あ。もしかして、彼女は…
「…あの。今更ですがお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか…?」
「あら?…そういえば名乗っていませんでしたね。」
彼女はすっと身を起こすと、緩やかに右手を胸元に添えて口を開いた。
「私は布施と申します。
…これ以上のことは、あなたには不要でしょう?」
布施家。前世の異能六大家門のうち、魔導師の一門。
とうになくなってしまったと思っていた彼らの生き残り___!
やっぱり…!
っていうかもしかして前世のことバレてる…?いやまさか。
「よろしくお願いいたしますね。古賀さん。」
そう言って穏やかに微笑む彼女の、目は笑っていなかった。
絶対バレてるよこれ。
「ひえ…」
…こういう時、兄さんだったらどうしたかなあ。




