知らなければ
2日後。
目が覚めると、私は学園内に併設されている病院にいた。
ちょうど様子を見に来てくれたらしい高梨に吉川姉弟の安否を尋ねると、どうやら一緒に運び込まれて先に意識を取り戻しているらしかった。
「ってことは、みーんな意識不明で運び込まれたってことですか?怪我もなく?」
「…ああ。」
広々とした個室で無機質なベッドに腰掛けながら尋ねると、高梨は折りたたみ式のスツールに座ったまま頷いた。
脚が余りすぎてなんだか窮屈そう。そんなことってあるんだ。
そう現実逃避していると高梨が心配そうにこちらを覗き込んできた。なんでもないですよ、と手を振りながらも、脳内は疑問符で埋め尽くされていた。
私はともかくとして、吉川姉弟まで傷一つなく気絶させられた状態で運び込まれた。怪異にやられたのなら昏倒だけで済むはずがない。かといってあの謎の黒装束たちがそのまま放置してくれるような奴らには到底思えない。
なら…平里が?
…いや。私が平里と合流したのは突入してすぐ…一緒に突入した吉川姉弟を無力化するには時間的余裕がない。
と、すれば。
別の第三者がいた、って考えた方が自然かな。
それが敵にしろ味方にしろ、不確定要素は早めに取り除いておきたい。
もう前回と今回の件で思い知った。兄さんのいない状態での私は弱い。
知らないままで対処できるほどの強さは、私にはない。
「あの、高梨先輩。吉川先輩たちはどこに…」
「あの2人ならもう寮に戻っているが…どうかしたのか?」
「ちょっと無事を目で確認したくて。…あと、聞きたいこともありますし。」
そう言ってにこっと笑うと、高梨は少し苦々しい表情になった。
「高梨先輩?」
「ああ、その…」
「…何かあったんですね?」
「えっと…」
高梨はたっぷり十数秒視線を迷わせながら言い淀んでいたが、やがて観念したようにこちらを見た。
「どうやら…ダンジョン内の記憶がないらしいんだ。」
「え?」
記憶が無い?そんな馬鹿な…ああ、でもひとつだけ心当たりがあった。
「ってことは、『上隠し』…天狗のかい…モンスターがいたんでしょうか。」
「テング?」
「えっあれ、知らないですか?赤ら顔の長鼻で、背中に烏の羽が生えてる…」
「赤ら顔…鬼か?」
「いや、角とかは生えてなくて…」
どういうこと?
天狗なんてメジャーな怪異、いくらなんでも知らないはずが___
「…古賀。そのテングというのは、視界に一定時間留めることは可能か?」
視界に?一定時間…ってどれくらいだろ。
でも彼らは身軽だから、こちらも相応に素早くなければ視界に捉えること自体が難しい。
私だって、天狗を視界に捉えることは難しい。前世でも、一定以上の練度の武闘家が気配だけで相手の動きを捉え始めるように、私も見ずに戦えるように訓練してようやくまともにやり合えるようになったくらいだし。
「…難しい、かと。彼らは素早いし、身軽ですから。」
そう言って首を横に振ると、高梨は腑に落ちたように頷いた。
「なるほどな。それなら恐らく、そのテングとやらはデータベースに登録されていないんだ。誰も特徴を詳細に記録できなかったんだろうから。」
「そんな馬鹿な!あれだけ___」
有名なら、と言いかけて口を噤む。
ここは前世ではない。もし、あの時の『悪い予感』が本当なら、言動ひとつが命取りになるかもしれない。高梨は…不審に思っただろうか。
「…口伝、とかのは登録されていないってことでしょうか。」
「そうかもしれないな。千年前の事件で記録の大半が消失してしまったと聞くし、口伝の情報は信憑性がないものとして扱われてしまったんだろうな。」
「え?」
事件?千年前と言えば私たちの…
でも、記録が消失するほどの大事件なんて聞いた事ない。ってことは、私たちが死んだあとのこと?何があったの?
私たちが命を捨ててでも彼岸を終息させれば、平和になるんじゃなかったの?
平里は、ことちゃんは、みんなは?
私たちは、守れなかったの…?
「高梨先輩、それって___」
あまりのショックに思わず身を乗り出した、その時。
病室のドアを、誰かがノックした。




