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かくも世界は醜くて~魔導師学校の陰陽師~  作者: おおよそもやし
泥中を迷う
31/110

信じて。

「なっ…」


 突然の乱入者たちからの攻撃を避けるために、やむを得ず大きく前方に跳んだ。

 平里も同じように跳躍して___後方へ下がってしまった。


「っ!?」


 先遣隊の生き残り?いや違う。

 軍部のものとも学園のものとも違う、鮮やかな赤の蝶の刺繍が施された腕章に目を惹き付けられた。


 ってことは新手?…って、しまった!分断された…!

 私が怪異側に抜けたのに対して、平里は通路の奥へ入り込んでしまった。


「…くそっ!こんな時に…こっちは任せろ!怪異頼んだ!」

「頼んだ…って、言っても…!」


 ぱっと見ただけでも10人以上はいそうな黒装束の乱入者を1人で相手できるわけないでしょ!?


「いくらひー…羽世でも無茶だよ!」

「大丈夫だ。俺を信じろ。」

「うー…分かった!さっさと終わらせてそっち加勢するから!」


 私がそう言うと、平里は笑った。

 とっても不敵な感じである。かっこよー、私もそういう年上になりたい。


 っていけないいけない。


 前方の怪異の気配に集中しながら、少しづつ近づいて行く。足にまとわりついた瘴気が重たくて、なんだか泥の中を歩んでいるみたいだ。


 ある程度の距離を進んだところでちらりと後ろの様子を見てみると、私を追いかけようとしていた黒装束が平里に投げ飛ばされていた。

 どうやら平里は身体能力でゴリ押すつもりらしい。脳筋だなぁ。魔導師なのに。


 まあでも、これなら任せても大丈夫そう。

安心して戦える。


 私は軽く息を吸いこむと、気持ちを切り替えて前方を見据えた。

 ぽつん、と空中にさっき私たちがくぐった木製の扉が浮かび上がって___内側から強い圧力が掛かったようにたわんで勢いよく開いた。

 よく壊れないな、と一瞬思ったけど、そもそも霊域の仕掛け(ギミック)なのだから別に不思議じゃない。

 ただ、この分だとかなり大きめの怪異かもしれない。


 屋外ならまだしも、屋内だと怪異と壁の間に挟まれて圧死、なんてことも有り得る。

 立ち回りには気をつけないと…。


 念の為後方に退避スペースを確保して、抜き身のままの短剣を構える。

 神経を研ぎ澄ませて扉を注視していると、やがて中から窮屈そうに黒い塊が押し出された。

 表面は粘度の高い、タールのような黒く濁った液体で覆われ全容は窺えない。


 …羽化するタイプの怪異?それなら今のうちに倒しきれれば早く終わるよね。

 そう考え1歩踏み出した、その時。


「オ…オオオオオオ____!!!」

「っ!」


 遠吠えのような声とともに黒い塊が痙攣をし、表面を突き破って中から生えてきた枯れ枝のような腕が粘膜を上下に引き裂いた。


 羽化直前だった…!?


 即座に構え直して、怪異の動向に意識を向ける。

 塊からどんどん出てくる無数の腕。それらが繋がる、いくつもの白い仮面が貼り付いた胴体の、頭であろう場所は口以外何も無い。


___のっぺらぼう(ノーフェイス)か!


 のっぺらぼう系統の怪異は、総じて『(かお)』に執着する。

 相手の首を引きちぎって自身の頭に埋め込むタイプや相手の顔を模倣するタイプ、そして相手をなにか別の物…仮面や絵に変えて自身の顔として使うタイプが確認されていたはず。


 それならつまり、あの仮面たちは…全部、被害者ということになる。


「…あはは…なんで気づかなかったんだろ…」


 そういう場合、大元の怪異を倒せれば物にされた人々も戻るのが大半だけど___それはあくまで『該当物が無事』である場合にしか適用されない。


 つまり、この怪異は


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 これじゃ言われなくても権能なんて使えないし、しかも、瘴気に足が取られて動きづらい。

 …前世の後輩(茜塚)は、こういう状況向いてたんだけどな…。私は巻き込みしやすいから、こういう類の怪異の討伐にはほとんど回されたことがない。


「…あーっ!もーっ!」


 やってやらぁ!甲等級としての意地、見せてやんよー!!!

 私は腹を決めると、地面を蹴って飛び出した。


***


 跳んで大体1メートル。

 その高さまではさすがに瘴気も届かないらしく、身体が軽い。


 ただ、人間である以上滞空時間はほんの数秒程度しかないから、あくまで移動手段にしか使えなさそう。

 あーっ、先輩(西園寺)ならめちゃくちゃ滞空できるから有利に戦えたのにー!

 それか後輩(ことちゃん)なら魔導具で飛び回って攻撃できたのにー!


 まあ、ないものねだりしても仕方がない。

 今ここにいるのは私なんだ。

 私がやるしかない…!


 3度跳躍して怪異の近くまで移動すると、そのまま大きく上に跳んで短剣を構える。

 そのまま仮面のない部分に狙いを定めて___


「っら、あ!!!」


 落下の勢いに任せて突き刺した。


「!!!オオオ___!!!」

「っ!…危なっ」


 怪異は痛みに藻掻くかのように激しく身を捩り、その勢いで振り落とされそうになった。

 動きだけ見れば蛇に近いのかもしれない。


 それはそれとして、持っていかれないように短剣を引き抜くと、今度は別の隙間にぶっ刺した。


「オオオ___!??!」


 振り落とされないように気をつけて、引き抜いて、もう1回。


「オオオ______!??!」


 再度、繰り返す。

 言っちゃなんだけど、つまりはただの滅多刺しである。


 平里に言われてるのもあるけど、広範囲を巻き込みやすい権能(黒雷)が使えない以上、異能を込めながら物理で殴り続けるしかない。

 結局、殴打や刺突といった原始的な攻撃方法が1番汎用性が高いのだ。

 実体があれば誰にでもできるしね、暴力は。


 そんなこんなで、無心で仮面の隙間を刺し続けていると、にわかに通路の奥が騒がしくなった。

 刺す瞬間、ほんの少しそちらに意識が取られて___


「オオオオオオ_____!!!」

「あっ!?」


 怪異の身動ぎに短剣を持っていかれ、ついでに振り落とされてしまった。


 何とか空中で体勢を整えて着地をした、その時。

 ちらりと通路の奥の様子が見えて、私は思考が止まった。

 床に、床に倒れる軍服姿の人影と、酸化した赤。


「…え?」


 見間違いだと思いたくて、振り向きたくてしょうがない。


まさか、まさか。


平里が危ない?


ダメだ、感情を優先するな。被害が、


でも平里が


被害が、拡大してたくさん


死…


死ぬ?


でも、でもさ。


(善人)が傷つく世界なんて、どうでも…


 思考が(もつ)れて、足が止まった。


 その瞬間、左肩に凍てつくような衝撃が走り___すぐに灼けるような痛みに変わった。


「…っっが、ああああああああああ!?」


 痛い、痛みで思考が寸断されて膝が落ちた。

 足はある、動ける。

 腕、腕…どこ行った?

 感覚が…


大丈夫、大丈夫、大丈夫…


「ぐっ…ぁ、ぐ…」


 大丈夫、大丈夫…大丈夫…


 洗脳するみたいに大丈夫を繰り返しながらも、前世から培ってきた経験が状況を瞬時に悟らせる。

 怪異に殴られた左腕は、脱臼した上に感覚が戻らないものの、まだ繋がっている。

 足も、右腕も、頭だって無傷だ。

 まだ動ける。だから。


 この程度で諦めてたまるか___!


 頭を上げて怪異を視界に捉えようとしたところで、今度は右のふくらはぎを踏み砕かれた。


「がっ…」


 衝撃が骨に響いて、頭が白く飛んだ。


『サヤは本当に無茶ばっかりするよね。任務行く度に怪我して。』

『あははー。でもさー、兄さんが治してくれるんでしょ?』

『…当たり前でしょ。僕の権能はそのためにあるんだから。』


 兄さんが笑って、ふわりと白い髪が揺れる。

 その光景が懐かしくて、思わず浸りたくなるけれど___


ダメだ。


走馬灯を見てる余裕はない。

今を見なきゃ。


 五感が回復しないなりに這って、怪異から逃げて時間を稼ぐ。

 視界は見えているのに何も分からず、耳は鈍く痛覚ははどこかへ飛んで行った。


 権能を使えば巻き込み覚悟で勝てる。でも約束…それに仮面が…


 …少しの気の緩みが死に直結することなんて、知っていた。


 談笑していた先輩が翌日にはいなくなっていることも、「怖い」と怯えていた同級生が冷たくなって帰ってきたこともあったのだから。

自分たちだけは例外だ、なんて思っていなかった。


そのはずなのに。


 前世からの経験があるから、知識があるから、だなんて。

 ちょっぴり、いや、かなり慢心してしまっていた。

 前世の仲間に会えて、気が緩んでしまっていた。

 ああ、もう。本当に私は、


「…どうしようも、ないなあ…」


 腕に力が入らず、もう這うことすら出来なくなっていた。


 やっぱり私は前世と変わらずダメな子のままなんだ。兄さんの代わりになれない。

 ごめんなさい、と誰に充てるでもない謝罪を心の中で呟くと、私は静かに瞼を閉じた。


「……まだ諦めるには早いと思うよ。」


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