憂しと見て
「よーっし!それじゃあ気を取り直してー…探索再開だー!」
「おー」
やや気の抜けた返事にムッとして、平里の方を振り向いた。
「もっと元気出してこー?」
「またいつ戦闘になるかも分かんねぇのに、無駄な体力使えるか。」
「それもそっか。」
「ひ…羽世体力無いもんねー」と頷くと、「お前らが異常なんだろ」と納得いかない風に返された。
「お前『ら』?…兄さんも?」
「あっ…そう、だな。」
そう問い掛けると、平里はバツの悪そうな表情で視線を逸らした。
別に気にしなくて良いのに。完全に大丈夫ってわけじゃないけど、取り乱す程じゃないし。
「まあそこは置いといてー…
霊域攻略の手掛かり探そ!行くぞさっちゃん!」
「?さっちゃん誰?」
「お前」
「俺!?どこから取ったんだよその渾名!?」
「さとー」
「中途半端!」
すっかりいつもの様子でツッコミを入れてくる平里に安堵して、私は通路の先に目を向けた。
左右に並ぶ飲食店も随分様相が変わり、木製の格子窓やらステンドグラスやらの装飾が目立つようになってきた。
もしかして、奥に行けば行くほどお高い店になってるのだろうか。
「…動物とか、いないよね?」
昔、珍しい動物のいるレストランがあったことを思い出してぽつりと呟くと、平里が何やら取り出した。
「それ何?」
「店舗案内。落ちてたのを拾った。」
「ふーん。まだ紙のやつあるんだね。」
これだけ技術が進歩してるのにまだ残ってるなんて、結局物理的にあった方が良いのだろうか。
「まー、そうだな。多少の魔力持ちならともかく、民間人の多くは魔導具使えないからな。」
「えっ?なんで?」
そんな馬鹿な。千年前時点で魔力を事前に充填した石を入れ替えることで誰でも〜みたいな技術が開発されてたのに?
じゃあどうやってこんな大規模な施設を維持・運営してるの…?まさか人力で…?
「…安心しろ。電気、石油、天然ガス。あるいは石炭、怪異の核石辺りだなー。」
「あっ声に出てた?」
「出してないつもりだったのか?思いっきり出てたぞ。」
疑問は解消されたけど、どうにも腑に落ちない。
「電気はともかく…石油もガスも石炭も、旧時代で使われてた物だよね。私たちの時代ですら使われなくなってたのに、なんで今更…?」
「…さあな。色々あるんだろ、色々…」
平里はそう言って制帽を深く被り直した。
…なんか知ってるな?
こんな分かりやすくてほんとに大丈夫なのかな。
「…さっちゃん…嘘つくの下っ手くそだね…」
「さっちゃん言うな」
「ええー、かわいいのにいー?」
「俺に可愛さは要らないだろ。」
「それはそうだけどー。」
ダメかあ。…あれ、そういえば。
「核石?核石ってあの核石?」
オリエンテーションの時に集めてた、あの?
「どの核石かは分からないが…怪異倒したら出てくるやつだな。」
「へー。…あ、そういえば倒したら核石出てくるやつと出てこないやつがいるのはなんで?」
「確か、怪異としての存在年数によるみたいだな。発生してからの期間が長ければ長いほど核石は大きくなるらしい。死骸が残ったり残らなかったりするのもその辺の理由だな。」
「ふーん…」
つまり、怪異に昔はなかった核石があるのは怪異が長期間存在していたから…ってことか。
と、いうことは。
「…定期的に発生しやすい場所を見回る、あるいは発生した時点で感知して討伐に動く組織がない…?」
かつての私たちの所属___防衛省怪異対策本部こと陰陽寮のようなものはどうやらこの時代にはないらしい。
さっき話してて感じた違和感もだけれど、割と怪異への対策がなおざりというか。
「…あれ、でも、待って。それならどうして一般人が核石を資源として使えるの?」
そもそも核石を手に入れるためには怪異を倒さなければならないが、異能を持たない一般人では特殊な武具でもない限り討伐は不可能なはず。
この千年の間に怪異の性質が変わるわけがないし…魔導具ですら武器の技術が千年前と同等なのだから、霊力、あるいは魔力を纏った武具が量産できるとも思えない。
うーん?と首を傾げていると、平里が袖口から小刀を取り出した。
「これを見てみろ。」
「これ?…あっ、なるほどー。そういう…」
粗野な作りの片刃の小刀は、柄の中程に小ぶりの核石が埋め込まれていた。
そういえば、怪異を掴んで怪異ぶん殴れば怪異にダメージが入る、って前世で誰か言ってたなあ。それと同じことか。
誰だったかな、思い出せないや。
まあ、死んだんだから全部憶えてられるわけないか…しょーがない。
「もしかして、こういう武器で一般人が怪異を狩ってたりするの?」
「そうだな。組織的なものもあれば、個人でやってる賞金稼ぎみたいなやつもいる。核石は高く売れるからな。」
「へー…なんか、小説とかによく出てくる『冒険者』みたいだね。」
前世で読んだ冒険小説のことを思い出して笑うと、小刀をしまい込みながら平里もにっと笑った。
「実際個人でやってる連中はそう呼ばれてるぞ。それを統括する民間組織なんて、まんま『冒険者ギルド』って呼ばれてる。」
「へー!…ってことはだよ?もしかして、荒くれ者に絡まれる新人の図とかも実際にあったり…?」
小説の内容を思い出しながら期待半分でそう言うと、平里はゆっくりと拳を上げて___親指を立てた。
あるんだ!良いなー。私も新米冒険者のフリして見に行きたいなー。
魔導師を特権扱いしたいっぽい学園側からしたら目の上のたんこぶかもしれないけど。…そうだったら、どうなるんだろう…。
「…いつか、行けるかなあ。」
私の呟きに、平里は「どーだかな」、と返して店舗のガラス窓を覗き込んだ。
「ま、お前のしたいようにすれば良いと思うぞ。」
「無責任〜。それで反逆者扱いされたらどうすんのさー。」
「その時は…そうだな。」
私が両手の拳を突き上げて抗議すると、平里はくるりとこちらを振り向いて、いたずらっ子のような顔をした。
「俺の下につくんなら助けてやるよ。」
「…手駒欲しいだけじゃん!?」
「当たり前だろ。
よく知ってる相手な上に実力もある。おまけに信頼できる…好条件この上ない。これで欲しがるなって方が無理じゃないか?」
「た、たしかに…?」
一理あるかもしれない。だって私も許されるなら同僚に平里欲しいし…。
魔導具作成の技術はこの時代でも唯一無二の離れ業だし、何より前世からの付き合いだからある程度思考が読める。
だからこそ、今は振り回さなきゃいけないんだって分かるけど…一体何が平里をここまで追い詰めてるんだろう?
まっすぐ聞くのもアレかなあ、と思いつつ口を開いたところで___
生温かい、這うような気味悪い気配が、背後からぬるりと足に纏わりついた。
「っ!主!?」
私がそう叫んで振り向きざまに短剣を鞘から引き抜くと、平里も片膝をついて魔導狙撃銃を構えた。
「怪異補足完了、視認距離まであと___」
平里がそう口にした直後。
左右の店舗の窓ガラスが割れる甲高い音が響き、黒い影が襲いかかってきた。




