オリエンテーション
翌日、早朝。
突然の放送で一年生全員がジャージに着替えさせられて、寮の食堂に集められた。
…早朝なのでもちろん朝食はまだできていない。残念。それなら、もうちょっと寝てたかったな。
欠伸を噛み殺しながら隅の方に立っていると、スーツ姿の教師らしき男性がガラガラとホワイトボードを引っ張って入ってきた。
そしてそのまま食堂の上座にある飾り気のない段差の上に移動すると、男性は仁王立ちをして私たちのことを見回した。
「一年ども!集まっているな!俺は教官を務めている重村だ!これからよろしくな!」
ガハハ、と豪快に笑うと、男性___重村教官はホワイトボードを裏返した。
そこには『新入生歓迎オリエンテーション』とデカデカと書かれた方眼紙が貼られていた。
…おりえんてーしょん?クラス分けもまだ発表されていないのに?
頭に疑問符を浮かべながらもその場にいた全員が静かに待っていると、重村教官は突然バンっとホワイトボードを叩いた。
「さて、君たちにはこれから___ダンジョンに潜ってモンスターを討伐してもらう!」
ダンジョン?…ああ、霊域のことか。モンスターは怪異かな。…え?霊域?
なんで?昨日入学したばっかりなのに?
あまりに突然のことに戸惑った。他の子たちも同じらしく、ザワザワと動揺が広がった。やっぱりそうだよね、おかしいよね。
仮に低等級だったとしても、霊域である以上危険であることには変わりない。それは今だって同じはず。
素人だけで行っていいような場所じゃない。
「ちょっと、うるさいですわよ!これだから庶民は。」
喧騒に顔を顰めながらぱっと扇子を広げて雪村の子___氷花がそう言い放つと、皆俯いて黙り込んだ。
そして氷花はそっぽを向くと、隣に立っていた女の子に耳打ちした。
「…~、~~…」
「…はい。分かりました。」
何を話してるんだろ。
何もしなければ良いけど…。
そう思いながら視線を教官に戻すと、彼は複雑そうな表情を浮かべて腕を組んでいた。
「あー…気を取り直して!説明していくぞ!」
重村教官はそう言ってピッと紙を剥がした。するとホワイトボードに図や文章が浮かび上がった。モニターだったんだ。…あれ?でも、モニターに紙直貼りして大丈夫なの?
私の疑問をよそに、教官はどんどん説明を続けていく。
「まず!君たちにはこれから3~5人程度のグループに分かれてもらう!オリエンテーションだからな!1人は絶対にダメだぞ!」
1人、ダメなんだ。でも、それならどうしよう。
昨日雪村氷花に私が突っかかったのはもう知れ渡ってるだろうし、ぼっち確定なんじゃないかなぁ。御三家に睨まれたくはないだろうし。
「そして!全グループ一斉にワープゲートからダンジョンへ突入してオリエンテーションスタートだ!」
ワープゲート…転移門?
一斉に、ってことはここにいる約100人一気に同じ場所に転移させられるほどの精度ってこと?千年でそこまで進歩するんだ、技術って。
…彼がいたら楽しんだだろうなぁ。新技術好きだったし。
前世の仲間のことを思い出して、寂しさで少しだけ胸が痛くなった。彼は、私たちが死んだ後幸せになれたんだろうか___。
「そして!このオリエンテーションで今学期のクラスが決まるぞ!」
前世を思い出して切ない気持ちになっていると、教官の大声に現実に引き戻された。
しまった。少し聞き逃したかも。
はっとして教官の話に集中し直すと、今度はボードに三角形の図が表示された。
「まず、上位3名がS、続いて5名がA、そして20名がB、30名がC、それ以下がDだ。」
えす、えー、びー…?五段階ってことは甲乙丙丁とその上ってことかなぁ。その辺の知識がないから困るな…。
「だが!ここで失敗しても不安になることはない!学期末ごとの定期試験で上位の成績を修めた者は上位のクラスへの移籍が可能だ!!!」
彼は「逆もまた然りだぞ!」と付け足してまたも豪快に笑った。
「さて、ここまでで何か質問はあるか?」
「はい!」
重村教官がそう言った直後、私はすかさず手を挙げた。
「えーっと、古賀か。どうぞ。」
名簿と名札で名前を確認すると、彼はハンドサインで話すよう促してきた。
「あの、れ…ダンジョンに行くのは私たちだけですか?上級生とかは…」
「しないぞ。1年生のオリエンテーションだからな!」
ガハハ、と楽しそうに笑う教官に、私は頭を抱えた。
本当に初心者だけで行かせるんだ…。
「案ずるな!ダンジョンと言ってもDランクだからな!」
D…つまり丁等級相当、ってこと?
それなら前世でも実地訓練用に管理して使ってたから大丈夫そう、かも?
「…ちなみに定期的にか…モンスターを間引いたりとかって…?」
「?まびく?そんな必要ないだろ?」
アウトーーーー……!!!!!!!
アウト!管理されてない!!!!!完全に危険地帯だよ!!!
「まぁ。古賀さんはとぉっても臆病ですのね。」
クスクスと雪村の子たちが私をバカにする声が聞こえたけど、それどころじゃなかった。
きちんと管理されていた前世の訓練用霊域でさえ丁等級の場所に乙等級の怪異が出て命の危険に晒されたことがあった。あの時は、上級生と一緒だったからまだなんとかなったけど…。
その時ですらそうだったのだから、まともな管理すらされていない状態の霊域___ダンジョンがどうなってるかなんて分かりきっている。
なんとか…不審に思われない範囲で緊急措置があれば…。
「…もし、危なくなったらどうすれば…?」
「心配するな!すぐ外に教師が待機しているからな!これから配る通信機で連絡してくれ!!!」
なんで!?外で!?内部で異常起きたらどう対処するって言うの!?
危機に直面してるときに連絡する暇なんてある訳ないのに…!!!
内心の動揺を悟られないように表面上は穏やかに「そうなんですね、ありがとうございました」と返してお辞儀をした。
今まで死人出なかったのかな。だとしたら奇跡的すぎるけれど…。
「他に質問はないか!?ないならグループを作ってくれ!できたグループから装備を渡していくからな!!!」
そんな私の心中など知らずに、教官はガハハ、とまた豪快に笑っていた。
…いざとなったら、逃げよう。
私は小さくそう決意した。