そういえば
ゆらり、と人の形にも虫のようにも見える影が、暗がりの中で蠢いた。
影は幾重にも折れ曲がった、枯れ枝のような細い腕を伸ばすと、所狭しと壁に掛けられた仮面をまるで果実を収穫していくかのようにブチリ、と毟り取った。
***
「…その、髪引っ張ってごめんね。痛かったよね…」
動揺していたとはいえ、あんな乱暴なことをしちゃうなんて…ダメな子。悪い子。
「…別にいい。ただ、もう少し落ち着いて行動できるようになってくれると助かる。」
とぼとぼと後ろを歩いている私を気遣ってか、平里は歩調を緩めてこちらを振り返った。良い奴〜。好き。
「ほんとごめんね…。育毛剤あげるから…」
「ハゲてねぇよ!?」
「髪抜けてないだろ!」と平里が自身の頭を指している様子をただじっと見つめていると、だんだん不安げな表情になり「抜けてない…よな…?」と髪を触っていた。
はーおもろ。相変わらずいい反応をしてくれるなー。
兄さんもここにいたらめちゃくちゃ楽しかったのに…。
ほんの少し感じた寂しさを、ふるふると首を振って頭から追い出す。今は感傷に浸ってる場合じゃない…!兄さんはもういないんだから、私が頑張らないと。
「まあ、そんなことよりさー」
「そんなことって…」
「ひ…羽世がハゲてても別に誰も死なないじゃん。でも、この霊域をなんとかしなきゃ、多くの一般人が犠牲になるでしょ?」
「それはそうだが。」
「でしょー?」
「……」
じろりと抗議の視線を向けられたけど、気にしない。
「まあまあ〜。ところでさっきの振動、なんだと思う?」
「さっき?あー……怪異じゃないか?」
「何?今の間。」
めっちゃ長かったな。心当たりあるって言ってるようなもんだけど。
「同行者でもいるの?」
「…それも企業秘密ってことで…」
「それもう半分答えてるよーおー。」
あまりにもあからさまな誤魔化し方についツッコミを入れると、平里はバツの悪そうな表情でそっぽを向いた。
こんなに分かりやすくて大丈夫なのかなぁ。
変な人に絡まれたりしてない?もし学園にとっ捕まって拷問されたらすぐ吐いちゃわない?大丈夫?
もしそうなったら学園ぶっ壊してでも逃がしてあげよう…と小さく決意した。
「…おい、古賀。なんか物騒なこと考えてないか?」
「そんなわけないじゃん〜こんな時に。」
訝しげに空色の目を細める平里に手を振って否定する。
ぶっ壊し程度で別に誰も傷付けようとはしてないし、物騒ってほどじゃないでしょ、多分。
そのままにこにこと笑っていると、やがて追及を諦めたらしく、平里は面倒そうにため息を吐いた。




