否定して
___世を離ることを選ぶのは、何もこの世の全てが嫌になったからじゃない。
その選択で大切な人たちが傷つかなくていいと、幸せな世界を守れると思ったからだ。
私たちがいなくなっても、みんなが笑って生きられるなら、愛しい君たちの明日に繋がるならと…そう思ったから、死ぬと分かっていても立ち向かえただけで。
その先に続く世界がそんな醜いものであると分かっていたなら、きっとそのまま滅びるまで動けなかっただろう。
そんな世界なら、私はともかく兄さんまで死ぬ意味がないのだから。
…死んだ意味も、死を経て今ここに立っている意味も。
そんな世界ならきっと、最初からなかったんだろう。
この最悪な予想を否定して欲しいんだ、平里。嘘でもいいから、「目的はお前らと一緒なんだ」と答えて欲しかった。
長い付き合いなんだ、問いの意味をもう分かってるんでしょ?
「答えて。」
否定して欲しい。「そんな馬鹿なこと、ある訳ない」って否定するための材料が欲しい。
だって、もしこの予測が当たっているなら、前世で、みんなが傷付きながらも守ってきた意味がない。
そんな世界なら、滅んで然るべきなのだから。
「私たちが死んだのは、」
命を捨ててまで彼岸の霊域を滅ぼしたのは、
「異能者だけに価値を見出して、一般人を蔑ろにする世界のためなんかじゃないんだよ。
…ねぇ、答えてよ。」
「…………、ごめん。」
平里はただそれだけ口にして、沈痛な表情で俯いた。
…なんで答えてくれないの。
半ば衝動的に手を伸ばして、帽子からはみ出した黒髪を引っ掴んで空色の双眸を引き寄せた。
口から短い呻き声のような声が漏れ、瞳は大きく見開かれたが、気にせずこめかみの辺りをがっちりと両手で挟み込んで捕まえて覗き込んだ。
「謝るってことは、そういうことなんだよね?」
静かにそう問いかけ首を傾げたが、平里は辛そうに視線を惑わせるばかりで言葉を発しなかった。
「……平里?ああ、羽世って呼ばなきゃなんだっけ?なんで黙ってるの?」
言葉を引き出したくて目を細めると、平里はますます顔を引き攣らせて呆然と呟いた。
「…神原…?」
「え?」
なんでそこで、兄さんの名前が___?
不意に呼ばれた懐かしい名前に動けなくなった。
なんで今、その名前を呼んだの?
ああでも、そういえば最初に会った時にも「神原」って言って___
「…っおらっ!」
「え?あ。」
意味の無い思考の渦に呑まれかけている私の両腕を、掌拳でかち上げられた。
その勢いで崩された体勢を立て直せずに、そのまま呆気なく引き倒され、後ろ手に制圧された。
「落ち着け!」
「…この状態で言われてもなぁ。」
「……自業自得だろ。」
「それはそうだけどー!」
制圧されたまましばらくジタバタと脚で暴れていると、やがてため息とともに解放された。
それ、何に対するため息?
「…もしかして、呆れてる?」
「いや、お前みたいなのを一瞬でも警戒した俺が馬鹿だったな、と」
「酷くない!?」
「ひどくない。」
そうかなぁ。そんな訳ないよねぇ?
ぶーぶー文句言いながら平里の周囲をぐるぐる回ると、面倒くさそうに頭をはたかれた。
「いたっ」
「はいはい。先行くぞー」
「ちょっとは待ってくれない!?」
さっきまでの雰囲気はどこかへ消え去り、すっかりいつもの調子に戻った私たちは霊域の探索に戻ることにした。
そういえば、床に倒れたときの衝撃のせいなのか、モヤが晴れたみたいに思考がすっきりした気がする。
さっきの衝動は…暗い感情は、一体なんだったのだろうか。
何も解決してないというのに、気持ちってこんなにすぱりと切り替えられるようなものだっけ?普通ならもう少し引きずる気がしなくもないけど…んー。まあいっか。後で考えよう。
軽く頭を振って疑問を頭の隅に追いやると、前方を歩いている平里の背を追いかけた。




