前途多難ってこういうこと
「あ、えと。古賀です。古賀爽耶。」
「そう、よろしくね。爽耶さん。」
「はい!こちらこそよろしくお願いします、吉川先輩。」
「翠で良いわよ。アヤも同じ家名だから…」
吉川翠は私にふわりと柔らかく笑いかけると、傍らの吉川文目を肘で小突いて圧力を掛けた。
「あー…吉川文目、2年。よろしく。」
「よろしくお願いします。」
「おー…」
吉川文目はテキトーに返事をしてそっぽを向いた。気まずそー。まあ自分で蒔いた種なんだし、受け入れな、ざまーみろー。
「そういえば。高梨先輩に教室入らないで待ってろ、って言われたんですけど、なにかあるんですか?」
「え?」
「は?お前、高梨先輩と知り合いなのか?」
「?はい。」
私が肯定すると、吉川姉弟はひそひそと内緒話を始めた。
高梨ってなんかあるの?まさか嫌われて…んな訳ないか。面倒見いいし、そこそこ強そうだし。
なんのお話なんだろなー。
ぼーっと吉川姉弟の様子を眺めていると、ふと、遠くの方から話し声が聞こえてきた。
その中に聞き覚えのある声が混じっていたので、振り返って呼びかけた。
「高梨先輩?」
「…あ、古賀。もう着いていたのか。」
「はい。あ、その2人は。」
「ああ。古賀と同じSクラス配属の1年生だ。」
「そうですか、やっぱり。…ん?」
配属?配属って言わなかった?
現代ってクラスになったことを配属っていうのかな。昔は言わなかったけど、千年経ってたら言葉の使い方も変わるだろうし、不思議ではない。けど。
「配属?配属って言いました?今。」
「そうだな、配属だ。」
「配属、って。部署とか部隊みたいな、そういう時以外にも使うんですか?」
「使わないな。」
使わないんだ。じゃあ、どういうこと?
「……まさかとは思いますが、Sクラスだけ実は!裏では怪異を退治して回るヒーロー!みたいな…?なんて…」
「…概ねその通りだ。」
「罠じゃん!?」
「俺もそう思う。」
思わず頭を抱えた。せめて事前に言って欲しかった。そしたら何がなんでも拒否したのに。
「……今からでも辞退って」
「無理だ。」
「無理かぁ」
「ああ。」
ダメかぁ。詐欺だぁ。
ちぇ。
ぶすくれていると、不意に同級生のうちの片方がゆっくりと歩み寄ってきた。
「初めまして、古賀さん。」
「は、初めまして。」
「わたしは三倉沙羅。…あなたのお名前を、教えてくださるかしら。」
そう言ってニコリと笑いかける少女___三倉沙羅の顔があまりにも冷たく思えて、作り物のようでゾクリと悪寒が走った。
敵意も悪意も感じられない___むしろ、友好的なはずなのに、なんでこんなに私は恐怖を感じているの?一体なんで___?
揺れる黒髪。仄暗い金の目。恐怖に混じる、どこか懐かしい気配がより一層不気味に思えた。なんで懐かしいの?もしかして、どこかで、会ったことが、ある…?
「ひさ…」
「…古賀?」
高梨の声にハッとした。今、私は何を言おうと。
「…古賀爽耶です。よろしくお願いしますね、三倉さん。」
なんとか取り繕って笑顔を浮かべ、手を差し出した。
「そう…よろしくお願いいたします、爽耶さん。」
そう言って笑い返して手を取る三倉が、ほんの少し、刹那にも等しいほどの間残念そうな表情を浮かべていたのを私は見逃さなかった。
きっと、彼女を警戒しておいて損はない。むしろ、距離を詰められたら厄介なことになるだろうし。
絶対に心を許しちゃだめ…うん。兄さんならきっとそうする。
顔に出さないように三倉を警戒しながら、もう1人の同級生に視線を向けた。
紫がかった灰色の、長い髪を1本の三つ編みにしている男子生徒。彼は私の視線に気付くと、フイと顔を背けた。
…人見知り、かな?よし。絡んだろ。
「どーもー!古賀です!君の名前はなんですかー?」
にっこり笑顔で顔を覗き込むと、あからさまに嫌そうな表情になった。ので、そのままじーっと見つめ続けると、渋々といった風に彼は口を開いた。
「…伊佐弦見。」
「そっか!伊佐さんもよろしくお願いしますね!」
手を差し出したが、「名前言ったんだからもう良いだろ」とでも言わんばかりの態度で振り払われてしまった。
こいつきらーい。やな奴ー。
「古賀、落ち着け。初対面なんだ、そんなに威圧しないでやってくれ。」
「威圧してませんー。」
「そうだったのか。勘違いしてすまない。」
「え…いや、…もしかして高梨先輩って天然なんですか?」
「天然?…水の話か?」
「あ、もう大丈夫です。分かったので…」
調子狂うなぁ。素直すぎる天然…もしかしたら普段気張ってる分、同年代ばかりだと気が緩みすぎるのかもしれない。
…大丈夫?騙し合いばっかりの上流階級でちゃんと生きてられる?
ちょっと心配になってきたところで、コツ、コツと硬い足音が聞こえてきた。
「皆さん、何してるんですか?早く教室に入ってください。」
真っ白なスーツを纏った、研究員のような雰囲気の険のある妙齢の女性が、冷たい声色でそう言った。
「加持上官。それがとても入れる状態でなく。」
「…どういうことです?」
「ご覧になっていただければ、分かるかと。」
高梨の言葉に、『加持上官』と呼ばれた女性は静かに眉を顰めると、件の教室を覗き込んだ。
「……なんです?この惨状は。」
「昨日の招集の折に西宮先輩たちが」
「もういい。それで、こんなにした犯人たちは今どこに?」
「…東へ任務派遣中です。」
「ハァ…」
加持上官は眉間を押さえてため息を吐くと、投げやり気味にひらひらと手を振った。
「校舎側の隔壁の手前に、確か開けた場所があっただろう?そこで話をしよう。皆、ついて来てくれ。」
加持上官は背筋を伸ばすと、再びコツ、コツと硬い足音を立てて歩き出した。




