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かくも世界は醜くて~魔導師学校の陰陽師~  作者: おおよそもやし
魔導師学校の陰陽師
2/91

榛(はしばみ)


 ……頭が痛い。

 強く打ったのかな。ズキズキする。


「ちょっと!聞いてますの!?庶民のくせに___」


 甲高い声。誰だろう?

 嫌な感じ。昔のアイツですら、こんなに感情を表に出さなかったと思うのに。


 ゆっくりと目を開けて頭をさすってみる。…熱持ってる。コブにならないといいな。


「なんとか言ったらどうですの?」

「……うるさい。」

「…は?今、なんておっしゃいましたの?」

「静かにして…。耳まで痛くなる。」


 倒れていた身体をゆっくりと起こしながら、私は周りの景色を見回した。


 古びた漆喰の白っぽい壁に、木目模様のツルツルとした床。等間隔に並んだ扉の横にはそれぞれ黒い札で『甲』やら『乙』やら書いてある。

 そして目の前には揃いの制服を来た、気位の高そうな女の子が三人…。


ってことは…ここは学校?でも、なんで私が学校に?

 私二十五歳なのに…。それに、たしか兄さんと一緒に霊域(れいいき)攻略の任務に行っていたと思うんだけど。

 座り込んだまま考え込んでいると、右端に立っていたの女の子が痺れを切らしたように声を上げた。


「あ、あなた!異能御三家である雪村さまになんて口を訊いてるんですの!?庶民のくせに!!!」

「雪村?」


 雪村、雪村…たしか導師の家系にそういう名字があったような。だけど。

 私たちの陰で守られてばっかりの、名ばかりの家だったはず。


 なぜ偉ぶっているのか理解出来ずに私が首を傾げて彼女たちの顔をまじまじと見つめると、真ん中の女の子が眉を吊り上げて私を睨みつけた。


「そんな不躾にジロジロと!不愉快ですわ!」

「あ、ごめんなさ___!?」


 謝罪を口にした途端、左頬に強い衝撃が走った。思わず頬を押さえて俯くと、甲高い笑い声が頭上から降り注いだ。


「庶民のくせに調子に乗るからですわ!」

「これに懲りたら雪村さまに突っかかるのをおやめになることね___ねぇ、古賀さん?」


古賀?私の名前は久山楓___


「うっ…?」


 言い返そうと口を開いた直後、ズキンっと強い痛みが走った。視界に白い火花がチカチカと瞬き、知らない記憶が頭になだれ込んでくる。


「うぅ…!?」

「ど、どうしたんですの!?……自業自得ですわ!わ、わたくしのせいじゃありませんからね!!!」


 彼女たちの焦って去っていく足音がひどく遠くに聞こえたけれど、それどころじゃなかった。

大量の記憶にズキズキと頭が割れそうになる。意識もちぎれてしまいそう。


「ぐっ…う……はぁ」


 痛みが収まり一息吐(ひといきつ)けると、私は現状について整理し始めた。

どうやら私は生まれ変わったらしい。

しかも、自分が救った千年後の世界に。


 ここは(やまと)の國西方、出雲(いずも)の山奥にある全寮制の魔導師養成学園。魔力がある子供たちが集められている場所。

 私___古賀爽耶(こがさや)もそんな学園の高等部に今日入学してきたばかりの一年生…らしい。


 そして、真名(まな)(まじな)い等の扱い方どころか、ふたつに分けられていた区分すらも失われてしまったようで、魔力のみ___しかも魔導具ありきの発現方法のみが異能として扱われている。


「マジかぁ……参ったなぁ…。」


 魔導師向きじゃないのにな。

 小さく呟きながら掌にもうひとつの異能力___霊力を込めた。するとパチパチと音を立てて黒い閃光が手の上で舞った。

前世から変わらない、私の黒雷。


「…ま、頑張るしかないよね。」


 ぎゅっと拳を握って閃光を散らすと、私は立ち上がった。


「それにしても…こが、古賀。どこかで聞いた気が…」


 どこか聞き馴染みのある名字に頭を捻ってみたが、思い出せない。そのうち思い出せるといいけど。

 ひとまず、ここがどの辺か確認しよう。

 そう考えて扉に付いている小窓から教室と思しき室内を覗いて見たが、誰もいない。それどころか机も椅子もなく、ただ黒板と端に積み上げられたガラクタがあるばかりだ。


「んー…ここ、使われてないのかな。もしかして旧校舎とか?」


 うーんと唸って引手に手を掛けると、不意に自分の顔が窓ガラスに映った。


「……兄さん?」


 薄墨色の長い髪。榛色の目。

 私と兄さんを混ぜたような不思議な色。


 でも、そこじゃない。


 この顔は前世の私たちにあまりにも似すぎている。


「どうして……って、あれ?」


 驚いてガラスに顔を近付けると、いつの間にか涙が頬を伝っていたことに気付いた。


「なんで___?」


 ぐしぐしと零れ続ける涙を拭う。


 死んだから?助けられなかったから?


 いや、違う。


「…寂しい……」


 兄さんはもういない。かつての仲間も、それを知っている人間すらもういない。

それどころか名前も、功績すら残されていないのかもしれない。


「……あんな奴らのせいで…。」


 雪村の子があんな態度を取れるのなら、きっと他の御三家とやらも彼らのようなしょうもない奴らに成り代わられてしまったのだろう。

 私たちの陰でコソコソと逃げ回っていただけのくせに。

 そもそも異能御三家ってなにさ。お前らは魔導師の家系だろう。それに…その呼び方がされるのなら、もう片方の異能者___陰陽師の家系はどうなってしまったんだろうか。


 …虚しい。


 私たちはこんなことの為に死んだ訳じゃないはずだ。

私たちの死体の上に成り立つ世界が、こんな醜いものであって良い筈がない。


 …いっそ、滅ぼしてしまおうか?


 私の死体の上に成り立つ世界なら、そうしたって良いはずだ。

 あんな奴らが御三家名乗る世界なら、この時代の魔導師の実力だって大したことはないだろう。

 それに魔力にしか接したことのない奴らが、私の霊力に対応できる訳がない。


 滅ぼせば…壊せば、きっと楽に___


「おい、そこの一年。」


 突然遠くから声を掛けられて、はっとした。

今、何て恐ろしいことを考えて…。

 口元を押さえて震えていると、足音が近付いてくるのが聞こえた。

 ゆっくりとそちらに目を向けると、黄金の髪をした男子生徒が近付いて来ていた。彼は私と目が合うと、驚いたような表情をして固まった。


「…?あの、何かご用ですか?」

「あ、ああ。…大丈夫か?」

「なにが?」

「さっき氷花に絡まれていただろ?その頬だって、彼女がやったんじゃないのか?」

「頬?…ああ。」


 そういえば叩かれたんだっけ。顔の衝撃のせいですっかり忘れてた。


「痛むのか?すまない。」

「いえ。別に。…それよりも、なんであなたが謝るんですか?謝るべきは彼女たちであってあなたではないでしょう。」


 頬をトントンと指先で指し示しながらそう答えると、彼は首をゆっくりと横に振った。


「いや、同じ御三家の人間のやったことだ。事を起こす前に止められなかった俺にも責任の一端はある。」

「えぇー…生き辛くないですか?ソレ。」


あまりの自責思考に呆れ返って口が滑った。どうしてそうなるんだか。


「…え?」


 彼はきょとんとした表情で紫水晶の目を瞬かせると、悩ましげに手を顎に当てた。


「だって結局は他人のしたことでしょ。あなたが勝手に責任とったところで、どーせまた同じことしでかしますよ。」

「…確かに、以前にも同じようなことがあったが…。でもそれなら、どうしたらいいんだ?」

「どうって…彼女たちを(いさ)めてあげるしかないでしょ。他人にできることなんてそのくらいしかないんですから。」

「そう、なのか?」

「そーですよ。…少なくとも、私ならそうします。」

「そうか…」


 彼は腑に落ちたようにそう呟くと、スっと手を差し出してきた。


「ありがとう。…君の名前を聞いても良いか?」

「古賀です。古賀爽耶。」


 そう言いながら握手に応じると、目の前の彼は柔らかく微笑んだ。


「そうか。君が『()()』古賀か。」

「『あの』?」

「いや、なんでもない。」


 彼は手をするりと解いて胸元の名札を指して、少し緊張した様子で息を吸った。


「俺は高梨(たかなし)。高梨陽斗(はると)だ。」

「たかなし…!?」


 漢字こそ違うものの、その名字は知っている。千年前の私の仲間___金烏(きんう)と呼ばれた魔導師、小鳥遊琴音の家門のものだ。

 でも、なぜ?

 漢字が違うのもそうだけど、そもそもあの子の家は陰陽師の家門だったはずだし…。


 思わぬ情報にフリーズしている私に、彼___高梨はボソリとなにか呟いた。


「ん…何か言いましたか?」

「大したことは。ただ…目が空と同じ色だなと。」

「空?…ってうわ。もう黄昏時(たそがれどき)じゃないですか。」


 いつの間に?…なんか前世でもこんなことがあったような。気のせい?

 って、今はそんなことよりも。


「初日から門限破るわけにはいかない…!」

「そういえば今日は入学式だったな。」

「そういえば、じゃないですよ。えぇっと、高梨、先輩?も早くしないと間に合わないですよ!ほら急いで!」

「待て古賀!場所分かってるのか!?」

「……。」

「…分からないんだな。」


 そういえば…連れてこられただけだからここが学校のどの辺かなんて分かってなかった。

 思いっきり目を逸らすと、高梨はくすっと笑った。


「着いて来い。こっちだ。…ああ、荷物は大丈夫か?」

「あ、先に寮の方に送ってるので大丈夫です。」

「そうか。なら少し駆け足でも大丈夫か?」

「いいですよー。」

「分かった。急ぐぞ。」

「はーい。」


 そしてそのまま私は高梨に続いてパタパタと小走りで廊下を駆け出した。

 初日からこんな目に遭うとか、授業とか上手くやってけるのかなぁ。


 私のそんな心配が現実になるのは、このすぐ先のことだった。


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