がんばろうね
「あ」
「あっ」
空中廊下の外階段を降りたところ、講堂の少し手前で、雪村たち一派にばったりと出くわした。怪我は…なさそう、よかった。
「えーっと…オハヨウゴザイマス?」
「…」
なるべくにこやかに挨拶してみたけれど、雪村はぷいっとそっぽを向いて黙っている。傍らにいる雪村の友人たちの方へ目を向けると、彼女たちはオロオロと視線を泳がせた。
もしかして、無視されてる?なら反応してくれるまで絡んだろ。
「もしもーし?雪村さーん?雪村氷花さーん?」
「…あーもうっ!なんなんですの!?」
「わ!聞こえてたんですかー?」
両手を握りしめてぷんすことしながらこちらを若干涙目で睨みつけると、雪村はハッとして気まずそうに俯いた。
「雪村さーん?どーお、しーた、のー?っと。」
「あっちょっと…」
ケンケンパの要領で片足跳びで雪村の周りを一周して横顔を覗き込んだ。どうだ、ウザかろう。構ってー。ねーぇ。
そう思いながら、雪村の友人2人が止めようとするのもお構い無しにじーっと穴が開きそうなほど見つめる。そのうち耐えられなくなったのか雪村はきゅっと口を引き結んで顔を上げた。
「古賀さん!」
「わ!はい!なんですか!?」
わざと大袈裟に驚いてみせる。やり過ぎたかな、怒ったかな。
罵詈雑言が飛んでくることを覚悟してきゅっと制服の裾を掴む。けど、予想に反して雪村はふっと表情を和らげて頭を下げた。
「え、雪村___」
「ごめんなさい。」
「……え?」
謝っ…え?謝った?なんで?
想定外すぎて私が固まっているのを気にせずに、雪村は頭を下げたままぽつりぽつりと言葉を続けた。
「バカにしたことも…傷つけたことも…ごめんなさい。」
別に謝らなくてもいいのに。もう気にならないし。
だって、昔の私と同じように雪村だって「御三家の血」の重圧に追い詰められてただけの子どもだったんだから。さすがにそれを責められるほど鬼じゃないし。
でも。
なぁなぁにしてしまった私と違って、勇気を出せるんだ、この子は。
すごいな。
「…頭を上げてください。そのことはお互い水に流しましょ。」
「ですが…!なら、せめて何か償いを___」
「大丈夫ですから、ね?お願いします。」
「う…」
…ものごっすい食い下がりたそうな表情してる。もしかして雪村って案外義理とか重んじる武士タイプ?意外〜。
「でも…でも、あんなことしても古賀さんは助けてくださったのにわたくしは何も返せないだなんて…」
…やっべ。見捨てようとしてたの黙っとこ。めちゃくちゃ見捨てる気でしたよごめんなさい。
どうしよ…あ。そうだ。
「…じゃあ、それなら友達になってくれません?」
「お友達、ですの?」
「はい。」
こくりと頷いて肯定すると、雪村はいつの間に取り出したのか、扇をバッと広げて顔を隠した。嫌だったのかな。
「そ、そこまで言うなら仕方ありませんわね!お友達になって差し上げますわ!」
あっ違うツンデレだこの子。良かったー。かわいー。
「ありがとうございます。じゃあ話も終わったことですし、早く行きましょうか。」
「そ、そうですわね!行きますわよ、皆さん
!」
「はーい。照れ隠しですか?」
「何言ってるんですの!?」
スタスタと足早に先頭を歩き出した雪村の少し後ろを、他の子達と一緒について行く。
あ、雪村の耳真っ赤だ。やっぱりツンデレだこの子。
「…あ。鈴代。」
講堂の入口の前で、見慣れた赤毛がひょこひょこと揺れているのが見えた。…若村と何か話し込んでるけど、様子がおかしい?声掛けに行きたいけど、あの時怯えさせちゃったみたいだしなぁ…。どうしよ。
「何してるんですの。」
「いたっ!」
「行きたいなら行けばいいでしょう。」
「う…ちょーっと事情がありましてー…」
悩んでいると雪村に扇子でぺちっとおでこを小突かれた。ちょっと痛いや。
それでもうだうだ言っていると、不意に鈴代と若村がこちらを見た。
「あ!古賀さんいた!いたよしーちゃん!」
「はいはい分かってるわよリンリ。見えてるから。」
「えっ私?」
「どうやら、お2人ともあなたを探していたみたいですわね。ほら、早く行ってあげなさいな。」
「わっ」
雪村に背中を押されて2人の方に押し出された。びっくりして振り返ると、雪村は扇で顔を隠していて顔が見えない。
…なんか雪村、雰囲気がおかしい?なんかよく分かんないけど、このまま行ったら良くない気がする。
「…雪村さん!」
「え?」
ぐいっと扇に添えられた手を引き下げる。驚いて見開かれる瞳に笑いかけると、私はそっと耳打ちした。
「あの時の雪村さん、かっこよかったですよ!」
「…なっ、な、なっ…急になんなんですのー!?」
「あっははー。それじゃ!」
「ちょっと古賀さん!?」
お、元の雰囲気に戻った。よかったよかった。
そっちの方が、楽しいもんね。
そのまま私はケラケラと笑って、鈴代と若村の方へ駆け出した。
これからは平穏に、友達と一緒に『普通の学校生活』ってやつを過ごせたらいいなぁ。
***
「___と、いう訳で!古賀!1位おめでとう!君はSクラスだ!!!」
「どういう訳ですか!!?」
講堂の舞台の上。ガハハと笑いながら紀章を押し付け___差し出してくる重村教官に聞き返すと、教官はキョトンとした顔で首を傾げた。
「ふむ。古賀、お前が討伐したのは?」
「砂蚯蚓二体ですけど…」
「等級は?」
「おつ…Bランクですね。」
そう言った途端にザワついた生徒たちを片手を上げて黙らせると、教官は頷いた。
「そういうことだ。」
「だからなんでですか!」
なおも問い続けると、教官はポリポリと後頭部を掻いた。
「なんで、と言われてもなぁ。最初に言っただろう。『モンスターのランク毎に得点が分かれている』と。」
そういえばそんなことを言っていたような気がする。まさか。
「…Dは?」
「3点だな。それ未満は1点だ。」
「じゃ、じゃあ。Bは…」
「50点だな!」
つまり私の持ち点は百…ああ…。
さすがにあの騒動があったのに百体も怪異倒せないよね…ああ…。
「どうして…」
「諦めろ!君がSクラスである事実に変わりないのだからな!!!そっちに座って胸元に付けるように!!!」
「はい…」
諦めて渋々と『S』と刻印された紀章を受け取る。絶対目立つじゃんやだー…。
トボトボと舞台を降りて指し示された紫色の折りたたみ式の椅子に座った。視線が痛いよー…やだよー…。
変に目立ってまたみんなから距離置かれるんだー…あれ?上手く付かないな、もっかい…あ、できた。そんでもって勝手に期待されて勝手に失望されるんだー…。
「…うぅー…」
どうか兄さんたちみたいに、私以上に目立つ人がいますように!!!
そう祈りながら、私は残りの時間を椅子の上で過ごしたのだった。