全然反省してない
オリエンテーションから一晩明けて翌日。
学生寮と教員棟を結ぶ、壁のない空中廊下の前。そこで突っ立ったまま、私は手にした紙の端をくしゃりと握り潰した。
「むむむー…」
「古賀?何をしているんだ?早く行かないとまた反省文が増えるぞ。」
「わかってますよー!」
少し先を行く高梨の後を、渋々とついて行く。なんで反省文出すためだけに教員棟に行かなきゃなんないの。そういうのこそ、端末から送信させればいいのに。今ないけど。
…それにしても高梨には悪いことしちゃったな。まさか救援に来てもらったせいで連帯責任になるとは思わなかった。いつの時代も教員ってのは頭固いんだからー。もー。
「…はあ…」
結局あの後、地下道内を調べてみたものの、めぼしい成果は得られなかった。というのも、部屋という部屋が全て燃やし尽くされていて何のための部屋だったかすら判別つかなかったから。
ただ、現場に残っていたのが魔力じゃなくて霊力の残滓だったのは手掛かりになるかもしれない。この時代に霊力が使える人間がいること自体異質だろうし、何より霊符…じゃあんな火力は出せない。それならかなり強力な権能を使える人間が敵にいるってことだよね多分。
厄介だな…。もし真正面から戦って勝てるかどうか…。
「古賀?」
「なんですか?今忙しい…」
「通り過ぎてるぞ。」
「あっやば」
いつの間に。
目の前に差し迫った壁に背を向けて小走りで戻ると、高梨は呆れた様子でドアノブに手をかけた。
***
「…よし!」
教員棟の一番手前、教官室。
反省文を読み終え、重村教官は一言呟いて引き出しを開けた。
「もうあんな独断専行するんじゃないぞ!特に古賀!!」
「はぁい。わかりましたよー。」
「…本当か?」
「わかってますってばー。」
「やらない」とは言ってない。もし何かあったら、多分また動かざるを得ないし。
重村教官は訝しげな表情をしながらも引き出しから端末を2つ取り出して差し出した。
「もう落とすんじゃないぞ!」
「はーい。ってあれ?高梨先輩も?」
なんで?先が砂漠地形だろうだから壊れるかも、って私は置いてったけど高梨はなんで?分からなかったはずだよね、なんで?
「…その、古賀が置いていってたから…そうしないと、行けないのかと思ったんだ。」
「なるほど。」
そういう。納得。
「…あっ。でもこれ、どっちが先輩のか分からない…」
「大丈夫だ。最悪どっちでもいいからな。」
「と、いうと?」
「最初に装着した時に登録された生体データをサーバーから参照して…」
高梨はそこまで言ったところで突然黙り込んで、じっと私を見た。
「高梨先輩?」
「あっ…すまない。つまり、どちらの端末を起動しても参照されるデータは同じだから問題ないんだ。」
「へー。」
技術の進歩ってすごい。昔の先輩は喜びそうな話だけど、生体データ云々はちょっと気持ち悪いな。
兄さんがいたら多分口に出してただろうな、これ。それでなんだかんだ言い合いになっちゃって……寂しい。みんなに会いたいなぁ。兄さん達も生まれ変わってくれてないかなぁ…。
「古賀?顔色が悪いが大丈夫か?」
「大丈夫ですー。ただ生体データ勝手に登録すんのってちょっと気持ち悪いなって思っただけなんで。」
「…そうか。言われてみれば確かにそうかもな。」
「やっぱりそう思います?」
「あー、古賀!」
「あ、はい!」
重村教官の呼びかけに思わずピシッと背筋を伸ばした。うるさかった…?反省文増やされる…?
不安になって恐る恐る向き直ると、意外にも重村教官は怒っていないようだった。寧ろ、どこか気遣うような表情にも見える。
「その、なんだ。すまなかった!」
「へ?」
今、謝った?なんで?どういう?
「オリエンテーションの説明の時に古賀が言っていたことを軽く流してしまっただろう。それが今回の騒動に繋がってしまった。本っ当にすまなかった!!!」
私が意図を図りかねて戸惑っていると、教官は矢継ぎ早に理由を付け足した。
「あ、い、いえ…。監督方法がアレだったのは重村教官だけの責任ではないと思いますし…あっ。ただ、今回のことを無駄にはしないでくださいね。」
耳がビリビリしながらもそう返した。なんでこんな声大きいのこの人。
「今回はたまたま死者が出なかっただけなので。」
「!ああ!必ずや!!!無駄にならないよう尽力しよう!!!!!!」
声でか。空気どころか窓ガラスも壁もビリビリと震えた。咄嗟に霊力で聴覚保護しちゃったけど高梨大丈夫かな。
心配になってちらっと見たら、多少粗は目立つものの高梨も同じように魔力で耳を守っていた。詠唱すらも失伝したのならこの技術が残ってるとは到底思えないけれど…独学?それとも誰かに教わったのかな。
「そうだ、古賀。ひとつ聞きたいことがあるんだが…古賀が倒したのはサンドワーム2体だけ、か?」
少し申し訳なさそうな声色の高梨の質問が私の思考を切った。
雪村たちから何か聞いたのかな。それとも何か別に何かあった…?
「そうですけど…何かあったんですか?」
「いや、合ってるならそれで良いんだ。それよりも新入生は今日クラス分け発表で集会だろう?もう向かった方が良いんじゃないか?」
「あっ、そうでした!」
そういえば寮出る時みんなそんなこと言ってたなー。すっかり頭から抜けちゃってた。
そのやり取りを眺めていた重村教官はうむ、と大きく頷いて再び口を開いた。
「そうだったな!それでは古賀はもう行くといい!!!」
「高梨先輩は?」
「俺はもう少し話すことがあるから、早く行くといい。1人で講堂まで行けるか?」
「大丈夫ですよー!空中廊下戻って途中のとこですし!」
「そうか。じゃ、気をつけて。」
「はーい。失礼しました!」
私はにこやかにそう言ってドアを開けると、小走りで元来た道を戻った。
***
「…高梨。今の、どう思った?」
「…嘘は吐いていない、と思います。」
「そうか…だよなぁ…」
先程とは打って変わって静かな声で呟くと、重村はこめかみにグリグリと握り拳を押し付けた。
「はぁ…。それならあのモンスターの死骸の山は、あの地下通路の連中がやったのか?」
「そう考えるのが自然かと。」
「だがなぁ、高梨。逃げる連中がわざわざモンスター倒して行くか?」
「……逃亡資金調達のため、とか」
「魔石の回収もされてなかったんだぞ?あのアンタレスすらも、だ。」
重村は納得できないと言いたげにトン、と机上を人差し指で叩いた。そのあまりにも静かな動作が何か見透かされているようで、高梨は動揺を隠すように唇を軽く食んだ。
「…高梨。」
「はい。」
「本当に、心当たりはないんだな?」
重村の鋭い視線にヒュっと喉が締まる。
脳裏にチラつく4文字を意識の奥に押し込んで、高梨は固い口を動かした。
「……ありません。」