¿何?
梯子を伝って高梨が内部へ下りると、広い地下トンネルのような場所に繋がっていた。石造りの見受けられるアーチ状のトンネルの50メートルほど先には光が見える。
人工的な閉所とはいえ油断はできない。モンスターはいなくとも、何者かが潜んでいる可能性は十分あるのだから。
「ねー、早くしてくんない?」
「!?ぐ…」
そう思い立ち止まって周囲を警戒している高梨の背中を蹴り飛ばすと、少女は不満げにそう発した。
「だが、古賀」
「その名前で呼ばないで。それはサヤの名前だ。僕のじゃない。」
「…それなら、なんて呼べば……」
問い掛けに少女は憎々しげに高梨を見つめると、フイとそっぽを向いた。
「カンバラ。」
「カンバラ?」
「僕を呼ぶのならそう呼んで。…でも軽々しくは呼ばないでよ。サヤには聞かれたくない。」
「不愉快だから」、でも「喧しいから」、でもなく「古賀に聞かれたくないから」___?
「…わかった。」
その理由にほんの少しの猜疑心を募らせながらも高梨が了承すると、少女___カンバラは青白い指先で前方を差した。
「なら、とっとと進んで。ここまで来といて何も掴めなかったらお前のせいだからな。」
「…ッ…」
言い返したい気持ちを高梨はぐっと堪えて、前方へと足を踏み出した。
***
真っ直ぐな一本道をしばらく進むと、広い空間に出た。半径10メートルほどのドーム状の広場。そこから左右に同じようなトンネルがぽっかりと口を開けている。
進路に迷った高梨が耳を澄ますと、左の道から何やら物音が聞こえた。
(ガチャガチャと固いものが触れ合う音、足音、それに…話し声、か?)
左の通路に入ろうと高梨が1歩踏み出すと、ぐいっと背後から伸びてきた手に肩を掴まれた。
「お前、対人の実戦経験は?」
「…0、ですが。モンスター相手なら___」
「あーはいはい。ないのね。」
平坦な声でそう返してカンバラは錫色の髪をくるくると指先に巻き付けた。そして2、3度弄ぶように指先で擦って解いた。
「そんなら、こっから先は見学だね。」
「見学?」
「そ。」
カンバラの『見学』発言に高梨は疑問符を浮かべたが、彼が質問を口にする前に少女は言葉を続けた。
「だってお前、人間相手に戦ったことないんだろ?それとも___人、殺せるの?」
「!そ、れは……」
高梨が答えられずに沈黙したのを見てカンバラは「やれやれ」とでも言いたげに肩を竦めた。
「できないでしょ?だから見学っつったんだよ。後ろから着いて来て。」
「…分かった。」
そう言ってスタスタと左の通路に進んでいくカンバラの後ろを、高梨は小走りで追いかけた。
通路の内部は先程来た道と同じような石造りのトンネルだった。ひとつ違う点を挙げるとするならば、風が先程よりもはっきりと感じられる、というところだろうか。
周囲に気を配りながらも、高梨が大人しく前を行く少女の様子を伺っていると、カツン、と硬質な音が響いた。
「何の___」
「伏せろ馬鹿!!!」
焦った様子でカンバラが、ガンっと高梨の頭を掴んで床に押し付けてその上に覆いかぶさった途端。
ドォンッ___
大きな炸裂音がして、ビリビリと空気が、地面が、空間全てのものが大きな質量を伴ったかのように打ち震えた。白い閃光に視界を呑まれた高梨は、身体に触れる床の振動以外に現状を知る術を失った。
(一体何が___)
素早く身体を起こして周囲を見回すカンバラを、回復しかけのぼやける視界で眺めながら、高梨は声を出そうとした。しかし、何故だか自分の声が耳に届かない。高梨がパクパクと池の鯉のように口を動かしているのをカンバラはしばらく訝しげに見ていたが、すぐに察した様子で高梨の耳に手を伸ばした。
「___、__…五感の保護くらい咄嗟にできるようにしとけよお坊ちゃん。」
耳に冷気と一緒に飛び込んできた呆れ声に、高梨は『自分の鼓膜が破れていた』のだと悟った。
「そんなこと、できるわけ___」
「できるに決まってるだろ。そもそも異能異能って言いながらなんで媒介無しで発動する術を失くしたのかが理解できないんだけど。」
ハァー…と長い長い溜息を吐いて、呆れ果てた目でカンバラは未だ伏せている高梨を見下ろした。
「六大家門…いや、今は御三家だったか…も大分顔ぶれが変わってるし…。一体何があったんだか。」
「え?…ってやめ___」
「荷物は黙ってろよ。」
カンバラはガシガシと頭を搔くと、あからさまに嫌々といった態度でぐっと高梨の首根っこを掴んだ。そしてそのままズルズルと引き摺ると、白銅色の髪を揺らして通路の奥へとズカズカと進んでいった。




