¿誰?
えも言われぬ不気味さに胸騒ぎがしながらも、高梨は2通のメッセージだけを頼りにダンジョン内を探し回っていた。そしてぽつんと落ちている通信機を見つけると、その場で耳に指をかけ自身の通信機を外した。
「これは…」
通信機を外した途端に先程までの壁が消え、現れた大穴に高梨は驚きつつも装備の確認をした。
身体を守るためのプロテクター。残りの魔力量を確認するためのメーター。そしてモンスターを攻撃するための鋭利な短剣。
甲殻を持つようなモンスターは貫けなくとも、連絡にあったサンドワーム程度ならばこれで事足りるはずだ。
そう考え高梨はひとつ深呼吸をすると、意を決して大穴へ飛び込んだ。
***
「なん、だ?これは……」
高梨は無意識に口の端から心の内の驚愕を零した。
大穴を抜けた先、砂漠エリアのサラサラとした砂の上で呆然と立ち尽くす高梨の頬を乾いた風が撫でてゆく。時折舞い上がったガラスの粒が空気の中で星のように瞬いた。
高梨はそんな周囲の様子などに気付かず、ただ目の前の惨状にのみ意識が囚われていた。
まるで巨大な力が暴れ回ったかのように大きく波打つ砂地。ところどころにバラバラになって散らばっている赤黒い欠片は、モンスターのものだろうか?
高梨は砂漠の暑さの中だというのに、ぞくりと悪寒に身を刺されて小さく身震いした。
「古賀…一体どこに…」
「呼びました?」
「!?」
呟きに対して近くから返事が返ってきたことに心底驚いて飛び上がると、若干目のやり場に困るぴっちりとした上下インナー姿の少女はクスクスと笑った。
「驚きすぎですよ。…でも、来てくれたんですね。あんまり遅いから、てっきり来ないかとおもいましたよ。」
「いや…約束を破るようなことはしない。」
「そうですか?」
言葉の端々に見え隠れする、もはや敵意にも近しい悪意に高梨はなんとも言えない違和感を覚えた。
まるで、同じガワを被っただけの別人と会話しているような____。
「…お前は、誰だ?」
「え?」
高梨が無意識のうちに口から零した疑念に、驚いた様子で少女は鶸色の瞳をぱちくりと瞬かせた。
そのきょとんとした表情に、思い過ごしだったかと安堵した高梨は訂正しようと口を開こうとした。途端、少女の纏う空気ががらりと変わった。
「なんだぁ…バレちゃったか。」
クスリと笑みを浮かべて冷淡な声色で少女がそう呟くと、高梨は背筋が凍りつくほどの畏怖感情を抱いた。
誰だ?
息すらまともに出来ないほどの威圧感。口を開くことすら生死に直結しかねないほどの緊張感。目の前の『誰か』にかつてないほどの恐怖を覚えて、高梨の足は竦んだ。
「んー、そうだな…殺すのは良くないし…。うーん…」
考え込むようにとんとんと指先を頬に当てると、少女は不服といった表情で高梨に向き直った。
「とりあえず、僕のことはこの子に黙っててくれない?色々面倒だし。」
「…拒否は」
「君が、僕に、逆らうの?…そんなこと、できるとでも?」
「っ…!」
「発言には気を付けなよ。……サヤが君のこと気にしてなければ今すぐ黙らせられたんだけどな…はぁ。面倒。」
少女は心底億劫そうにそう返すと、自身を睨む高梨の腕をぐっと掴んだ。
「それとも、痛い目みなきゃ分かんない?」
「っ、あ、ぐ…」
身動ぎひとつできぬままギリギリと腕を絞められ、あまりの痛みに高梨の口から呻き声が漏れた。
「返事は?」
「ぐ……わか、った。従う、から…」
「はぁ…最初っからそうしてれば良かったのに。そうすれば無駄に痛い目見なくて済んだのに。」
「馬鹿だね」、と少女は哀れむように言って手を離すと、さくさくと砂を踏んでどこかへと向かった。
高梨が邪魔をしないように距離を空けて恐る恐る付いてゆくと、少女は突然しゃがみこんで砂をかき分け始めた。そして金属製の、人1人がやっと通れる程の大きさの扉を見つけると、ぐっと上に引っ張って開いた。
「風…?どこか他にも出口が開いてるのか…」
ブツブツと呟いて内部を覗き込むと、少女は突然ぐりんっと高梨の方を見た。
「っ!!」
「あ、なんだまだいたの。…丁度いいや。先行ってくれない?」
「…」
頷いてはいけない。あからさまな鉱山の金糸雀だ。どんな危険な目に遭わされるか…。
高梨はそう思ったが、先程の件からして自身に拒否権など存在していないことを静かに悟ると、ぎこちなくも首肯した。そして冷や汗をかきながらも慎重に、警戒しながら側面の梯子に足を掛けた。
古賀の顔をした『誰か』は、高梨のその様子を心底愉しそうに頬をついて眺めていた。