今度こそ
山の中_____ではなく。かつて建物だっただろう瓦礫の残る荒野を先導する高梨の顔はいつもよりも固い。
慣れない霊力操作に権能の発動、さらには先導役なんて大役を押し付けられているのだから当たり前だけれど。
「……あ。ここで右……かと。」
「自信持ちなよ。権能使ってるんだから。」
霊域の周辺は予想以上に歪められた状態で、まっすぐ辿り着けず、ぐるぐると進んでは曲がってを繰り返す。
昔歩いた迷路みたいだ、と思ったけれど壁をぶち抜いて進めたあの場所とどこが壁でどこが道なのかも分からないここでは難易度が違いすぎる。一見無駄に見えるこの行動だって神話的には重要な要素なのだから、きちんと再現するために省略することはできないし。
小鳥遊と似て表情のあまり動かない高梨の眉が珍しく下がり気味で緊張が分かりやすい。二十歳にも満たない子どもにこんな重荷を背負わせて申し訳ないと感じつつも高梨が心細げながらも頑張っているところを見るのはやっぱり面白い。
無駄に似てるからかな。こんな状況でもあの頃を思い出して楽しくなってしまうのは。
せめて高梨が魔力だけでなく霊力についてもっと学べる環境にいたなら、あの時せっかく表に出たなら教えておけば、ともう手遅れな「もしも」のことを考えてしまう。けれど常世教団と魔導学園が争い続け、さらには日本解放軍なんて第3勢力が参戦してきた状況では他の勢力の使う異能を学んでも疑われるばかりで良いことはなかっただろうし。平里がサヤに「人前で権能を使うな」と言ったのもきっと同じ理由からだろう。
……くだらない。
人間同士で争って怪異をのさばらせたことも、風早さんたち上の世代や僕らが必死になって拓いた道が潰されたことも。僕らの人生が無意味だったと嗤われているようで虚しくてたまらない。
僕らの死に意味がなくとも、せめて築き上げたものだけは意味があって欲しかった。……後輩たちは僕らよりもずっと自由に生きていて欲しかった。
サヤがそう望んだからだけじゃない。一緒に生きた僕ら全員がそう願って、積み上げてきた。
それなのに。
「……」
現実は非情だ。全てが無常であるにしても、10年かそこらで瓦解するような脆いものしか築けなかったことも、そのことに気付かずに命を賭けてしまったことも、ただただ空虚だ。
「……さて。そろそろだね。」
「人員配置がですか?」
「うん?それはもう済んでいるだろう?」
「ちぇ。ダメか。」
「……まだ諦めてなかったのかい?」
今からでも高梨を後方……時雨や吉川ら霊域外での怪異掃討班に戻せるかと思ったけれど、やっぱり霊域内に連れて行かなければならないらしい。
……まだ、ほんの十数年しか生きていない子どもなのに。
神話再現との関係上、配役以外の人員は最小限に留められている。霊域攻略という大仕事にも関わらず、高梨・望月穂稀・久米上官・佐伯・平里・僕の6人しかいない。
盾役として大岩を連れて来れなかったことは手痛いけれど、神様の逸話が逸話だから内側に入るよりも外→内で封じることに専念してもらった方が効果が高い。だから、これは仕方がない。
だけど高梨は違う。そもそも八咫烏の役割を金烏に負わせている時点で由来を遡る拡大解釈をしているし、そのうえで戦場に出すのは欲張りだ。たしかに金烏は戦場で天皇を助けたけれど、やっと権能を使えるようになったばかりの高梨1人に2役負わせるなんて……
「……せめてひよさぶろーとかひよごろーとかあったら……」
「懐かしいな。小鳥遊のか。」
「そー。」
年少者_____身体的ではなく魂的な意味での_____に危険な先頭を歩かせなければならないことを忍びなく思ったのか、平里も僕と同じように高梨のすぐ後ろについている。霊域攻略を行う以上怖い思いをさせることは避けられなくとも、せめて痛みからは守りたいと願うことは一緒みたいだ。
光るひよこ……もとい、金烏型支援魔導具試作品第三号『ひよさぶろー』と同じく第五号『ひよごろー』。小鳥遊の主力発明品である金烏型支援魔導具は三号と五号の支援性能がずば抜けて高かった。
支援性能だけなら三号が1番だったけれど、霊域探索においては多少支援性能が落ちてでも解析機能や記録機能の付いた五号が最も適していた。
ないものねだりでしかないことは分かってる。ただ、高梨に背負わせる重荷を魔導具が肩代わりできるならそちらの方がずっと良かったと感じただけで。
「……そういえば。平里も昔、小鳥遊みたいに熱心に作ってた魔導具あったよね?あれってどうなったの?」
「あー……色々試してはみたんだけどな……」
「ダメだったんだ?」
「性能に対して食う金が多すぎたんだよ。……念の為に設計図だけは記録として残しておいたんだが、多分他の記録と一緒に消失してるだろうしな……」
「ざーんねん。」
平里の作りあげようとしていたものがどういうものだったかは知らない。だからその魔導具の善し悪しなんて僕には分からない。
けれど、平里が最も心血を注いだそれが実現しなかったということだけが残念だった。
「……これが終わったらやってみたら?そこの佐伯さんならお金出してくれるんじゃない?」
「無茶言うな。大所帯だから常にカツカツなんだよこっちは。」
「じゃあ頓挫のまんまかー。……魔導学園ってお金持ってそう……」
「金のために反逆しようとすんな。」
「ちぇー。」
少しずつ近づいて来るかつての死地の気配に、脳が痺れて動けなくなってしまいそうになる。それに気付いたのか、平里は僕の額を軽く小突いて無理やり笑っていた。
……僕らよりも後に死んだんだ、僕らとこの霊域の関係はきっと僕らよりもよく分かってる。だって、平里は。平里だけは。
僕のしてきたことを、全部知ってるから。
「今度はちゃんと帰ろうな。」
「…………うん。」
蠢く境界の先、血で染められたような赤黒い鳥居の奥を眺めて、僕は小さく頷いた。




