酸いも甘いも受け入れて
「吾は日の神の御子と為て、日に向かひて戦ふこと良くあらず。故賎しき奴が痛手を負ひぬ。今よりは行き廻りて、背に日を負ひて撃たむ」
「五瀬命」(中村啓信訳注『新版古事記 現代語訳付き』45版)より引用
***
金鵄。
これは『古事記』ではなく『日本書紀』に登場する神鳥のことだ。八咫烏とともに太陽に住むという金烏を元にしたとされているこの神鳥は、その輝きを以て神武天皇を助けたとされる。
要するに_____金烏の子孫である高梨も再現に使うと言っているのだ、彼女は。
「……『コジキ』にはいませんでしたよね?金鵄なんて。」
高梨をなるべく望月穂稀から引き離しながら僕がそう言うと、彼女の足元の狐が不気味に鳴いた。
その声にぞくりとして半歩下がる。そんな僕の様子を眺める望月穂稀の表情は笑っているのにどこか冷ややかだ。
「確かにね。だけど、ここに八咫烏はいないから。けど、金鵄も八咫烏ももとは同じ陽烏だよね。」
「だから_____高梨で代用しようって?」
八咫烏の役割は『先導』。
いくら他の魔導師よりは強いといったって、高梨の実力はあの霊域で先頭を歩かせられる程じゃない。そんな事をさせる訳には_____
「……ねぇ、神原くん。」
「……何ですか。」
「本当は気付いているんじゃない?……君は、何かを守るには甘すぎる。」
「は、」
僕が……甘い?
そんなこと…………いつだって僕はサヤのためならなんだって………………
「ねぇ。君が本当に守りたいものは何だい?」
「そんなの……サヤに決まっているでしょう……」
質問の意図が分からずに、口から零すようにそう答えた。
当たり前だ。サヤが1番大事なんだから。
あんな場所で死なせずに生きられる世界を手に入れるために、あのころだってあんなに足掻いて_____
「……そう。それじゃ、その子の為に平里くんを切り捨てられる?」
「……」
サヤのために、平里を?
…………平里、を。
平里は………………平里だけは………………
「できないだろう?……君はまだ人にも神にもなりきれていないってことだよ。」
その一言に、僕の足はすっかり竦んで動けなくなってしまった。
唯一無二の存在を守りたいと思いながらも、自分の好意を捨てきれない。サヤのためならなんだってしたいしできると思い込んでいただけだったのか、僕は。
サヤも平里も、種別こそ違えど愛していることに変わりは無い。きっとサヤだって、同じ感情を抱いてる。
平里が同じ感情を返してくれないからといって捨てられるようなものじゃない。
……そっか。だから僕はミクラサラに勝てないんだ。彼女は全てを投げ打ってでもなお、望月穂稀を求めているから……
「……俺が行けば良いんですね?」
「……高梨?」
「すみません、カンバラさん。守ろうとしてくれたのに……それでも、俺も古賀の助けになりたいんです。」
赤い陽光に揺れる高梨の髪は夕日のように輝いていて、『赤烏』とはこういう色の烏だったのだろうかと場違いも思ってしまった。
神様が力を貸すと決めた時の陰陽師は美しい。
だからきっと、高梨のこの煌めきもそういうことなのだろう。結局、神様も僕らも仲良くみんな道連れなのだ。
それに……いくら神様が張り切ったところで依代が権能の使い方を知らなければ意味がない。権能の使い方も知らないであの霊域に突入させれば戦う前に死んでしまうだろう。
なら……僕も覚悟を決めなきゃな。年下の子がここまで言ってるんだ。情けないところばかり見せ続けるわけにはいかない。
「……はぁ。分かったよ。それなら霊力の使い方は僕が教えたげる。
ところで望月さん。百合と京は_____」
「あ、霊域の外で必要になるかもしれないからこの辺りで待機させといてもらえるかい?」
「……ちぇ。やっぱりダメか。」
「ごめんね。けど、いくら瓦礫ばかりだとは言っても火の扱いは気をつけなきゃいけないから。」
「火?……ああ、やっぱりそういう……僕じゃダメなんですか?」
「神原くんには別の役割をしてもらいたいんだ。少し大変かもしれないけど……これあげるから頑張ってくれる?」
「え?別に何もなくても頑張りますけど……」
「良いから良いから。……あ、久米くんたちは状況説明するからこっちに来てくれるかい?」
「ああ……はい……」
いつの間にか霊力にでも当てられていたのだろうか、ぼんやりとした表情で望月穂稀に従い着いていく久米上官たちの様子に驚いていると、数メートル程移動したあたりで彼女の足元の狐がまた鳴いた。途端に目に生気が戻り狼狽え始める彼らに、望月穂稀の権能の多様さと生きた年月の重みを感じた。
そういえば、と思って望月穂稀に無理やり握りこまされたものを見てみると、絵付きの飴だった。金太郎飴らしい画一的な顔の馬は黒く、なんとも微妙に食欲の失せる色合いをしていた。
「……高梨食べる?」
「いえ……カンバラさんがいただいたものですから、ご自分で食べられた方が良いのでは?」
「……そうだね。」
観念して口に含んだ平たい飴は、苦々しい色に反して甘かった。
赤い日はてっぺんから動かない。それなら日を背に攻めるとしてどの方角に廻ればいいのだろうか。
少し悩んで、けど僕の役目をまず果たさなきゃな、と思い直して飴玉をがりりと奥歯で噛み砕いた。
参考
中村啓信訳注『新版古事記 現代語訳付き』45版 角川ソフィア文庫
前川明久(1997)「金烏の史的系譜ー大津皇子の臨刑詩をめぐってー」(『佐伯有清編 日本古代中世の政治と文化』第一版 吉川弘文館)




