面影
全ての事柄に最善策があるとは限らない。
今回はきっと、それだ。
「…なんで……」
「静かにしなさい!」
久米は動揺する吉川文目の頭を押さえつけ、耳のすぐ側を掠めていった物体の飛んできた先を見つめた。
白髪に金瞳の少女の衣服は今朝哨戒に出ていった生徒、古賀爽耶の身に付けていたものと同じだ。髪の長さこそ短いものの、まるで顔も容姿もそのままに、色彩だけがそっくり入れ替えられてしまったかのようだ。
視線に込められた警戒色は解ける兆しがなく、明確に線引きをされてしまったかのようだ。
久米は吉川文目の両肩を軽く叩くと、諭すように目を合わせゆっくりと立ち上がった。
「……?1人……」
少女は久米の顔を見るや否や意外そうに目を見開いて、すぐに可能性を探るように久米の傍らの大きめの瓦礫に目を向けた。
その仕草に汗を滲ませる久米は知る由もないことではあるが、相対している古賀爽耶_____神原棗は後方支援向きの権能であるにもかかわらず久山や平里とともに任務の前線に出ることが多かった。その中には対怪異だけでなく対人戦闘も含まれていた。
そのため、相手の性格による大まかな行動パターンが勘として染み付いている。
久米の反応に確信を得たように少女がゆるりと腕を上げる。嫌な予感が久米の脳内を支配した。
「……逃げ_____」
***
正直なところ、彼らの行動は意外でもなんでもなかった。
久米上官が子どもに甘そうなことはサヤたちに対する態度で分かっていたし、なんなら学生だからと戦士扱いしたがらないことも知っていた。
だからこそ_____初手で力量差を見誤った。近付きすぎてしまった。
さらには安易に「逃げろ」なんて言って、他の人たちの姿も晒させてしまった。
少女のガワの化け物の可能性に思い至らなかった訳ではないのだろう。ただ、彼の見知っている少女と同じ容姿故に踏ん切りがつかなかった、といった具合だろう。
甘い。甘すぎる。そんなんでよく生き残れたな。
こんなんじゃこの先心配だ……と上げた腕を下ろして姿を見せた人数を数える。
1、2、3……気配に対して数が合わない。けど、見知った顔ばかりだ。
なら、久米上官が隠しているのは_____
「……足でも攣りましたか、先輩。」
少しからかい気味に声を掛けると、あからさまに久米上官の肩が揺れた。
それ、肯定してるのと同じだけどね。どうやら彼らはそういう訓練を積む必要が無かったらしい。
感情の制御もできないなんて、と呆れると同時に少し羨ましい。……あんな苦しい思い、誰にだってして欲しくないし。
足元の小石を拾い上げてひょいと投げると、今度は大きく山を描いて久米上官の傍に落ちていった。
「いだっ!?」
「やっぱりいたー。返事くらいして下さいよ、先輩。」
姿こそ建物の残骸に阻まれて見えないものの、声でおおよその位置はわかった。念の為背後で霊域を監視している平里たちに動きがないことを確認すると、久米上官たちに近付こうと足を踏み出した。
「待って下さい!」
「わっ……高梨?お前何してるの?」
「……あなたを……引き留めています……?」
「…………何がしたいの、お前。」
近寄ろうと1歩踏み出した途端、高梨がすっ飛んできた。僕の腕を掴む指先は緊張でもしているかのように震えていて冷えきっている。
……もしや、これはひょっとして……この状況が本当は怖くて仕方ない、とか……かな、まさか?
そういえばいつもに増して無口だったな、こいつ。てっきりサヤじゃなくて僕が表に出てるから話しかけづらいとか、時雨や茜塚の方に頼っているとかそういう感じかと思っていたんだけれど……
色の濃淡の差があるとはいえ、小鳥遊譲りの紫の瞳が、知らない金に縁取られていることに心がざわめく。せめて、高梨の髪が知らない黄金色じゃなくて見慣れた亜麻色だったら良かったのに。
「高梨。」
ため息混じりに名前を呼ぶと、僕らよりも背の高い癖に頼りない子どもは恐る恐る掴んでいた腕を離した。
……表情があまり変わらないところは、そっくりなんだな……
「……ごめんなさい。」
「怒ってないよ。……なんだ、君、案外年相応だったんだ。」
サヤとの初対面の時の責任感の強すぎる様子が脳裏に浮かんで思わず笑うと、高梨はぽかんと口を開けたあとオロオロと狼狽え始めた。
置き場所を定められず宙にある高梨の手を両手で包み込んで、血筋を感じる彼の目を覗き込む。それだけで少し落ち着いたようで、指先の震えは治まり血の気が戻っていった。
……良かった。今の高梨の状態ならきっと、あの霊域から怪異が飛び出してきても問題はない。
「安心した?……じゃ、行けるよね?」
「いける……とは……」
「僕の邪魔をしてくれたんだ、お前が彼らに『攻略に協力してくれ』って話をつけて来るべきでしょ?」
「カンバラさんは」
「僕は見守ってるから。ほら、行ってこい。」
「あの、カンバラさ_____」
「やれよ。」
「……はい。」
僕と違って高梨には彼らとの長年の交流があるはずだし、仮にも御三家の1人なら、滅多なことはされないはずだ。
僕はそんな言い訳じみたことを考えながら、とぼとぼと久米上官たちの方へと向かっていく小さな背中を見送った。
鼻の奥の痛みが、どうにも落ち着かなかった。
次回更新→11/15
次回も1週空きます。よろしくお願いします。




