吸血蠍(アンタレス)
「…参ったな…」
吸血蠍の血に飢えた鈍色の瞳から目を逸らさずにゆっくりと足をズラして重心を落とす。
硬い甲殻は関節部分以外物理攻撃を受け付けず、異能による攻撃も受け流す。おまけに吸血蠍は通常の蠍系統の怪異とは違って毒針ではなく血を吸う針を持っている。対策もなしに刺されれば、たちまち全身の血液を吸い尽くされて干からびて死んでしまう。
だけど、この怪異の本当の厄介さはそこじゃない。
必ず群れで行動するのだ。
「…っ!」
背後からカサっと音が聞こえて反射的にそちらへ雷を放つと、掌ほどの小さな砂蠍が仰向けになって崩れた。
それを皮切りに、次々と大小様々な大きさの砂蠍が砂漠の中から這い出てきた。
「はは…」
あまりの数に目眩がして、思わず乾いた笑いが漏れた。
これって…絶体絶命ってヤツ?
知識だけはあるとはいえ、交戦経験は前世含めて1回も無い。相性が悪いからと砂漠地形には派遣されたことなかったしなぁ…。
致命傷は与えられないけど、体術と権能だけでなんとか隙を作れさえすれば逃げられる?でも逃げて…もし私を追って来たら倒せる人間がいるかどうか。…いないだろうな。
なら、やっぱり私がやらなきゃいけないのか。…逃げられないよね。
「…兄さん…。」
兄さんさえ、いれば___。
…いや、落ち着け。いない人のことを考えたって仕方ないでしょ。そんなことよりも、今はコイツらを殲滅しないと___!
じくりと胸に痛みを感じながらも、私は蠍の群れに向き合った。
「やってやろうじゃん…!」
そう呟いて、思いっきり前へ跳ぶ。そして目の前の小型犬程の大きさの砂蠍の頭と胴の接合部に霊力で強化した蹴りを入れると、そのまま頭を吹っ飛ばした。
さすがに怪異といえども、首が落ちれば死ぬ。なら!
全員頭吹っ飛ばせば相性関係なしに勝てる…ハズ!
そう考えながらも首のもげた蠍の胴体を半分にちぎって、左右から迫ってくる砂蠍に投げつけた。
防御でもするかのようにハサミを目の前で交差させた砂蠍の尻尾をを踏みつけてその下にいた掌サイズの砂蠍を、その針でぷちりと刺し殺した。
空手丸腰なのだから、使えるものは使わないと。例えそれが死骸であっても、相手の武器であっても。
砕く、引き千切る、刺す、吹っ飛ばす、潰す。
大きめの砂蠍の攻撃を避けながら小さい砂蠍を踏み砕く。仮に刺されても、砂蠍なら何とかできそう。
問題は___。
嫌な予感に苛まれながら、不気味なほどに沈黙している吸血蠍の方をチラリと見た。
消耗させて一気に叩くつもりなの?それとも、なにか見落として___?
砂蠍の突進を躱して大きく後ろに跳んだ直後、乾いた音が響き左脇腹に熱が走った。
「なっ…」
しまった…!
そうだ、この地形が隠されていたのも、あの砂蚯蚓の襲撃も。意図的に起こされたものである可能性がある以上、犯人が潜伏している可能性にも注意をすべきだった___!!!
左半身が痛みで引き攣って動きが鈍る。それを見抜いた蠍たちは好機とばかりに飛び掛ってきた。
砂蠍の猛攻を捌いて潰しながら吸血蠍に刺されないよう尾をいなす。このまま持久戦に持ち込めれば、まだ勝算はある。
だけど、いつまた狙撃されるか分からないような状況では思考も平静時よりも大きく下がってしまう。
だから___見誤った。
甲等級の怪異が単調な攻撃を続けるはずもなく、いたずらに味方を死なせるわけもなく。
「…っぐ!?」
針を刺そうとしてくるとばかり思い込んでいた私は、迫ってきた尻尾が陽動だと気づかずに吸血蠍の鋏に殴り飛ばされた。
受け身すら取れずにごろごろと勢いよく砂埃を上げて砂の上を転がる。慌てて顔を上げると、ゆっくりとこちらに近付いてくる吸血蠍と目が合った。
「あ…」
悔しいなぁ。私、1人じゃこんなに弱かったんだ。
悔しい…悔しいなぁ…
蠍たちの近付いてくる音を聞きながら、私の意識は暗転した。




