第一章 #4.メカのパンチは飛ぶのが常識
「は…?」
ハルトは、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔、というものをその時初めて目にした。
なるほど、途轍もなく間抜けに見えるんだな…
などと1人得心していると、ドニー先生が鳩顔から今度は苦虫を噛み潰したような顔に変わった。
こちらも初めて見たが、なるほどとても不満そうな顔だ。
「お前…自分が何言ってるのかわかってんのか?そんな事ある訳…」
「いやぁ、先生中途半端に強いんだもん。もっと弱かったら出力調整出来たんだけどさぁ、あんだけ硬いと調整出来ないよ。だからさ、全開で行くから、後はもう天に任せよう。ね?死んでも恨まないでね?」
ハルトはごめん!っと手を合わせた後、スキルを発動した。
「"空間収納"発動っと。」
ハルトは空中に開いた異次元門に手を突っ込んだ。
何故だか呆気に取られているドニー先生を放置して、ゴソゴソと中を探る。
目当ての物を掴むと、それをゲートから引っこ抜いた。
「なんだ…それは…籠手…か?」
「え?違うよ?これはロケットパ…もとい、超音速飛翔拳!いやぁ、バッテリーの調達がギリギリ間に合って良かった良かった!」
ハルトは黒光りするその武器…兵器を、右腕に装着した。
それは腕全体を覆う黒いアーマーで、肩、肘、手首の関節部が異様に大きくなっている。
腕のようであるが、実態としては固定砲台であり、架台に載せられてしっかりと固定されている。
勿論、装着したらハルトも身動きが取れない。
「まあ、まだまだ全然未完成だからさ、細かいところは目を瞑ってよ。今回のルールなら問題ないからさ。」
ハルトはしなくても良い言い訳をしながら、大型バッテリーにケーブルを接続し、オーバードソニック・ブースターナックルを起動する。
『超音速飛翔拳ver0.3.5、起動しました。ターゲットをインサイトして下さい。』
「ほいほーい。よっこらせっと。」
ハルトは左手で円形のハンドルをクルクルと回す。
非常にダサいが、そうする事でしか発射角を調整できないのだ。
「いやほんと…まだほんとに試作も試作だから…仕方ないんだって…ぐぬぬぬ…」
ハルトはどうにかこうにか、ドニー先生をターゲットサイトの中に入れた。
「おいおい、やっぱお前ふざけてんだろ…俺は忙しいんだ。もう良い加減に…」
「パワーチャージ開始。電磁魔法陣多重展開。」
ブースターナックルの肩・肘関節がロックされ、発射態勢に入る。
前腕部と上腕部のパネル及び膝・肩の魔極突起が展開、雷属性の魔法陣を多数展開した。
その数…凡そ100。
「防御結界展開。魔法陣起動。」
百の魔法陣が一斉に帯電し始める。
蜂の怪物が飛び回っているかのような音が響き渡る。
「お前…」
ドニー先生の表情が変わる。
ゆったりとした自然体から、前掛かりで力感のある戦闘体勢へ。
「何者か知らんが、面白いもん出すじゃねぇか。だがその程度の…」
「電界安定確認。全魔法陣開放。仮想砲身形成開始。」
百の魔法陣が、それぞれさらに百に複製された。
万の魔法陣がブースターナックルを覆い、それぞれのエーテルが結合していく。
結合が極限まで高まり、質量を持たないはずのエーテルが仮想物質を形成。
戦艦大和も真っ青な、巨大な砲身を形作る。
「ちょ…お、お前、それ…」
ドニー先生の顔が引き攣った。
今更ながら、オーバードソニック・ブースターナックルの破壊力に気付いたようだ。
「最大出力。超電磁誘導シーケンス、スタンバイ。」
極大の超電磁エーテルが仮想砲身全体をスパークさせた。
「あ、先生。」
「な、何だ?」
「言い残すこと…ある?」
ドニー先生が何事か言おうとした瞬間。
臨界に達したエーテルが、超電磁誘導を発動させた。
「あ…出ちゃう」
砲身全体が途方もない磁力を帯び、その中を切り離されたナックルが超加速されて進む。
砲口から、音速を遥かに超える速度でナックルが発射された。
ナックルは1秒の100分の1にも満たぬ速度で闘技場の天井に到達。
何重にも張り巡らされた防護結界をいとも容易くぶち抜き、隕石でも降ってきたかのような大穴を開けて飛び出した。
あまりに推力を与えられすぎたナックルは尚も止まらず、空中を突き進んで学舎の屋上に据え付けられた大鐘楼をも滅却させ、そのまま空の彼方へと消えていった。
後日ハルトが知ったところによると、そのナックルはウルト王国の国境を遥かに超えて、隣国の平原に突き刺さっているのが発見されたのだとか…。
そして闘技場はどうなったかというと、天井も壁も綺麗にくり抜かれ、闘技台は半分消失していた。
「ありゃ…ちょっと外れちゃった…」
ハルトは腕を引き抜き、やれやれと肩を落とした。
もう少し調整が必要だな…
などと考えながら、ナックルの残した惨状を改めて見やる。
「ま、でも威力は及第点だね!」
などと呟き、1人ガッツポーズを繰り出す。
「あ、ドニー先生…」
という声がして、ようやくドニー先生の事を思い出すハルト。
照準がブレたことにより奇跡的に生還したドニー先生は、ナックルの生んだソニックブームで吹っ飛ばされて壁の大穴のすぐ横に転がっていた。
当たらなかったとはいえ、あの衝撃波が直撃してまだ人体の形が残っているのは中々に驚異的な気がする。
さらにドニー先生はもぞもぞと芋虫のような動きを繰り出すと、両手を使ってどうにか起き上がった。
「て、てめぇ…滅茶苦茶…しやがって…」
「だから事前に聞いたじゃないですか。死んでも良いですよねって。あ、でもテストは合格ですよね?一歩どころかめっちゃぶっ飛んでますし!」
ハルトはにっこり笑って言った。
テストも合格だし先生も死なずに済んだし、結果オーライ、終わり良ければ全て良し!
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ドニー先生のテストにも受かってこれで心置きなく学院生活をスタート!
などと都合良く話が進む筈もなく。
闘技場と大鐘楼が破壊された事でその修繕やらドニー先生の怪我の治療やらで、結局全員自宅(若しくは寮)待機となった。
ただ意外だったのは超音速飛翔拳についてお咎めが無かったことだ。
どういう駆け引きがあったのか分からないが、今回の件は"魔力制御に難がある生徒の力が大暴走したため"という事で片付けられたらしい。
ドニー先生からは、とにかくそれで押し通すように念押しされた。
ハルトとしても悪目立ちはしたくなかったため、特に異論なく言いつけに従う事にしている。
そして、2週間後。
ようやく、ハルトの学院生活が幕を開ける。
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