第一章 #2.先生ガチャ、外れた?
「お前らを上の学年に上げる気はねぇ。」
教室が一気に無音になった。
な、何言ってんだコイツは…!?
ハルトだけでなく全員が思っていただろう。
「何言ってんだテメェはっ!!」
口に出してる奴すらいる。
ドニー先生に喰ってかかったのは、不良高校の一匹狼といった容貌の男子生徒だ。
目も髪も口から覗く歯も全体的にとんがっており、なんならその態度もすごくとんがっている。
「ふざけんてんのかゴラぁっ!!舐めた事抜かしてるとブッ飛ばすぞグラァッ!!!」
いや、とんがり過ぎだろ…異世界恐ろしい…
「理由を…お聞かせ下さい。」
今度はハルトの横の美少女が立ち上がった。
その顔はまさに噴火寸前の火山といった感じで紅潮しており、それはそれで可愛…いや、怖い。
「理由だ?テメェらみてぇな落ちこぼれがこの学院で生き延びれる訳ねぇだろうが。」
ドニーは2人の怒りなど全く取り合うつもりは無いらしい。
「何で俺の貴重な時間をゴミ共に費やす必要がある?お前らは国のプロジェクトに忖度した結果入って来た不純物なんだよ。汚れは濾過して取り除くもんだろうが」
「言わせておけばぁっ!!死ねゴラァッ!!!」
不良男子がドニーに挑み掛かった!
全身にタトゥのような紋様が浮かんでいる。
教室の後方から跳ぶと、空中をさらに蹴って加速した。
速い。
そのまま高速でドニーの顔にパンチを…
「ぐはぁっ!??」
打ち込む前に、ドニーのカウンターをもろに喰らい、不良男子はまた教室の最後尾に逆戻りした。
「ほらな?偉そうに吼えてもこの程度だ。お前らは才能ある奴を全部搾り取った後に残った、搾りかすなんだよ。」
散々な言われようである。
(やべぇ…先生ガチャ外したわ…)
「納得…できません!」
隣席の美少女はなおも食い下がる。
「何だと?お前も試してみるか?」
薄ら笑いを浮かべるドニー。
「ええ。そうさせて頂きます。」
決然と言い放つ美少女。
「ならさっさと…」
「ですが、神聖な学舎を荒らしたくありません。場所を変えさせて下さい。」
ドニーはサービス残業を命じられた中年親父のような、心底面倒臭さそうな表情を浮かべた。
「ちっ…!なんでんな面倒なことを…!」
「まあまあ、ドニー先生。」
それまで成り行きを見守っていたオビーが助け舟を出す。
「彼女はブルーローズ家の御息女。実力は確かでしょう。教室がめちゃくちゃになってしまいますよ。それに他にも貴方のお眼鏡に叶う者がいるかもしれないじゃないですか。一度きちんと向かい合った方が良いのではないですか?」
オビーが諭すようにドニーを諫める。
ドニーは腐った卵でも飲み込んだような顔だ。
「ちっ…わかったよ。どうせ無駄だと思うがな…お前ら、30分後に第五闘技場に集合しろ。そこでテストしてやるよ!」
オビーのおかげで、どうやら首の皮一枚繋がったようだ。
テストとやらに受からないと終わり…
なんとも波乱の幕開けだ。
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第五闘技場。
学院に複数ある戦闘訓練用の屋内施設だ。
体育館の超強化版、といったところか。
内部は市街地、水辺、森林など、リアルなシチュエーションを再現しており、目的に応じた訓練を実施できる。
勿論、造りは極めて頑丈で、多少大暴れしたくらいではビクともしないらしい。
第五闘技場はその中でも最もシンプルな闘技場で、中はだだっ広い空間が広がり、その中心部に四角形の闘技台が置かれている。
よしてその闘技台の上に、仁王立ちしたドニー先生が立っていた。
「それで?誰からやるんだ?」
スーツのジャケットを脱ぎ、腕まくりしたドニー先生は、太った中年のイメージとは裏腹に、かなり鍛えられた肉体をしている。
あのガタイで殴られたら痛そうだ…
などとハルトが思っていると、例の美少女が颯爽と歩み出た。
「では、私が…」
「待てやゴラァッ!!!」
と、そこに不良少年が割り込んだ!
さっきぶっ飛ばされたのに、もう復活したようだ。
「まずは俺からだクラァッ!!やられっぱなしで終われるかぁっ!!」
「…良いでしょう。せいぜい頑張りなさい。」
そう言って、美少女は闘技台を降りた。
「ふん…とりあえず、ルールを教える。俺を一歩でも退かせたら合格にしてやるよ。」
相当舐めた条件な気はする。
だがそんな条件を出して来たからには、余程の自信があるのだろう。
「あぁぁぁんっ!??舐めてんのかテメェェェッ!!!」
「舐めてねぇよ。適切なハンデだ。」
不良少年は完全にブチ切れて、生肉を目の前にした野犬のような目をしている。
「まずは名乗れ。覚える気はねぇがな。」
「…アリアス。忘れられねぇ名前にしてやるわゴラァッ!!!」
アリアスが吠える。
全身にまたタトゥが浮かび上がった。
アリアスの身体が宙に浮く。
「魔刻印か。碌に術式も組めねぇってのを自白してるようなもんだな。」
ドニーは耳をほじって余裕をカマしている。
「いい気になるなよクソ親父がぁっ!!!」
アリアスは両手を前に突き出して叫ぶ。
「エア・ショット!!」
アリアスの両腕のマジックチャームが強く輝き、風の塊が発射された。
ドニーはそれを、邪魔くさそうに片手で弾いた。
「テメェの魔術精度の悪さをチャームで誤魔化すな。んなもん、涼しくもねぇぞ」
「うるせぇぇっ!!」
アリアスは激昂してエア・ショットを打ちまくる。
狙いが大甘で、そもそもドニーに当たっている弾が少ない。
「おいおいアイツ…何やってんだよ」
「阿呆なの…?」
「真面目にやれ貧民が!」
一応身内である筈のクラスメイト達からも、非難の声が上がる。
「よいしょっと…どれどれ」
ハルトはそんな騒ぎなど一切気にせず、弄っていたデバイスを顔に取り付けた。
それは顔の上半分を覆う仮面のようなもので、着けると赤いモビルスーツに乗っていそうな見た目になれる。
勿論見た目だけのものではないが。
デバイス越しに見るハルトの視界には、アリアスとドニーの身体から放たれる魔力の流れ…即ちエーテル・ストリームがはっきりと可視化されている。
それだけでは無くその属性、強度、想定される魔術とその範囲などが網羅的に解析される。
「ほほう…なるほど、そういう狙いね…」
ハルトはアリアスの狙いがハッキリと読めた。
それは悪くない作戦だが恐らく…
「えーっと、ハルトくん?それ…なに?」
突然話しかけられて、ハルトは驚きすぎてデバイスが落ちるほど体勢を崩した。
いつの間にかすぐ真横にいたエリーの方を見上げる。
エリーは真冬に鳴く蝉でも見つけたかのような、奇異なものを見る目でハルトを…というかそのデバイスを見ていた。
「え、えぇっと、これは携行型エーテルストリーム観測装置と言いまして長いのでいつもはエーテルスカウターと呼んでるんですけどとにかくこれは魔術や戦技発動におけるエーテル流測定のために作ったものを小型化したデバイスでして前の型はバズーカ並に大きくて重かったのを全面的に見直して小型化に成功してそれ以来常に持ち歩くようにしてるんですなので決して怪しい機械では……」
「ストォォォップ!!!」
「はっ!?すいません…テンパってつい…」
ハルトはようやく落ち着きを取り戻して座り直した。
エリーがその横に腰掛ける。
微かに香る柑橘系の香りと、エリーの体温。
それを観測した瞬間、ハルトの心臓は爆速モードに逆戻りし、身体中から滝のような汗が噴き出し始めた。
「えっと、つまりそれを着けると魔力の流れが見えるの?」
エリーはそうとは知らず、ぐいっと顔を寄せてエーテルスカウターをしげしげと見ている。
「は、はひいっ!そそそそその通りででです」
「緊張し過ぎだって!それで、何かわかったの?」
「そそそそ、そうですね!あ、あいつは、何か、狙ってるとおも、思います!」
声は上擦り、必要以上の声量が出てしまった。
その声に反応して、腕を組んで闘いを見守っていたブランド髪の美少女が振り返った。
「…意外ね。」
「え、え?」
彼女は真っ直ぐハルトを見詰めている。
そしてハルトの横まで歩いて来ると、
「ここ、いいかしら。」
とハルトの横に座った。
ハルトは両手に花…とびきり綺麗な花を抱えることとなり、頭がクラクラしてきた。
「…そういえば名前、聞いてなかったわね。私はリーザ。リーザ・ブルーローズよ。」
「お、おお俺はハルト…ハルト・サトウ…です。」
美しい眉がくいっと上がる。
「なるほど…召喚者。勇者エリーとは同郷という訳ね。」
「は、はい。」
「それで?召喚者ハルト。彼は何を狙ってると思いますの?」
「と、とりあえず、今やってるのは、仕込み、だと思います。」
「…私も同意見ですわ。恐らく彼は大技を狙っている。生徒達の中でその事に気付いている者は、ほとんどいないでしょうね。…貴方のこと、少し見直しましたわ。ただの凡夫と侮っていた事をお詫び致します。」
リーザはそう言って頭を下げた。
「い、いやいや、こ、こ、こ、このエーテルスカウターのお陰な、な、なので…」
しどろもどろになるハルト。
「行くぞゴラァァッ!!」
そんな事をしている内に、アリアスの仕込みは終わったようだ。
「やっとか。待ち過ぎて寝ちまうところだったぜ。」
ドニー先生は本当に欠伸をしている。
逆に清々しいくらいの余裕をかます。
それがさらにアリアスを煽ったようだ。
「てんめぇええっ!!後で吠え面かくなよ!!」
アリアスの全身のマジックチャームが激しく輝いた。
「鉄の風よ!吹き荒れろ!」
アリアスが簡易詠唱を行う。
先ほどまでとは段違いの風が、その掌に集まっていく。
「エア・エクスプロージョン!!」
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