第一章 #1. ウルト第一高等技能学院入学
肆月参日。
ウルト第一高等技能学院大講堂にて。
「知っての通り、我が国は今、未曾有の危機に直面している!魔族領を統べる魔王…そしてそれらを超える存在、大魔王!このような状況下、我が国では強き戦士の育成が急務である!そして実績と伝統ある我が第一技能高等学院は、その急先鋒となる事を切に期待されている!!今日から栄えある一高生となった諸君らには、より一層の奮戦を期待する!!」
ハルトは100人ほどの新入生の中に混じり、口から唾を飛ばしまくりながら熱弁する副学院長を生温い目で眺めていた。
(なんでこうなった…)
ハルトは激動という他ないこの1ヶ月のことをぼんやりと思い返す。
エリーを王都に連れてきたのが、参月の初旬。
勇者の敗退、大魔王の存在…。
衝撃的な情報の数々に、王城は上を下への大騒ぎになったそうだ。
ハルトは稼働限界が来て動かなくなったアリエスを隠すのに忙しく、その場を目撃出来なかったのたが…。
大魔王の封印が解けるのは凡そ5年後だというエリーの言葉を元に、急遽反転攻勢に向けた計画が練られる。
ただそもそも勇者頼みだったウルト王国で、すぐに投入できる戦力など無かった。
なけなしの精鋭達は、エリーと共に魔族領に挑んで帰らぬ人となってしまっていたのだ。
そこで苦肉の策として採用されたのが、"勇者の回復を待ちつつ、新たな戦力を探す/育成する"という、なんとも消極的な方策だった。
そしてハルトは、"国家戦力育成プロジェクト"の方で拾われる事となり、急遽この第一高等技能学院に入学する運びとなったのだ。
(俺、一応魔王を瞬殺した筈なんだけどな…なんでこっち…?)
その理由は単純明快、誰も信じてくれなかったのだ。
事の次第を目撃していたのはエリー1人。
さらに、唯一完成まで漕ぎ着けていたナンバーズであるアリエスは、いきなりの全開稼働に悲鳴を上げてしまい、ピクリとも動かない状態。
極め付けは貧弱で何の攻撃魔法も使えないハルト自身で、そんな者が魔王を倒せる筈が無い、勇者は意識が朦朧として見間違えたのだろう、という結論になってしまった。
聞くところによるとこの学院への入学も、エリーが方々に頭を下げて回ってくれたお陰なんだとか…。
(まあ、異世界高校ライフが出来るだけでもありがたいと思わないとな…)
ハルトは、ドロシーの言葉を思い出す。
"広い世界を知って欲しい。綺麗な景色を見て、美味しいものを食べて…生涯の友も作って欲しい。趣味も恋愛も、楽しい事を沢山知って欲しい"。
その言葉で、ハルトは気付いたのだ。
ずっと僻地に引き篭もっていたハルトにとって、この世界は未だ"異世界"でしかない。
だがそれは、自分で自分を閉じ込めてしまっていただけで、この世界にも美しいもの、素晴らしいものは沢山ある筈なのだ。
ドロシーはきっと、それを自分に知って欲しかったのだと、ハルトは思う。
だからハルトは、まずはとにかくこの世界をもっと知る事から始めたかった。
故にこの学院への入学は、その第一歩として最適に思えたのである。
(まあ勿論、魔王をやっつけないと世界を知るも何も無くなっちゃうし…それにエリさんを護る男…否、漢にならねばならんしな。とりあえずは、勉強とか修行とかして成長して、エリさんの勇者パーティに入れてもらえる位にならないと…)
この世界の事を勉強しつつ、惚れた女の為に己を鍛えて、最終的には彼女と一緒に世界を旅する。
…ついでに魔王を倒す。
甚だ不純な理由だが、これがハルトがこの学院に入った動機であった。
壇上を見るといつのまにか副学院長は下がり、青白い顔をして金ピカの装飾を付けまくった、偉そ…身分の高そうな男性教員が静かに話し始めていた。
「私は学年主任のスーネルだ。今年度の第一学年生は生徒、カリキュラム共に通例とは異なる。よく説明を聞いておく事だ。」
スーネル先生によると、クラス分けは"特待"である1組、"一般"である2組、そして"特異"である3組の3クラス。
3組…特異組には国家戦力育成プロジェクトで見出された者が所属する事になり、ハルトもその一員だ。
3組クラス分けについて告げられると、1組と2組…とくに特待生達から露骨に冷たい視線が寄せられた。
「けっ…貧乏人共が…」
「あるまじき事です…」
「一高の品位を貶めるな…」
等という小言も聞こえてくる。
どうやら特異組は全然歓迎されてないようだ…。
その他、年間スケジュールなどの事務的な連絡が続く。
「諸君らの当面の目標は、騎士団を始めとする各組織への登用が可能となる、見習い免許を得ることだ。実績次第では早期登用もあり得る。そのつもりで励み給え。私からは以上だ。」
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所変わって、ここは1年3組の教室。
そこに、30人の生徒が集まっていた。
生徒達は椅子に座り、妙な緊迫感のある沈黙の中、担任の先生を待っている。
ハルトは窓際最前列、教室の左上の角に座っていた。
「遅い…いつまで待たせる気なの…」
苛立たしげな声の主を確認するため、ハルトは右隣の席へと視線を移した。
美しい。
ハルトの第一印象はそれに尽きる。
腰近くまであるその髪は眩いばかりのブランド。
切れ長な瞳は澄んだ空のように蒼い。
ハルトと同じ標準制服を着ているが、窮屈そうな胸元に青い花の形をしたブローチを付けている。
顔には明らかに苛立ちが浮かんでおり、怜悧な印象と相まって、とても怖い。
がそれがまたなんとも…良い…気がする…。
等と勝手な事を考えていると、その美しい瞳がジロリとハルトの方を向いた。
「何か御用?」
壊れた絡繰人形のように、ハルトは痙攣気味に首を振りまくった。
「ふん…。」
彼女はゴキブリでも見るような目でハルトを睨みつけた後、今度はハルトなど存在しないかのように視線を外した。
(こ…怖ぇぇ…)
ものすごい量の汗をハンカチで拭きまくり、どうにか落ち着こうとするハルト。
そんな最中、怖い女の子のさらに隣に座るエリーと目が合ってしまう。
クスッと困ったように笑うエリー。
(ぐ…いきなりテンパってるとこ見られた…)
などと落ち込んでいると、ガラッとドアが開いた。
入ってきた2人の男に、全生徒の視線が一斉に集中する。
1人目の男は、何というか…昼間から酒でも飲んで競馬中継に野次を飛ばしてそうなオッサン、という感じだった。
一応、スーツらしきものを着ているが微妙に皺が入ってヨレヨレ、赤ら顔は何が気に入らないのか、不機嫌そうだ。
生徒達の関心は、1秒でもう1人の男に移った。
こちらは柔らかい雰囲気を纏った眼鏡の男性で、パーマの掛かった髪を肩口まで伸ばしている。
着込んでいるスーツは深い翠色をした上等そうなもので、皺など一つもない。
柔和な表情をした男は、集中する視線を知ってか、軽く会釈した。
「あー、おっほん。待たせたな。」
赤ら顔の方がぶっきらぼうに話し始める。
「俺はドニー・スタック。このクラスの担任だ。で、こっちの先生が…」
「僕はオビー。副担任のオビー・スティールだ。よろしく。」
朗らかな声で、オビーが挨拶する。
好感度で言えば完全に副担任の方が上だ。
大丈夫なのかこの担任は…。
恐らくハルトだけでなくクラス全員がそう感じているのだろう。
皆、椅子に座りながらそわそわしている。
「最初に言っておく。」
ドニーが獣のような声で告げる。
「お前らを上の学年に上げる気はねぇ。」
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