プロローグ #終.王都への旅立ち
魔族領の最奥にて…
「カリュドーンの魔力が…消えたぞ」
円卓に座る12人の…12体の魔族達に、僅かながら騒めきが広がった。
彼等の仲間…魔王とされる存在の魔力が、突如として消えたからだ。
「ドウイウコトダ!?」
「カリュドーンどないしたん?」
「消されたんじゃねーの?あいつ、雑魚だから。」
「そーですねー、雑魚だもんw」
「魔王に軟弱は不要也。」
魔王達はそれぞれ自由に反応を示す。
彼等は皆、独自の領土、民、軍、そしてそれらを束ねる実力を持つ者。
単体で街を、国をも滅ぼす大魔族。
それが魔王だ。
彼等を縛るものは無く、それぞれが傍若無人。
故に近年まで、彼等が足並みを揃える事など無かった。
"静まれ。"
虚空から、深く響く声が届く。
魔王達が押し黙った。
ある者は畏怖の表情を、またある者は忌々しげな表情を浮かべている。
"カリュドーンは、死んだ。"
「大魔王様…まさか勇者エリーが…!?」
"それは、無い。奴の力はまだ、我を封じ込めておる。奴以外の、何者かだ。"
大魔王の発言に、また円卓が騒がしくなる。
驚愕する者。
不敵に笑う者。
無表情を決め込む者。
魔王達はそれぞれの思惑で、謎の人物へと思いを馳せる。
"探れ。我が戻るまでに。"
「仰せのままに…!」
魔王達の胎動が始まる。
********************
「こんなもんかな。」
ハルトは墓標の前で、長く、長く手を合わせた。
そこには、ドロシーが眠っている。
どうにかドロシーの修理を試みたハルトだったが、あらゆる部品が執拗に破壊されており、修復は不可能だった。
致命的だったのは、ドロシーとしての本体とも言える多重集積魔導回路が失われた事だ。
ドロシーは様々な実験の過程で生まれた、謂わば偶然の産物に近い存在だった。
ある時、ハルトは偶然に手に入れた高純度エーテル・コアを惜しげもなく投入し、多層構造を組んでみた。
そこに、何を思ったかありったけのエーテルを注ぎ込む。
するとコアは発光し始め、なんと勝手に成長し始めた。
突起のようなものが出来たかと思うとそれが少しずつ伸びて行き、また別の突起と結合する。
エーテルを注げば注ぐほど、その反応は多く、早くなった。
ハルトは面白くなって来る日も来る日もエーテルを注入し続けた。
そして…何か魔術的で悪魔的な何かが働き…"自我"が芽生えたのだった。
恐らく同じ事をすれば、また自我を生み出す事は出来るだろう。
しかしそうして生まれた自我は、恐らくドロシーとは別の何かだ。
ドロシーのようでドロシーでない何か…そんなものが生まれてしまうのは、正直ゾッとする。
それは…冒涜では無いか?
そのような結論に至った事は自分でも意外であったが、ハルトはその感覚を信じる事にした。
ドロシーは死んだ。
その事を受け入れて、前に進もう…
ふと気付くと、合わせた手に温かいものが滴っていた。
鼻をすすり、ゴシゴシと目を擦る。
そして振り返って…硬直した。
そこに、エリーが立っていたからだ。
全く気付かなかった…というか、泣いてるのをモロに目撃された…
「ごめんなさい…その…私もお墓参りをしようとして…」
「い、いや…大丈夫…ちょっと…花粉…そう、花粉が酷くて!それだけだから」
と、謎の言い訳をするハルト。
エリーはそんなハルトの横にしゃがむと、手に持っていた小さな花を添えた。
目を閉じて、片手で祈りを捧げる。
ハルトは、それを呆けて見詰めていた。
「ドロシーさんがね…」
「えっ?」
「あの日…貴方が鼻血を出して寝込んだ日に…言ってたんだ。"ハルトを外の世界に連れ出して欲しい"って。」
思わぬ独白を、ハルトは黙って聞く。
「"広い世界を知って欲しい。綺麗な景色を見て、美味しいものを食べて…生涯の友も作って欲しい。趣味も恋愛も、楽しい事を沢山知って欲しい。私の息子に…幸せになって欲しい。それが私の願い。"そう言ってた。」
エリーは立ち上がった。
「だから、王都に行くのをあんなに勧めたんだと思う。家族…だったんだね。」
「そ、そんな事…知らなかっ…た…あれ…おかしいなぁ…また涙が…」
ハルトは涙を堪える事が出来なくなった。
恥ずかしいが、大粒の水滴が溢れ続ける。
顔を見られたく無い…
ハルトは体を折り畳んで丸くなり、顔を隠した。
そして嗚咽する。
体が震える度、エリーの手が優しく背中を撫でてくれた。
普通だったら悶絶ものだが…今はそっちのスイッチは入らないようだ。
ハルトは胸に去来する惜別の思いと、暖かな手の感触に促されて、泣いた。
********************
「エリさん。俺、王都に行くよ。」
どのくらい時間が経ったのだろう。
いつの間にか辺りを照らすのは、赤い夕陽である。
「ハルトくん…良いの?」
「うん。決めたんだ。」
それはドロシーの想いに応えるため…そして、ハルト自身のために。
「王都に行って…今まで出来なかった事、沢山したい。蛇行しまくった俺の人生を…取り戻したい。それがドロシーの願いだし…俺自身もそう願ってる。」
「そう…じゃあ、一緒に行こう。」
エリーが差し出した手を、ハルトはドギマギしながら握った。
その手には沢山のマメがあり、硬く、そしてしなやかだった。
努力や成長、苦悩、戦い…彼女がこの異世界で歩んで来た道のりが、そこに凝縮されているような気がした。
ハルトはしっかりとその手を握った。
そうしないと失礼だと、そう感じたから。
「よし…!じゃあ、善は急げだ!早速、王都に行こう!!」
「え…今から?でも、もう夜に…」
「来い!"アリエス"!!」
「えぇっ!??」
オートパイロットで起動したアリエスが、ハルトとエリーを小脇に抱えた。
「目的地、王都ウルト!!」
『目的地、設定完了。オービット、飛行支援モードで稼働。』
「ちょっ!?ちょっと!?ハルトく…」
「よーし!出発!!!」
「ちょっと待ってぇぇぇぇぇぇぇ…」
………
その日の夜。
魔族領から帰還した勇者エリーから、凶報が齎された。
敵は、魔王だけに非ず。
魔王を統べる者…大魔王。
勇者の力を以てしても、彼の者を討つ事叶わず。
全ての力を使い施した封印。
その効力は、わずか数年である、と…。