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第一章 #12.初めての共同生活

伍月壱日(5月1日)の早朝。


「ここが…学生寮…?ボロ…くね?」

ハルトは手の中の紙片と、目の前のボロ屋敷を何度も見比べながら呆然としていた。


ハルトが学院に入学して1か月が経ち、学業や修行等、学生生活も段々と本格化してきた。

のだが、ハルトにはどうしても納得いかないことがあった。

それは、未だに住む場所が無く、ずっと安宿に泊まっているということである。


そもそも無計画で王都に来てしまったハルトも悪いのだが、学院に入学した暁には格安で学生寮に住める、そう聞かされていたため、特に大きな問題だと捉えていなかった。

しかし、待てど暮らせど学生寮への入寮許可が来ない。

仕方なく下町のボロ宿に連泊し続け、いい加減金も心許なくなってきた今日この頃。

そんな彼に、漸く、漸く学生寮の準備が整ったという通知(伝書鳩ならぬ、伝書蝙蝠が運んできた)が齎された。


それから急いで荷物をまとめ、ワクワクドキドキしながら眠れない夜を過ごし、夜が明けるなり意気揚々と寮へとやって来た。

初めての寮生活に夢と希望を胸に…。

そんなハルトを出迎えたのは、何故未だに倒壊せずに建っていられるのかわからない程古ぼけた建物…寮というよりは大昔に建てられたお屋敷…だった。


「まさか…な。んな訳無い…んな訳無いだろ…なんかの勘違い…」

呆然と呟くハルトの前で、ドアが軋んだ音を立ててひとりでに開いた。

「ふぁ〜あ。良い天気…」


爽やかな朝日の中、大欠伸をしながら出て来たのは…

「エ、エリ…さん!??」

「へ………ふぇっ!????ハルトくん!??なんでっ!???」


ハルトは突然現れたエリーの寝巻き姿に、目が釘付けになった。

絹のような滑らかな素材のパジャマは少し着崩れており、右肩が半分見えかけている。

その瞳は潤んでおり、髪は少し跳ねている。

普段は決して見れないだろう、寝起き姿。


超集中(ハイパー)思考(コンセントレーション)を発動して、その姿をこれでもかと網膜に焼き付けたい…そんな邪悪な考えが過ぎる。

(い、いや…それはダメだ…なんか人として行ってはならない領域に行ってしまう気がする…気をそらすんだ、俺…!そうだ!と、鳥の数を数えよう!鳥が1羽…鳥が2羽…)

ハルトは視線を強引に右斜め上に外し、空を飛ぶ鳥の数を数えながら邪心が消えるのを待った。


「お、おはよう…エリさん…」

「ふぁ…っ!??ちょ、ちょっとそこで待ってて…!!」

我に返ったエリーが、ボロいドアを引きちぎらんばかりに開け、中に飛び込んでいった。


取り残されたハルトは、記憶に刻み込まれたエリーの寝巻きが幾度となくフラッシュバックするのを懸命に遮りながら、とにかく無心で鳥達を数え続けた。

(98羽…99羽…100羽…)

「お、お待たせ…!」

3桁の鳥が空を飛び去るのを見届けた頃、再び扉が開いた。


「やあ…おはよう」

「お、おはよう…」

今度のエリーはゆったりとした麻の部屋着に着替えており、うっすらと濡れた髪を手櫛で整えていた。

そのプライベート感が何とも魅力的で、ハルトはまた邪心が疼くのを感じる。


「え、えーっと…エリさんは何でここに…?」

そのまま黙っていると危険な思考に陥りそうだったため、ハルトは口を開いた。

「あ、うん。ここ、私たちの学生寮なんだけど…」

「私…()()?」

エリーの言葉に引っ掛かりを覚えたその時。

ドアがまた大きく開けられた。


「あれ?君、ハルトじゃニャいか~」

中からひょっこりと顔を出したのは、黒髪の女の子…

「フィーリ…さん?」

驚くハルトに、フィーリはぬるりと近寄ると、猫なで声でじゃれつき始める。


「フィーリさんなんて他人行儀だニャあ~呼び捨てで良いよ~フィーリと君の仲じゃニャいか~」

頭を押し付けるように、フィーリが体を摺り寄せてくる。

「えっ…で、でも…」

フィーリの華奢そうな体は、その実鍛えられているようで、柔らかくも筋肉質な、そんな感触が伝わってくる。

臍の辺りがゾワゾワし、なんだかヤバい反応が起きそうな気がして、ハルトは体を捩ってフィーリから離れる。


「お互いイかせあった仲ニャろ~?君のテクでフィーリはすっかり昇天しちゃったんだから~」

フィーリはとんでもないことを口にしつつ、更に近寄って来た。

「いやいや、そんな卑猥なニュアンス入れるのやめて!?模擬戦しただけだろ!?」

「そう…あれは魂の交わり…フィーリと君はもう…切っても切れニャい赤い糸で結ばれたのニャ…」

フィーリはハルトの両肩を掴むと、じゅるりと涎を啜った。


「ちょ…やめろ…!!俺には心に決めた人が…!!?」

「ハルトぉぉぉぉっ!!ニャあああああっ!!」

「ストッーーーップ!!!!」

今まさに獲物に喰らいつかんばかりのフィーリを、エリーが羽交締めにした。

フィーリは餌をお預けされた猫のように、四肢をジタバタさせて暴れている。

「何故ニャぁーーっ!??邪魔するニャぁぁぁっ!!」

「フィーリちゃん!!お、落ち着いてぇぇ…!!!」


「…お前ら何やってんだ朝っぱらから」

発情した猫のように息の荒いフィーリ、それを抑えて汗だくのエリー、そしてそれを見て右往左往するだけのハルト…騒がしい3人に、呆れたような声が掛けられた。

「ドニー先生!?」

「先生っ!!フィーリちゃんが発情しちゃいましたぁぁ!」

「ハルトぉぉぉ…吸わせろニャぁぁぁぁっ!!」

「はぁ…めんどくせぇ奴だなほんとに…」


ドニー先生は右手で頭をボリボリ掻きつつ、左手に持っていた紙袋の口を開けた。

中から甘く香ばしい香りが漂って来る。


「はニャっ!!?この匂いは…!!」

途端にフィーリが大人しくなる。

「甘味堂のドーナツっ!!!!欲しいニャっ!!」

「差し入れだ。中で食え。」

フィーリはドニー先生の手から袋をかっぱらうと、一目散に寮に戻って行った。

「ハルト、お前も入れ。今日からここに住むんだからな。」

********************


ボロ屋敷…もとい、1年3組専用学生寮は大きく3つの建屋で構成されている。

向かって左側、南側の建屋が女子寮で、反対側に男子寮。

それらを繋ぐ中央に、エントランスや食堂などの共用部がある。

「ここは100年以上前に使われていた学生寮だ。といっても、当時の理事長の別荘を改築して寮として使わせてもらっていたらしい。そしてその理事長はまだ存命でな。奇跡的にここが取り壊されずに残ってたのは、そのお陰だ。」


ハルトは中央棟の食堂でドニー先生と向かい合っていた。

そしてそれを、遠巻きに女子達が覗いている。

「はぁ…なるほど…」

「正規の学生寮はもういっぱいで…というのは建前で、お前らみたいな異端児共は、通常の学生寮に入れたくないらしい。だがうちのクラスは遠方から出て来てる奴も多いからどうしても学生寮は必要…そう言うわけで由緒あるこの寮…青雲荘を使わせてもらう事になった訳だ。」


由緒ある…

ハルトは周囲を見渡してみる。

塗装が剥げて日焼けし切った内壁、そこかしこに綿菓子のような蜘蛛の巣が張り巡らされている梁…

…ただボロいだけでは…?

と思ったハルトではあるが、口に出すと怒られそうなので黙っている事にする。


「でも先生…男子は俺だけですか…?」

ハルトは気になっていた点を確認する。

今のところこの寮で見かけたクラスメイトは、全員女子。

まさか男子はハルトだけということは…


「お前だけだ。」

あった…

ハーレム展開!?などという気持ちが微かに湧き上がるが、どちらかというと肉食獣の只中に放り込まれたウサギのような心許なさがある。

そもそもコミュ障気味な自覚のあるハルトにとって、自分以外全員異性というのはかなりしんどい。


「トモヤもアリアスも、王都のダウンタウン出身だからな。当面は2人とも通いだ。」

「そんなぁ…」

ガッカリと肩を落とすハルトを置いて、ドニー先生はさっさと立ち上がった。

「まあそんな訳だ。ほれ、これが鍵だ。じゃあな。」

ハルトは鍵をテーブルに放られた鍵を急いで手に取ると、女子達の視線に追い立てられるように男子寮へと逃げ込んだ。


軋む廊下を駆け抜け、一段毎に嫌な音を立てる階段を登り、一番手前にあったドアを開けて、中に逃げ込む。

「ふう…なんかとんでもないことになったな…まあでも、部屋に篭ってれば大丈夫だよな…」

埃っぽい部屋に息を潜める。

想像とだいぶ違うが、兎にも角にもこうしてハルトの初めての共同生活が、無事に幕を開けたのだった。




「ハルトぉぉぉぉっ!!ドーナツ食べるニャよぉぉぉっ!!ハルトぉぉぉっ!!ドア壊れても知らニャいぞぉぉぉっ!!!」

ドンドンドンドンッ!!!

(やっぱ全然無事に始まらねぇ…)

読んで頂き、どうもありがとうございます!


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