第一章 #11.ハルトの魔闘技こと始め
「あのー、先生…?」
「なんだ?」
「いや、長所を伸ばすって話でしたよね…?なんで俺は…」
「短所が致命的過ぎるから。魔法具無しだとクソ雑魚だから。以上。質問は?」
「そんなぁ…あんまりだぁ…」
ハルトはガッカリと肩を落とした。
第四闘技場での戦闘訓練。
今日は各自抱える課題に向き合う、自主練のような形で修行に励む訳だが、何故かハルトだけはドニー先生とのマンツーマンでのトレーニングだ。
理由は至ってシンプル。
魔法具無しでもそれなりに戦えないと、箸にも棒にも掛からないからだ。
「新人戦では様々な競技が行われるが、競技規定は蓋を開けてみなきゃ分からん。そして"魔法具無し"というのは割とポピュラーなレギュだ。流石にその対策は外せねぇ。」
という訳で、先程からドニー先生直々に訓練…しごき…いや、虐め?を受けるハルトであった。
今行っているのは、徒手武術の基本である"型"だ。
腰を落とし、定められたステップ、動きを正確に行う、ただそれだけである。
が…
「お前…ほんと…ダメだな」
一向に上達する気配の無いハルトに、ドニー先生は心底呆れた声を上げる。
「ダメ!?ダメって酷過ぎません!?いやだって、魔法がある世界でステゴロとか無駄っていうかー無意味な事に体力使いたく無いっていうかー」
「はあ…マジで何もわかってねぇな貴様…」
ドニー先生は骨が折れそうなほど首を前に倒して溜息を吐いた。
「いいか?本当に無意味なのであれば、未だに徒手武術なんてものが存在する訳ないだろ?歴史あるものには理由がある。」
太古の昔に生み出された武術が今現在も隆盛を誇っている理由は1つ。
武術が体内のエーテルと密接に関わっている事だ。
エーテルはあらゆる場所に存在する。
勿論、自分の体の中にも。
それを特定の手順、即ち術式によって作用させて発現するのが魔法である。
「だが術式に頼らずともエーテル作用を引き出せる事がわかった。それが、武術だ。」
優れた武闘家は無意識のうちに体内のエーテルを作用させ、常人とは比べ物にならない力を発揮できた。
その秘技を体系化し、一般化したのが現在の武術、通称"魔闘技"である。
「ふーん…でもそれってそんなに凄いの?魔法に比べたら全然…」
「…お前、これ持って立て。」
まだ文句を言うハルトに、鉄製の分厚い盾を持たせるドニー先生。
「え…まさか先生…」
「魔闘技を磨くと、こうなる」
ドニー先生は深く腰を落とし、息を大きく吸った。
そして流れるような動作で右拳を加速させていき、盾に叩き込む。
「うぉっっ!?」
ハルトは盾を持ったまま、10mくらい吹っ飛んだ。
「どうだ?わかったか?」
ドニー先生が鬼瓦のようなドヤ顔をしてくる。
「…く、悔しいです…」
悔しいが、確かに魔闘技を磨くのはメリットがありそうだ。
新人戦でなくとも、魔法具が使えない状況というのは十分あり得るし、そういう状況でも戦えるようになれたら、エリーに釣り合う男に近付ける気がする。
ハルトは渋々、型の練習を再開する事にした。
ドニー先生の視線を感じつつ、腰を落とす。
息を吸う。
少しずつ吐きながら、足首、膝、股関節と順に関節を動かす。
拳はそれに導かれて放たれるだけ…
先程見たドニー先生の正拳突きを思い描き、その動きを再現してみる。
…全然違うな。
もう一度。
……まだまだ違う。
もう一度。
何度も繰り返してみるものの、動きがチグハグでとても再現できているとは言い難い。
「まあいきなり出来るようにはならねぇよ。ゆ……っく……り……」
ドニー先生が何か言っているが、ハルトは無視して超集中思考を発動した。
超加速した思考の中で、ドニー先生の動きをイメージトレーニングしてみる。
繰り返し。
何度も何度も反復する。
髪の毛の揺らぎや瞬きさえも、全てを。
脳に焼き付けるように、超反復を行う。
約100回程。
「ふう。よし…」
とりあえずのイメトレを終えて、改めて自分の身体で試してみる。
「…おっ?急に上手く…」
驚くドニー先生を尻目に、ハルトは3度、4度と腕を振る。
少し、イメージに近付いたが、完成には程遠い。
ハルトは再度超集中思考を発動した。
再び100回のイメージトレーニング。
そして実験…自分の肉体を使って実験をする。
繰り返すほどに上達するのが、自分でも感じられる。
ハルトは段々それが楽しくなり、何度もイメトレと実験を行う。
そして凡そ10回ほどそのサイクルを繰り返すと…
「よーし!!いいぞ俺!!やればできる子なんだなぁ…」
「ちょっと待て…マジで何なんだお前は…」
ホクホク顔のハルトに、ドニー先生は開いた口が塞がらないようだ。
ハルトは完コピしたドニー先生の動きを再現する。
下半身から上半身へ、流麗な動きで力が走る。
唸るような速度で、拳が飛んでいく。
「凄いでしょ?といっても、この動きしかできないし、エーテルがどうとかいうのはさっぱりなんですけど」
「…お前、何かやってんな?」
「え?言ってませんでした?超集中思考っすよ…」
ハルトはドニー先生に超集中思考について説明した。
仏頂面で聞いていたドニー先生の顔が驚きに歪む。
「なるほど…この前の模擬戦もそれでか…!」
「そうなんすよぉ!いいでしょ、このスキル…」
「…お前、ほんと何でもありだな…」
ドニー先生は若干、というかどん引きしている。
「まあ、いい。そんなことが出来るなら、好都合だ。お前、あと100回繰り返せ。」
「えっ…」
いやいや何言ってのこの人。
鬼か?
ハルトの反論を許さず、ドニー先生が畳みかけてくる。
「形は良いが、まだ固い。踏み込みが浅いし、腕の走りもまだ改善の余地がある。そして何より、自分の力の中にエーテルを感じられるようにならないと意味が無い。」
「力の中にエーテルを…」
えーっと何言ってのこの人。
アタオカ…
「…お前、ぶん殴るぞ?」
「あ、バレました?何言ってんのかなこの人って…」
「よーしわかった。そこに居直れ。一発殴らせろ」
「やめて!?死んじゃう!?」
体の中を水のようなエネルギーが流れていく。
宥めすかして機嫌を直してくれたドニー先生によると、魔闘技によるエーテル操作はそのような感覚であるらしい。
またある武闘家はそれを"血管の中を小さな虫が移動しているような感覚"と評し、ある者は"皮膚の下をマグマが流れているような感覚"と言う。
要するに人それぞれ感じ方が異なるものの、共通するのは"体内に何かしらのエネルギーを感じる"という点だ。
「その境地に達するのは、まず基本となる動作が完璧にできる必要がある。そこに意識が取られているうちは、内なるエーテルに集中できないからだ。お前は表面上正確に動けているが、体内の動きにまで注意を払えてはいないだろう。まずはそれができるようになれ。」
「えー。形だけじゃダメ…?」
「ダメ、絶対」
「はいはい…わかりましたよう…」
ハルトは結局、右正拳突きの型をただただひたすらに反復することになったのだった。
読んで頂き、どうもありがとうございます!
余談ですがインフルエンザに罹患してしまい、書くのがほんと大変でした...
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