第一章 #10.ライセンスと新人戦
「お前らの実力はよく分かった。」
模擬戦を終えて教室に戻ったハルト達は、壇上のドニー先生に注目していた。
「俺の見解を伝える。今のままのお前らには、ライセンスは渡せねえ。」
教室が静まり返る。
「んだとゴラァッ!どういう…」
案の定食ってかかったアリアスを制して、ドニーが説明を続ける。
「黙って聞け。今この国は、とにかく戦力を求めている。現実的にはライセンス発行の基準は下がる筈だ。」
ウルト王国では戦闘職…騎士や冒険者、傭兵から城の衛兵に至るまで、武を生業とする業種は須く国の認可…つまりライセンスを得る必要がある。
ライセンスの取得には一定の基準があり、その者の戦闘能力は勿論のこと、教養や作戦立案能力など総合的な能力を審査される。
その基準は厳しく、特待生のような例外を除くと、実に半数近くは落第するという狭き門である。
「んだよ!?なら問題ねぇだろ!?」
「いいや、あるだろ。低レベルな奴に無理矢理ライセンス取らせて、魔王に特攻させるんだぞ。死ぬぞ。確実に。」
「う…それは…だが俺は…それでも…!」
「そうだな。お前みたいな奴は、そんな機会でも無いと底辺から抜け出せない。このクラスにいる奴は、そんな奴ばっかだろう。」
ドニー先生は生徒達の顔を順に見渡す。
「いいかお前ら。今の状況だと、貴族連中お抱えの戦力は、奴らの保身のために使われる。残るのは余程忠誠心のある奴か、使い捨てても痛くない連中だけだ。わかるか?お前らは…捨て駒にする為に集められたようなもんだ。」
なるほど。
国中の戦力を集めて大魔王を倒す、その一環としてこのクラスは編成されたのだと思っていたが、それだけでは無いという事か。
金持ちの保有戦力を温存する為に、体の良い鉄砲玉を調達する…そういう意図もあったのだ。
どうやらこんな危機の中にあっても、この国は一枚岩にはなれていないようだ。
いや、危機だからこそ…なのかもしれない。
ハルトとしては、ライセンスさえ取れればエリーの近くにいて護れる、という認識でいたのだが、それは誤りだったようだ。
「この世界には…あるんだ。無意味な死ってやつがな…そして貧乏籤を引くのは、いつだって金のない奴なんだ。だから俺は…」
ハルトはこの先の言葉次第では、この学院に見切りをつけて逃げ出そうとさえ思っていた。
多少遠回りになろうかも知れないが、ここにいても貴族の為の生贄にしかなれないのであれば、その方が良い。
しかし、ドニー先生はこう言った。
「俺はお前らを強くする。徹底的に鍛え上げて、捨て駒に出来ないくらいの実力者に育てる。俺の生徒にはもう、無意味な死は訪れさせねぇ。俺がライセンスを渡すのは、その後だ。」
ハルトはその言葉を信じる事にした。
ドニー先生もまた何かを背負い、覚悟を決めているのだと感じたから。
「はっ!望むところだってんだ!!こちとら最初からそのつもりだこの野郎が!!」
クラスメイト達も皆、頷いている。
高く登った陽の光が、教室を明るく、暑く照らす。
差し込む光が、それぞれの覚悟を熱く、激しく燃え上がらせているように、ハルトは感じた。
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「で、お前らの当面の目標についてだ。」
ドニー先生は咳払いすると、話を次に進めた。
「二ヶ月後…陸月の末にある新人戦。そこがお前らにとって最初の表舞台になる。」
新人戦。
ウルト第一高等技能学院では毎年六月、全校生徒が参加する武闘及び技能の大研鑽会…通称武技大会が開催される。
武技大会は主に2,3年生が取り組む本大会と、1年生しか出場できない新人戦に分かれている。
「新人戦はただのお祭りじゃねえ。その学年の優秀な才能の見本市…この国の将来を担う人材を国内外にアピールする場だ。だが現状の新人戦は、特待生達の独壇場。貴族以外の奴の出る幕なんて無い。」
この学院の特待生達は皆名家の出であり、幼少期から英才教育を受けてきたエリート達である。
実力も教養も一般生とは比べ物にならないレベルで備えた、名実ともにこの国を引っ張っていくべき俊英達。
彼等エリートの中で、更に優れた者が己の実力を示し、世代の中でのイニシアティブを得る。
この国の次代を率いる者を選抜する、最初の篩。
それが貴族達にとっての新人戦だ。
「そこに風穴を開けて来い。今年の新人戦は今までとは違う。元々注目度は高かったが、国家戦力育成プロジェクトの一環でさらに多くの目が注がれてる。そこで存在価値を示せ。それがお前らが生き延びる為の第一歩だ。」
「ふーん…じゃあ、新人戦で全員ぶっ飛ばせばいいって事?」
なんだ、それなら楽勝じゃね?と思いながら、ハルトが質問する。
「…そうだ。だがお前、あの魔法具使ったら余裕だと思ってるだろ?」
「あれ、バレました?…まさか魔法具…使えないとか…無いですよね?」
「そのまさかだ。正確には、魔法具無しで行われる競技がある。」
マジか…終わた…
頭を抱えて机に突っ伏するハルトを見て苦笑するドニー先生。
「他の奴らも他人事じゃねえぞ。新人戦で必要とされるのは総合力だ。穴の無い完璧な人材こそ優れている、それが貴族たちの価値観だ。」
「で、でも先生ぇ…」
「先生。今から弱点を補っても、付け焼き刃にしかならないのではないでしょうか?2か月程度の練度で、あの特待生達に追いつけるとはとても思えません。」
リーザが挙手して発言する。
ドニー先生は腕を組み、頷いた。
「ああ。そうだな。だから…」
「だから?」
ドニー先生は不敵に笑う。
「強みを伸ばす。」
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放課後。
ドニーは教務室で今後の計画などを取り纏める作業を行っていた。
「ドニー先生。」
背中に浴びせられた声に、ドニーは人知れず、顔を顰める。
「オビー先生。何か用か?」
振り返らず、返事をする。
何を言われるか、想像はつく。
「どういうおつもりですか?」
平坦な声。
生徒たちの前とは明らかに違う、冷たい響きのある声音だ。
「だから、何がだ?」
ドニーは仕方なく振り向く。
夕日を背に、スーツ姿のオビーが立っている。
例によって皺ひとつない、完璧な仕立て。
影になってその表情は見えない。
「異端組のことです。随分とやる気ではないですか。」
「…特異組だ。」
「ふっ…」
オビーが鼻で笑う。
「首の一枚繋がっているだけの立場なのをお忘れですか?貴方はあんな連中にかまけている場合ではない筈だ。異端組など放っておきなさい。さもないと…」
オビーが首を掻き切る仕草をする。
まだその顔は、影の中だ。
「どんな立場だろうと、俺の教育方針に変わりはない。」
「…そうやって下らない教育論に拘るから、いつまでも崖っぷちなのですよ貴方は。」
オビーが一歩近付き、ようやくその表情が見える。
その顔に浮かぶのは怒りと…ほんの少しの憐み。
「貴方のような平民は、体制に逆らうべきではない。また懲戒処分に…」
「俺や、お前のような平民は、だろ?」
「…」
オビーはぐっと、言葉を呑み込んだ。
怒りの割合が更に濃くなる。
「別にお前のやり方を責めるつもりはない。価値観や優先順位は人によって違うだろ。俺は俺のやり方に従う。お前はお前でやればいい。」
「…わかりました。」
オビーはため息をつくと、背を向けた。
「…私は私のやり方をさせていただきます。」
そう告げて、オビーは去っていった。
ドニーは暫く佇んだ後、胸ポケットに手をやった。
窓に歩み寄り、煙草に火をつけて口に咥える。
苦く、甘い紫煙を、口の中で転がすように味わう。
しばらくそうした後、ドニーは口から盛大に煙を吐き出した。
煙草を揉み消す。
ドニーは一人、机に向かった。
この先の展開につながりにくかったため、第一章 #10を全面的に書き直して再投稿しました。
既にお読み頂いた方には申し訳ないです。
よろしくお願いいたします。