第一章 #8.第二試合、vsフィーリ その1
「え?」
突然繰り出されたナイフが、目前に迫る。
生身のハルトの戦闘能力は素人同然であり、当然の事としてその一撃に反応する事など出来なかった。
ハルトはそのまま戦闘不能となっても何らおかしくなかった。
実際、ナイフは喉を掠める所まで迫っていたのだ。
しかし切先は、すんでの所でハルトを捉えられなかった。
首の皮に触れるかどうかというところで、刃の動きが減速したのだ。
ハルトはそのおかげで、ギリギリのところでバックステップに成功した。
「あっ……ぶねぇっ!!?」
「…変だニャ。ヤれたと思ったのにニャ。」
ハルトの目の前で、小首を傾げている小柄な少女。
フィーリ・"ナイトウォッチ"は、ナイフをクルクルと操って構えた。
ボブヘアの髪は、こちらの世界では珍しい黒髪。
髪だけでなく全身黒ずくめで、猫のようにくりっとした眼をしている。
黄色い瞳が、ハルトを捉えてさらに大きく広げられた。
「その魔法陣が怪しいニャあ。」
彼女が見ているのは、鉄のフレームに小さく描かれた紋様だ。
「…良く解ったな。」
それは骨格のみでハルト自身が丸出しのスケルトンの防御力を補う為に、アヤノが構築してくれた守備魔法陣である。
「減速の魔法かニャ?ガラ空きだと思ったのにニャ!」
フィーリが再びナイフを繰り出す。
アヤノの魔法陣の効力はごく狭い範囲で、スケルトンの真正面からハルトに迫る攻撃のみに作用できる程度だ。
それを知ってから知らずか、フィーリはステップを左右に踏んで微妙に軌道をずらしながら攻撃を繰り出してくる。
ハルトはスケルトンの馬力に任せて、強引に距離を取りながらそれを回避する。
「思ったより速いニャあ。鬱陶しいニャぁ!!」
フィーリの動きが更に加速する。
ハルトの動体視力では追い切れないほどの速さだ。
だが正面が封じられる事で最短距離を進めないナイフは、僅かながら刃速が鈍る。
お陰でどうにかハルトは生き延びられていた。
そしてそれに苛立ったのか、フィーリの動きが徐々に大きく、粗くなって来ている。
(これ…狙えるぞ…!)
大振りの刃を、避けるのではなくフレームに当てて弾く…!
ハルトはここぞのタイミングで、一歩前に踏み込んだ。
想定通り、ナイフを弾いて防ぐ。
(ここだ…!!)
更に踏み込む。
突然の攻勢に、フィーリは面食らっている…
(あれ、笑ってる…?)
「かかったニャあ〜!!」
ハルトの右拳を、彼女は難なく回避した。
誘われた…!
ハルトは慌てて退く。
しかし既に前へと掛かった加重で、ワンテンポ遅れてしまう。
まごつく隙にフィーリが動く。
迫ってくるかと思いきや、軽くバックステップ。
そしてナイフをくるりと回すと、ハルトに向けて…では無く、何故か足下に刃先を向けた。
(何やってんだコイツ…?)
「常世に在りし幽なる魂よ。影に宿りて現世に来たれ。」
ハルトの全身を、悪寒が走り抜ける。
(な、なんか…ヤバいぞ…!?)
フィーリが振り上げたナイフが、怪しい光を放つ。
(魔法か…!?どういう…)
考える間も無く、フィーリはハルトの足下…ハルトの影に向けて刃を振り下ろす。
「させません…!」
ナイフが影に刺さる寸前、アヤノが体当たりでフィーリの動きを止めた。
「ちっ…!邪魔するニャあっ!!」
フィーリは素早い身のこなしでアヤノを振り払うと、サイドステップしてアヤノと距離を取った。
そしてその手の刃を、アヤノの影に突き刺す。
ギィぃぃぃッ!!
影が金切声を上げた。
次の瞬間、アヤノを赤い霧が覆い尽くした。
「ニャはっ!まずは1人ぃ!!気持ち良いニャぁーーっ!!ニャひひっひぃー!!」
フィーリはナイフを長い舌で舐め回しながら、恍惚の表情を浮かべている。
ハルトは今見た光景を、どうにかして理解しようとする。
フィーリは魔力を帯びたナイフで、ハルトの影を狙っていた。
そしてそれを影に受けたアヤノは、一撃で戦闘不能になってしまった。
(影への攻撃…?そんな魔法あんのかよ…!?た、対策を…!!)
「次こそ君をイかせて上げるニャあ〜!」
フィーリが涎まみれのナイフをハルトに向ける。
涎が滴となって、滴り落ちる。
大粒の水滴が、地面に----落ちて---いく。
「君はぁ----ど----こ---を----」
フィーリの声も、その動きも、周囲のすべての時間が、スローモーションになっていく。
ハルトは加速していく時間の中で戦略を組み立てる。
先ほどの影への攻撃。
疑問は山ほどあるが、一番気になるのはそのデメリットだ。
予想通りの一撃必殺なのであれば、得られるメリットが大きすぎる。
必ずデメリット…制約がある筈だ。
「----抉ってぇ-----」
--フィーリはまだ動き出していない。
ハルトは更に思考を進める。
ではその制約とは何か?
フィーリ自身は無傷のままであるから、自分にダメージがあるようなタイプではなさそうだ。
得物…その手に持つナイフが特別性である、という可能性はある。
ただそうなった場合、実質的に制約は無いようなもので、ハルトの勝機は皆無…故にその可能性は一旦除外する。
対応策の無い可能性まで考慮する時間は流石に無い。
「あげよぉ-----かぁ-----」
--フィーリは一歩、前へ踏み出した。
制約…制約…
そういえば…
ハルトは先ほどの場面を思い返す。
最初にハルトに向けて魔法を使ったとき、そしてアヤノに使ったとき。
彼女は何故、一度距離をとったのだろう。
あの魔法は、完全に初見殺しだ。
最初の発動の時、ハルトはその効果を全く予期できていなかった。
あれを初見で受ける者は皆そうなるだろう。
であるなら、バックステップは不要だったのではないか。
事実、その一歩を挟んだがために、アヤノのタックルが間に合ったのではないだろうか。
アヤノとの闘いでも、フィーリは敢えてステップを踏んで離れた。
…考えすぎ、という可能性はある。
特に深い意味のない動作だったことも否定できない。
ただ、フィニッシュの寸前に無駄な挙動をするなどという愚鈍な行動は、これまでの彼女の洗練された動きには相応しくない気がする。
もしかしたらそこに…
「ニャぁ------?ニャ---ひ--ひっ-ひぃひ!!」
時間の流れが戻る。
ハルトのスキル超集中思考。
周囲の時間を置き去りにする程の、凄まじい集中力で思考することができる。
ハルトが一人で様々なメカを設計することができたのは、このスキルのお陰だ。
ただ時間を止めたりするスキルではないため、いつもまでも考え続けることは勿論できない。
更に言えば動きながら使うことすらもできない、完全な非戦闘スキルである。
発動中は無防備になる超集中思考を今ここで使えたのは、アヤノが身を挺して隙を作ってくれたお陰であった。
とにかく、仮説は立った。
あとはそれをぶつけてみるだけだ。
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