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第一章 #6.第一試合 by エリーside

今回の模擬戦は、シンプルに敵チームを両方リタイアさせたチームの勝利となる。

舞台となる街並みのあちこちには監視用の水晶球が配置されていて、出力水晶球で訓練の様子をリアルタイムで観戦することができる。


今回の戦闘区画は四方3ブロック程。

狭い路地が入り組んだ住宅地が舞台だ。

迷路のように家々が建ち並ぶため、索敵能力の有無が戦況に大きく影響しそうなステージである。


「制約縛術を張ります。」

そう言ったのは途中でやって来た保全課の教師、バーリヤ。

制約とは、特定の制約を設ける事で魔術の効能を強化する事で、縛術とは効果対象者に特定の行為や効果を強制する魔術の事である。


「では、皆さんここに血判を。」

バーリヤ先生の言う通りに、エリー達は差し出された木板に血判を押す。

「言霊をお預かりしますのでご唱和下さい。"我ここに誓う。我が身、我が剣、我が盾を写し身へ。"」

「「「「我ここに誓う。我が身、我が剣、我が盾を写し身へ。」」」」

「縛術"身代わりの呪血人形(スケープ・ゴート)"。」

エリー達の血判と言霊、そしてバーリヤの術式が反応し合う。

エリー達の身体からエーテルが抜け出し、バーリヤの手元にある4体の人形へと吸い込まれていった。


「完了です。これで、術式範囲内で与えられたダメージは、この人形が身代わりとなります。ただし、過大なダメージは吸収しきれない可能性はあるのでくれぐれもお気を付けて。」


戦闘訓練の強度を高めていくと、どうしても相手を負傷させてしまうリスクが付きまとう。

学院ではそのリスクを低減させる為に、このような専用術式を編み出したのだろう。

対象者全ての血判、言霊、エーテル、特別な術式、そして学院の立地…全ての要素が揃って始めて効果を発揮する、極めて限定的な、つまり制約が厳しくそれ故に強力な術式だ。


「これで心置きなく闘えるだろ。じゃあそれぞれ準備を…」

「え、これあるなら、俺もっと強いマシン使っても良いんじゃ…」

()()()()()()()()()()って言われただろうがっ!!お前のやつは過大すぎんだろ!」

ハルトがまたドニー先生にどやされているのが聞こえて、エリーは苦笑した。


確かにハルトの魔法具(と言って良いのか分からないが)はいささか強力過ぎるだろう。

文字通りそれを体感したドニー先生が神経質になるのも無理はない…


そんな事を考えつつ、エリーは戦闘エリア北側へと向かう。

造られた市街地の中を歩きつつ、街並みを観察する。

それぞれの建物は予想以上にしっかりと建てられていて、見た目だけのハリボテではないようだ。

試しに近くの家屋のドアを開けて中を覗く。

中は流石に殺風景で、調度品の類は無いものの、各部屋はきちんと仕切られているようだ。

これなら中に隠れる事も可能…


エリーはその事を頭に入れつつ、ドアを閉めて待機場所へと向かった。


戦闘エリアを覆うように、半透明の膜…巨大なシャボン玉のような半球が張られている。

それはエリアを区切る為の隔離結界で、基本的には術者が許可した者か特定の場所からしか出入り出来ない。


その出入口は現在戦闘エリアの南北に設けられ、エリーチームは北、リーザチームは南側からスタートする。

「サキちゃん、よろしくね。」

「オッケ〜!頑張ろ〜!」


サキはエリーと同じく召喚者だ。

元々水泳が得意だった彼女のスキルは、"人魚化"。

文字通り人魚に変身できるという何ともロマンチックなスキルである。


しかし発動条件が"海中のみ"で、発動時間も10秒程度しかなかった事から、内陸に位置するウルト王国ではハズレスキル扱いされてしまい、大選別にて選外となったという。


「せやけど段々スキルも強くなって、色んなこと出来るようになったんやで〜!」

とはサキの言葉である。

ハルトや、エリー自身のスキルもそうだったが、召喚者のスキルは歳月と共に変化・進化するようだ。


『準備は良いな。試合開始!』

ドニー先生が拡声水晶球で怒鳴った。

こちらの世界では機械の代わりに水晶球…媒体となる水晶に魔刻印(マジック・チャーム)を刻んだもの…が文明の利器として活用されている。


開始の号令を受けて、エリーとサキは北側のゲート…隔離結界に開いた進入口…から戦闘エリアに入った。


入った先は路地になっていた。

左手には隔離結界。

右手と前方には狭い石畳の通路が続く。

通路は先の方でさらに分岐しており、ちょっとした迷宮のようだ。


「エリちゃん…こう言う時って、どうしたらええん?」

サキがあちこちに目をやりながら小声で尋ねてくる。

「落ち着いていこ。位置が分からないのはあっちも同じ。とにかく先手を取れれば有利だよ。こういう時、索敵ができると良いんだけど…」

エリーは手にした聖剣に力を込めてみる。

が、何も反応はない。

「うーん…やっぱり索敵魔法とかはまだ使えないみたい…」


エリーの聖剣には様々な力が込められており、本来であれば多種多様な魔法を行使できる。

しかし力の殆どを封印に使っている今、使える能力は極めて限られる。

「仕方ない…地道に探っていこうか…」

「なあ、エリちゃん。この結界って、ウチらの魔法通さへんのやろか?」

サキは閉じた隔離結界に手を当てながら、何事か考え込んでいる。


「え?たぶん、そうだと思うけど…」

「そっか…そんなら、ウチが索敵できるかもしれん!ちょっとやってみるわ!」

サキはそう叫ぶと、自由の女神像のように右手を高く挙げた。

「大気に漂う水の精霊よ!我が祈りに応えて集い満たし給え!!スチーム・クラウド!!」

サキの右手から、白い雲のようなもの…水蒸気が噴出した。


目を丸くするエリーを他所に、物凄い量の水蒸気を放出し続けるサキ。

白煙のような水蒸気は、しかし結界に遮られて外には出てかない。

戦闘エリア内を雲海の如く呑み込んでいく。


「サキちゃん…これは…」

「えへへ。凄いやろ?ウチ、めっちゃ貧乏なとこに飛ばされてしもてなぁ…農家も漁師もどっちもやってたんや。それで人間スクリンプラーになる技を覚えたんよ〜」

「スクリンプラー…というよりミストシャワーみたい…」

「そやねん。スクリンプラー技を極めたら水の粒をめっちゃ細かくできるようになってん!」

サキは手を掲げながらドヤ顔をする。


「でもこれって…何の意味があるの…?」

「ふふん…!ウチは人魚の力で、水の精霊と会話できるんやで〜!」

「もしかして…この霧って…」

サキはニコリと笑った。

「こんだけ水気あったら、精霊さんが何でも教えてくれるで〜!相手のおる場所とかな!」


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

数m先も霞むほどの濃霧が、辺り一面に立ち込めている。

その中を、エリーとサキは静かに移動していく。

「もう少し…そこの角を曲がった先に…おる」

サキが小声で告げる。


エリーはより慎重に歩を進めると、十字路の先を確認する。

狭い路地の先に、朧げな影が2つ。

見つけた。


「サキちゃん、手筈通り行くよ。」

「おっけー!」

エリーは聖剣にエーテルを注ぎ込む。

「アサルト・ライズ!」

刀身が淡く輝く。

今のエリーが使える、数少ない聖剣の力の1つ。

聖剣に流し込んだエーテルが火の属性を帯びて還流し、身体能力を大きく高める。


エリーは一つ息を吐き出し、柄を握りしめる。

重心を前に倒して、そのままの勢いで走った。

霧の海を割るように、相手の元へと一直線に駆け抜ける。

剣の間合いにまで迫り、刃を振り翳して…

硬直。


目の前に居るのは…人ではなかった。

魔人形(パペット)…!?」

それは木の根のようなものが絡み合って形作られた、等身大の人形…パペット。

パペットは魔術によって創り出される、人や獣を模した操り人形だ。


パペットがぐるりと振り返り、エリーに掴みかかって来る。

エリーは咄嗟に身を引きそうになるが、すんでの所で踏ん張った。

罠に掛けられた今、敵の思惑通りに動けば待つのは敗北だ。


エリーはパペットの手を掻い潜り、前へとダイブした。

前回りをするように受け身を取る。

直後に、背中に冷気が飛来したのを感じた。


振り返ると予想通り、パペット諸共先程エリーの居た場所が凍り付いている。

「流石…と言っておきます。」

リーザが杖を構えながら歩み出て来た。

恐らくその辺りにある家屋の中で隙を伺っていたのだろう。


もう1人は…まだ姿が見えない。

だがパペットを操っている以上、それ程離れてはいない筈だ。

それに…伏兵がいるのはこちらも同じだ。


エリーはサキが上手く立ち回る事を期待しつつ、目の前の相手に集中する。

リーザの魔術は…氷。

先日見せた氷龍が切り札。

造形魔術が得意なのだろうか。


ただリーザの強みが何であるにしろ、今のエリーが出せる手は1つだけ。

エリーは大地を強く蹴り、リーザに斬りかかった。

リーザはバックステップでそれを回避する。

更にもう1撃。

「アイス・エッジ!」

リーザの杖が瞬時に氷の刀剣となり、エリーの聖剣を受ける。


「隙あり!」

エリーはそれを見越して、既に体重移動を終えていた。

右足に重心を移し、爪先を起点に踵、足首、膝、腰と連動して回旋させる。

関節を経る度加速されたエネルギーで、左脚を振り出す。


エリーの左ミドルキックが、無防備な脇腹に入った。

足先から、不思議な感触が伝わって来る。

弾力のあるもの…風船でも蹴ったかのような感覚だ。

よく見るとリーザの身体から赤い光が明滅している。


「これがスケープ・ゴートの効果…」

見たところ、リーザの身体にはダメージが入っていない。

その代わりに、赤い霞のようなものが右脇腹…被弾箇所に纏わりついた。

ダメージが無い代わりに、何らかの妨害効果を発揮するのだろう。

現に、リーザは脇腹を庇うような素振りを見せている。

なかなか良くできた仕掛けだ。


エリーは間髪入れず、聖剣での追撃を撃つ。

上段からの振り下ろしは空振り。

斜めへの斬り上げは、リーザの氷剣とぶつかり合う。

刀身の押し付け合いになるが、物理勝負ではエリーが上だ。


強化された身体能力に物を言わせて、リーザを押し込んでいく。

壁際まで下がらせると、両腕に力を込めて突き飛ばす。

石壁に激突して動きが止まったリーザに対して、決定打となる突きを繰り出し…

当然受けた横からの衝撃で、体勢を大きく崩した。


「パペットッ!?」

先程の2体とは別の新たな魔人形が、エリーに体当たりを喰らわせたのだ。

突きは明後日の方向に外れ、リーザはその隙にするりと逃げる。

「ぬへへへへ〜!オラの事忘れったらあかんだべよ〜!!」

背中側の家から、相手チームの伏兵が姿を見せた。

顔のそばかすと八重歯が可愛らしい訛り満開の女の子…くるみだ。


ちなみにこの世界に来た時から、何故か言葉は理解できて話す事も出来たのだが、こちら側の方言はちゃんと訛って聞こえるというのがまた不思議なところである。


「いげぇ〜!オラのパペットォ〜!!」

パペットのような物体操作系の魔法は、術者に近いほど出力や操作性が向上する。

新たなパペットは並の戦士と遜色ない動きで迫ってくる。

パペットの右拳に木の根が集まり、棍棒のような形に変化する。

鈍い風切り音をたてながら、棍棒が振り回された。


エリーは棍棒を躱しつつ、パペットに斬り掛かる。

刃が左肩に食い込むが、パペットはお構い無しに攻撃を続けている。

これが物体操作魔法の強みといえる点で、無生物で痛覚もない魔人形には"怯む"という概念が無い。

猪突猛進。

戦闘力的には恐るるに足らない相手だが、放置も牽制も出来ない事が、殊に接近戦においては厄介だ。


刃を食い込ませながら、パペットはエリーの腕を掴む。

「くっ…!このっ…!!」

エリーは強引に聖剣を振りきり、パペットの腕を切断した。

バランスを崩したパペットを蹴り飛ばす。


視界の端で、リーザが向かってくるのが見える。

反応が遅れ、そちらに向き直った時にはもう、氷剣が薙ぎ払われていた。

聖剣で受けるが、勢いのついた一撃は止めきれず、氷の刃が左腕にヒットする。

切り裂かれた腕に激痛が…走らない。

その代わり、痺れるような、冷たいような不思議な感覚。


そこに赤い霞が現れた。

斬られた箇所を中心に腕全体が重くなり、麻痺したように動かし辛くなる。

制約縛術のペナルティ。


リーザは容赦無く左側から斬りつけてくる。

さらに右側からは、片腕のパペットが来る。

エリーは右手で聖剣を持ち、どうにかそれらを捌く。

次第に押し切られ、身体のあちこちに赤い靄が取り付く。


それを勝機と見たリーザが、氷剣を捨てて杖を抜いた。

魔力が渦を巻くように杖に集まる。

くるみはそれを見て、パペットを突進させてくる。

パペットを捨て駒にして、リーザの大技で仕留める…そういう意図だろう。


「今だよ!サキちゃん!!」

エリーはそれを…リーザの注意が完全に自分に集中するのをずっと待っていた。

リーザとくるみの周囲に漂っていた濃霧、それが異様なまでに濃く変化する。

白い大蛇のような霧が、2人に絡み付いた。

蛇はさらに太く、長く変化し続け、リーザとくるみの首から下を全て呑み込む水の牢獄となった。


「これは…!?」

「なんじゃごりゃぁ〜!?」

「ウチのこと忘れとったらあかんで〜!!」

いつの間にかリーザ達の後ろまで近付いていたサキが、周辺の水分全てを使って縛術を仕掛けたのだ。


攻撃に夢中になっていた2人は、辺りに漂う霧が少しずつ濃くなっていたのに気付かなかっただろう。

エリーが注意を引き付けている間に、サキが結界内の水分を掻き集めていたのだ。

「あっはっはっはー!!ウチの"アクア・ロック"からは抜けられへんで〜!漁師の力、舐めたらあかん!!」


リーザ達は悔しそうに顔を歪めている。

「力が…入らない…」

「パペットも動かせないべやぁ〜」

「あっはっはっはっはー!!そやろそやろー!!ひもじくてひもじくて死にそうな時に編み出したウチの必殺(漁)技やからなぁー!!この技のおかげで山ほど魚取れるようになって生き延びられたんや!」

さらっと笑えない事を言いながら、サキは大笑いしている。


エリーは苦笑しながら、聖剣を下ろした。

そこに…

『そこまで!エリー・サキチームの勝利だ。』

ドニー先生の声が響き渡り、第一試合は決着した。

読んで頂き、どうもありがとうございます!


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