ディルナ岩山①
「ターシット様、ホロ様、では私はこれで。お二人の無事をお祈り致します。」
城を出てリーゼロッテは二人に深々と挨拶をすると、向きを変え七色に輝く蝶のような美しい羽を広げた。そして北へと向かい空に羽ばたいた。二人は姿が見えなくなるまで見送ると岩山を下るべく歩き出した。
「さぁてと…。それじゃあ行こうかぁ!」
「えぇ、ホロ様。して、今後の予定は?」
「とりあえず十五年かけてもこっちの南の方は全く調査していないから、このままディルナ岩山を下って南側から調査をしてみようかなぁって思っているよぉ~!」
「成程!僕にとってはどこも未知の世界なのでホロ様に従って行きます!ご指導宜しくお願い致します!」
「はっはっは、律儀だねぇ、ターシット君は!」
「ホロ様、今まで行ってきた調査はどうするのですか?」
「う~ん…。まぁ残っている彼らに任せても問題ないでしょ!彼ら強いから!」
そう言ってホロケウは大きく笑う。調査と言ってもこの世界には魔物もいるため命の危険が無いとは言い切れないが、それでも心配している様子は微塵も無かった。それ程、強い大きな信頼を寄せているのだろう。ターシットはそのように信頼できている関係を羨ましく思った。
「今度、ホロ様以外の方たちともお会いしてみたいものです!」
「そうだねぇ!まぁ、そう遠くないうちに会えると思うよぉ~!」
(ホロ様と同じ光の戦士…。どのような方たちなのだろう…!)
ホロケウが信頼できるほどの者たちと会えることにターシットは胸を躍らせた。ターシットはホロケウがきっとまだ何か凄い力を持っているに違いないと昨日の手合わせを終えて思っていた。
「ターシット君は城から外に出たことあるのぉ?」
「えぇ。黒銀領となっている黒の森までは。黒の森で修行させられたので。」
「へぇ、修行なんてしてたんだねぇ!」
「えぇ、五歳の時に!黒の森から生きて黒銀城まで生還しろと、師である黒虎神ギルティ様に命じられまして!」
ターシットは爽やかな笑顔で言っているが、それを聞いてホロケウの顔は引き攣る。それぞれの竜が住まう自然地域は基本的に普通の人間では近寄れないような強力な魔物が住んでいる地域とされているからである。
「タ、ターシット君。それは一般的には虐待と言われると思うんだけどぉ~…。」
「虐待ですか!?虐待とは言われも無く理不尽に暴力を受けることですよね?いやいや、あれはギルティ様の優しさですよ!そのおかげで魔物を狩ったり植物を採取したり自給自足をしっかりと学べたので!三歳の頃に毎日ギルティ様と一日中戦うというのを一年間させられたのに比べたら、魔物なんて全然可愛いもんでしたよ!」
「三歳の頃にあそこの人と毎日戦っていたのぉ?」
「えぇ!人間だからと言って容赦しないということで!その頃は私も打たれ弱くて、毎日骨を折っていました!何度血を流しすぎて意識を失ったかわかりません!でも、全然勝てなくて、私は所詮人間なんだと思い知らされました…。」
「…それは間違いなく虐待だねぇ…。」
「いやいや、でも毎日折られていたおかげで今の打たれ強い自分があるのですよ!」
「ハ、ハハハハハ。」
ターシットの環境を知るにつれ、ホロケウの顔は更に引き攣らせる。苦笑いを浮かべるしかできなかった。強いのはわかったが、甘い環境でぬくぬくと育ってきたのだろうと思っていたが全然そんなことは無かったため、心の中でターシットに謝っていた。
(この子、育ってきた環境が予想以上にヤバすぎるでしょ~…。よくここまで生きているわぁ~。それ絶対自信を無くすトラウマじゃないのぉ~。)
そう思うと自身が転移者で良かったと心から思ってしまった。もし転生とかしてしまって誤って黒銀城に生まれていたら、間違いなく心が壊れてしまうと思った。そう考えると目の前にいるターシットは自分に自信が持てないくらいで済んでいるのだから、ある意味恐ろしい人間のように感じてしまう。
「…あ、ディルナ岩山と黒の森にはどんな魔物が住んでいるのぉ~?」
「えぇ、ディルナ岩山には背中に岩を背負っているような、岩亀グランドタートルと体が岩でできているような黒岩蛇グランドスネークたちが。黒の森には大きな角を生やし巨大な体躯を持つ鬼人オーガや漆黒のように黒い毛皮で身を包み一本角を生やした黒狼ブラックナイトウルフですかね!黒天馬と言われるブラックペガサスもおります!」
「う~ん、名前を聞くだけで間違いなく強いねぇ…。」
「大丈夫ですよ!五歳の頃に全て狩れたので!ホロ様なら問題ありませんよ!ちなみに全ての魔物を食しましたが、間違いなく美味しいのはグランドスネークです!大きくて食べ応えもありますよ!」
「う~ん、ワイルドだねぇ~…。」
「いやいや、ホロ様はもう竜ですら食べてしまいそうなお顔立ちですので、余裕で食べられますよ!」
「食べられるかどうかなんて顔関係無いわ!」
ホロケウはターシットはちゃんと冗談も言える子なんだと少し安心した。恐ろしい環境で育ったがために自分に自信が無くて堅物な人間。それがターシットだと思っていたからだ。
適当に他愛もない話をしながら下っていると、目の前にある巨大な岩がゆっくりと動いているのが二人に見える。
「あ、あれはグランドタートルです!」
「えっ、動く岩にしか見えないけど。」
「そうなんです、甲羅が大きな岩のようになっているので。その下にある身体は非常に小さいのでまるで動く岩に見えるのです。」
「成程ねぇ~。強いのかい?」
「まぁ、見ての通り動きはかなり遅いので問題はないかと。」
そう言うとターシットは動く岩の横に立ち下から思い切りひっくり返した。大きな音を立ててひっくり返すと、その底に小さい亀が手足を懸命に動かして起き上がろうとする。
ターシットは手早く短剣を取り出すとその亀の首を勢いよく切り落とした。そしてくっついている岩から体を引っ張り剥がすと、皮を剝いで切り身肉へと手早く処理をした。
「て、手際いいねぇ~。」
「グランドタートルの肉はディアナが好きなんですよ。ただちゃんと首を切り落としてしっかり血抜きをし、新鮮なうちに処理しないと美味しくないみたいで。ディアナの喜ぶ顔が見たくて何度も狩っているうちに手際が良くなってしまいました。」
ホロケウはグランドタートルの背負っていた岩山に手を当てて転がしてみようとした。しかし重すぎて全く動かない。
(あの子、どんな力してるのかねぇ~。)
昨日の手合わせのあの突きの重さを考えるとターシットの強力すぎる力に納得してしまう部分もあった。常人の力ではあれ程の威力を出せるわけがないからだ。
しかし今までの自信の無さそうな弱弱しくすら感じたターシットの姿からは想像もできないような野性味溢れる一面に、ホロケウは苦笑いを浮かべる。
(うわぁ…。予想以上にヤバいのを連れ出してしまったかも知れん…)
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