特別な夜
「ディエルナ様、僕は…。」
手合わせが終わり、ターシットは一人寝室でベッドに腰掛けて窓から見える月を眺めていた。
ホロケウたちはこの世界に来てから、社会情勢を知るためにこの十五年間サーティナ王国周辺の調査を行っているとのことだった。
その調査にホロケウは誘ってくれた。それはとても嬉しいことだった。今までこの城から出たことも無かったし、そんなことを考えたことも無かった。それが偶然のこととはいえこの世界を色々知る機会を得たのだ。
しかし、どうしてもディアナのことを考えてしまう。ディアナは生まれてからずっとターシットのことを兄として慕っていた。何度としてディアナとは身分が違うのだから、たかが人間の自分を兄となんて慕わなくていいと伝えた。それでもディアナはターシットを兄として慕った。ディエルナが生前どれだけディアナに伝えても、ディアナは頑なにターシットを他の者と同じようにすることを拒んだのだ。
ディアナの心はわからない。それでも結局兄として慕ってくれるディアナはターシットにとって可愛いかけがえのない妹のようで可愛くて仕方なかった。
(ディアナ、泣いちゃうかなぁ…。)
ディアナが傷ついてしまうことを考えると、ホロケウの誘いを喜びつつも前向きになり切れない自分がいた。その時だった、寝室をノックする音が聞こえた。
「どうぞ!」
「「ターシット様、夜分に失礼致します。」」
そこに現れたのはマイアとミイアだった。
「ターシット様。」
「ホロ様のお誘い、如何なさるおつもりですか?」
真剣な面持ちのマイアとミイアはターシットの真意を確認しに来たようだ。ディアナだけではなく、マイアとミイアもそうだ。ターシットが物心付く前から嫌な顔をすることも無く傍に仕え面倒を見てくれた。ずっと見てきてくれた二人には隠しきれてないなと思うと、ターシットは自然と笑みが零れた。
「あはは。どうしようかと思っていたところです。」
「ターシット様。」
「ディエルナ様より預かっていた言葉を伝えておきます。」
驚いた顔をするターシットを見て、マイアとミイアは顔を合わせ頷いた。
「ターシット、貴方は人間なのです。」
「人間は強い自我を持ち自分の生きたいように生きる者だと聞いております。」
「ですから、自分が何かをしたいと思ったのなら…。」
「貴方の思うがままに生きてみなさい。」
「貴方は人間であっても大切な我が子です。」
「貴方の考えをいつでも私は応援しています。以上となります。」
ターシットはマイアとミイアの言葉に戸惑いを隠せなかった。ディエルナは生前よりターシットに強く人間であるということを言い聞かせていた。ターシットはこの城のどの者とも異なる、普通の人間なのだと。
ターシットはそれをこの城に住まう者たちのような存在ではないと否定されているのだと思っていた。だからこの城で自分のような者でも生きていられることをしっかりと理解しろとでも言われているのだと思っていた。しかしそれは違った。身分的な違いを教えていたわけではなく人間としての生き方を尊重してくれていたのだ。
「ディ、ディエルナ様…。」
ターシットはその気持ちを理解できなかったことを後悔した。そして、同時にとても嬉しく思った。偉大なるディエルナが自分を本当に我が子のように慈しみ考えてくれていたことを改めて知ることができたのだから。ターシットの目から自然と涙が零れる。
「ははは、僕はなんて愚かなんだろう。自分を否定することばかり考えて生きてきた。人間なんだから、人間なんだからと言い聞かせて…。でも、ディエルナ様はこんなにも僕を愛してくれていた。僕はなんて幸せなんだろう。」
目を両手で覆うターシットにマイアとミイアが寄り添う。二人は涙を流すターシットを我が子の様に抱き締めた。
「ターシット様。」
「貴方が自分に自信が無かったことは存じておりました。ディエルナ様もひどく案じておられました。」
「ですが、ホロケウ様以上に私たちは知っております。ですから、一番接して長い私たちが何度でも言います。」
「貴方は間違いなく人間ですが、この世界では特別な方なのです。」
「この城の誰もが貴方を認めております。」
「自信を持ってください。」
「そして、貴方の望むべき未来を進んでみてください。そこに困難が立ち塞がろうとも。」
「私たち黒銀城の者全てが貴方が自分で進む未来を望んでおります。」
「マイアさん…、ミイアさん…。」
ターシットはマイアとミイアの言葉にさらに涙を流す。その言葉が自分のことを本当に思って言ってくれているのだと心に響いた。
「マイアさん、ミイアさん。ありがとう。おかげで僕の気持ちは固まったよ!」
ある程度マイアとミイアにもたれ掛かるように涙を流したターシットは、体を起こし笑顔でマイアとミイアに告げた。
「いいえ、私たちは告げるべきことを告げたまでです。」
「夜分に失礼致しました。」
ターシットの晴れ渡る笑顔を見たマイアとミイアは嬉しそうな笑顔を見せ、部屋から立ち去った。
「僕は幸せ者だなぁ。」
ターシットは泣き腫らした顔で笑顔を見せて言った。
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