手合わせ②
簡単に捌いているように周囲からは見えてしまうが、ターシットから放たれる突きはその一撃一撃が非常に重みがあり油断をすると次の手が遅れてしまう。全く油断ができない状況だった。
「ふむ。ターシット様はこの城で唯一の人間。」
「それは先程お聞きしました!何故人間がここにいるのかということをお聞きしているのです!」
「ふ、ふむ。リーゼロッテ殿、ターシット様は…、ディアナ様が生まれる五年程前にディエルナ様より生まれた人間なのです。」
「な、なんと!?」
攻防を見ながら話をするシュナイダーの言葉に、リーゼロッテはあり得ない程の大きな声で驚きを示した。ディエルナ、先代黒銀竜である。
(ディエルナ様が人間を!?そんな事があっていいのか!?)
リーゼロッテは精霊族の頂点に立つ精霊神。神族はどの種族からもなることがあり、数も限りはない。リーゼロッテも元は普通のエルフだった。神格化し神族となった者は、戦等で命を失わない限り永年に近い命を得る。
リーゼロッテは白金竜ブライティアよりも前に白金竜フォーリアが治めていた白金領に生まれた。信仰の高さが認められ白金城に仕えるようになり、ブライティアの生まれたときにも立ち会った程の人物である。リーゼロッテは竜王に対して強い憧れがあり、竜王について過去から徹底的に貪欲に知識を深めていった。
要するに長い年月を生き竜王をある程度知っているリーゼロッテは、この世界に起きた竜王の事象について誰よりも詳しい自負があった。しかし、未だかつてに竜から人間が生まれたなどと言う事例は聞いたことが無かった。ブライティアから竜玉が誕生しなかったこともホロケウたちの転移も今までにないことではあったのだが。
「今まで竜王は次期竜王の子をこの世に誕生させ、凡そ五百年の寿命を遂げて終えると思っていたが…。」
「リーゼロッテ殿の仰るようにディエルナ様はディアナ様を誕生させて五年後、凡そ五百年の生涯を終えられた。しかし、その前にターシット様は確かにディエルナ様から生まれた。」
「竜王が人間の子を宿すなど…!」
「ふむ、しかしターシット様は間違いなくディエルナ様よりこの世に生を受けた。勿論、何故このようなことがと黒銀城は大騒ぎでした。しかし、慌てる我らにディエルナ様は仰ったのです。『この者はターシット・イーザー。見ての通り人間の子です。しかし、私から生まれたかけがえのない子。ですから私に接して下さる様に接してあげて下さい。』と。あの慈しみに溢れたディエルナ様のお姿は今でも忘れることができません。」
「そうなのですね…。」
「えぇ、人間風情に何故竜王と同等と思って仕えねばならんのか、と思う城に仕える者も多数おったでしょう。しかしターシット様はディエルナ様に特別視されることを望まず城の手伝い等を率先して行い、この城の仕事に尽くし、更に誰よりも自身の研鑽に励んでおりました。その結果、ターシット様を軽視する者はいなくなり、更にディアナ様が誕生した。ディアナ様を自身の妹のように慈しみ、可愛がり時として親のように厳しくする姿を見て、ターシット様の存在を軽んじる者は誰もいなくなったのです。ターシット様は何故か自信が無いようですが…。」
「あれ程の実力者が人間とは…。」
シュナイダーから話されるターシットの出自について、リーゼロッテは驚きっぱなしだった。だが、ディエルナから生まれた人間であると聞き、納得がいったようだ。特別なことでもない限り、この手合わせは一瞬で終わると思っていたからだ。
(なぁんでこんな子があんな自信無さげに生きているんだろうねぇ~!)
常に自分のことを話すとなると、急に俯き加減に自信無さげに話すターシットの姿が思い返された。
(ターシット君、この手合わせだけでわかる。君は間違いなく恐ろしいぐらいに強いよ。でもね…。)
ホロも負けてはいなかった。止まることがないマシンガンのように繰り出される重い突きを捌く力を上げ弾き返すように返した。突如として力の拮抗が変わったことにターシットはバランスを崩した。
「っ!?」
刹那の出来事だった。しかし、ホロケウにとっては十分だった。
「ハァッ!」
威力はないが素早い連撃を的確にターシットの印に当てた。新たに胸、右大腿、額の順で印が赤く変わった。
「ふむ。勝者、ホロケウ!」
シュナイダーが高々と右手を挙げてホロケウの勝利を告げた。その瞬間、無効空間が消滅し元の大広間へと戻っていった。
手合わせを見ていた周囲の者たちが大きな拍手をして二人を称えた。
「いやぁ、全て防がれてしまうとは…!流石です、僕なんかでは全然歯が立たない…。」
ターシットはホロケウの強さを感じ素直に敗北を認め笑顔を見せる。敗北したがとても充実した時間だったとその場で回顧する。
「「ターシット様、大丈夫ですか!?」」
「マイアさん、ミイアさん、ありがとう。全然怪我はしていないから大丈夫ですよ!」
ボーっとしているように見えたマイアとミイアがターシットの実を案じ駆け付けることに気付き、ターシットは笑顔を向ける。
「でもね、本当に紙一重だったよぉ~。その結果にホラ!」
「えっ!?」
そう言うとホロケウが胸の魔法印をターシットに見せた。赤く色が変わっていた。
「何でそんなに自身が無いのかわかんないけどさ…。ターシット君、君は間違いなく人間の中でも圧倒的に特別な存在だと思うよぉ~!」
「僕が…、特別な存在…?」
「そうだよぉ~!君はこの城にいる方々しか知らなかった訳だからね、今まで自信が無かったとしても無理は無いよぉ~。」
ホロケウは笑顔でターシットに思った通りに伝えた。ぶつかってみてわかる。紛れもなくその身体能力は人間の限界を遥かに超えていた。
「だから私たちもいつも仰っているではありませんか…?」
「ターシット様は間違いなく特別な者なのだと…!」
マイアとミイアもホロケウの言葉に力強く頷いた。初めて出会ったホロケウがターシットの実力を認めてくれたことが心から嬉しいようなそんな満面の笑みを二人は見せる。
「う~ん。うん、わかった!君は人間というものを知らなすぎるんだねぇ!」
ホロケウは何かを閃いたような表情をした。
「リーゼさん!ターシット君をさ、私たちの調査に連れていきたいんだけど!」
「ハァッ!?」
ホロケウの提案に、リーゼロッテは美しい顔が原型も留めない程の驚きの表情をした。
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