晩餐会にて
その夜、黒銀城の大広間ではリーゼロッテとホロケウを交えて宴が食事会が開催された。豪勢な料理が並ぶテーブルを囲むのはディアナ、シュナイダー、ターシット、ホロケウ、リーゼロッテ、黒銀城の各種族の族長の面々である。
ターシットは生まれてから初めて会う人間に興味を持ったようで、隣に腰掛けるホロケウとずっと会話を交わしていた。
「なるほど。ではホロケウ様は十五年前、ブライティア様がお亡くなりになられてこちらに転移された方なのですね。」
「うん、そうだよぉ~。これで何回目の転移か忘れちゃうくらいだけど。」
ホロケウはブライティア亡き後、本来であれば竜玉から誕生する次期竜に託されるべき竜の魂から現れた転移者とのことだった。竜玉は竜の卵ともいえるものでそこからディアナは生まれた。しかし本来であれば先代の竜が亡くなる五年前程度前に竜玉から次期竜が現れるわけだが、何故かブライティアから竜玉は出現しなかった。引き継がれることがないブライティアの竜の魂に込められた力からなのか、ホロケウたちを含め五人が転移してきたという。
ホロケウは気付けばしょっちゅう転移していたらしい。転移の度に様々な力が与えられ、転移が終わるとその力を失った。
普通であれば転移なんて突拍子もない話に驚くか信じられないかだが、ターシットは如何せん人間と触れ合ったことはなかった為、極端な反応もせずに聞くことができたのだろう。寧ろターシットはホロケウの話から未知の世界の面白さを感じ楽しんでいた。
「竜の魂が分離すること自体未だかつて無い事態なのだが…。」
リーゼロッテが二人の会話に割って入るように話を始める。本来であれば竜の魂は一つの巨大な霊魂のような形で竜玉から生まれた竜へと引き継がれる。ブライティアが亡くなった際に誕生した竜の魂は七つ。リーゼロッテがその場で確認していたのだから間違いないらしい。しかし、実際その場に残っていたのは五つ。そこから五人が転移し、残りの二つはフッと霧散するかのように消えたというのだ。
もしその竜の魂がどこかへ行ってしまったとするならば、それは世界を揺るがしかねない一大事となる。
「万が一、ブライティア様の力が悪しき者、悪魔などに渡ってしまったとしたらそれこそ世界は破滅に向けて進むことになる。」
七頭の竜王の力、一頭で世界を滅ぼしてしまうと言っても過言では無い。今までそれがなされなかったのは、竜王は自身たちに害をなさない限りは手を出すことはなかったからである。
竜王は好戦的ではなかった。しかし、竜王の存在を好ましく思わない王国や帝国が攻め入ってくることはあった。
その度に力で圧倒することはあったが、それでもそれぞれの国を滅ぼすようなことはしなかった。必要以上の無益な殺生を行わない。それがこの世界の竜王だった。それ故に彼らを信仰する者たちが数多くいるのであった。
「しかし、ホロケウ様は悪魔を討伐されてしまう程の実力をお持ちとは本当に凄いですね!私と同じ人間だというのに。」
ターシットは羨望の眼差しをホロケウに向けた。
「ホロでいいよぉ~。たまたまね、この世界に呼ばれて悪魔に対抗できる強い力を授かっただけなんだよぉ~。でも例え偶然でもこの世界に呼ばれたからには、自分の目の前に広がる世界を守るためにやれることをやらないとさぁ~。その後いい夢見れなくなりそうじゃない?」
ホロは屈託のない笑顔で言った。
(…なんて前向きな人なんだろう…。)
ホロの心から言っているその言葉はターシットの胸を熱くした。まるで何かの書物で読んだ英雄の姿を重ねてしまう。
「素敵ですね、ホロ様は。僕はこの城で育って皆に守ってもらってばかりで…。」
ターシットはその眩しすぎる笑顔に自分の存在を申し訳なく感じてしまった。生まれてから自分はこの黒銀城の皆に守られて育ってきて、生きている意味など考えてはこなかった。唯一考えてきたことはディアナを支えたいということくらいだった。
それ故にホロケウのなすべきことをしようとする姿がとても輝いて見えた。黒銀城に住んで様々な神族に囲まれる中、唯一の人族である自分は何故ここにいるのか考えていたからだ。
「タ、ターシット様、貴方は決してそのような…。」
「ううん、マイアさん。僕はたまたまディアナの兄のようにいられただけで、普通の人間なんだ。貴方たちのような秀でた能力も何もない。ただ頑丈でそれなりの力があるくらいだから…。」
マイアの言いかけた言葉を遮るように、ターシットは首を横に振り自信無さげに話した。
(うーん、まぁこれだけの猛者たちに囲まれて生活していたら人間っていうだけで自信無くしちゃうよねぇ~…。)
ホロケウは改めて、大広間にいる黒銀城の面々を見渡した。見るだけで感じてしまう程の実力者揃い。正直、メイドとして仕えているユーリですらも恐るべき能力を秘めているのだとわかる。
「よし、ターシット君!食後に手合わせしてみようか!」
「手、手合わせですか!?」
「うん、ターシット君は私という初めての人間に会ったんでしょ?まぁ私は少し特別な人間だけど、人間の戦い方とかを知るのにいい機会でしょ?他の方たちもいいかな?」
唐突な提案を聞いて皆驚く。ホロケウの横でリーゼロッテも口を開いたり閉じたりしている。
「ふむ…。」
(…悪魔と戦える、いわば我らに近い人間の力を目の当たりにする機会か…。)
「ホロケウ様、それは面白いですね。」
シュナイダーは一考した素振りを見せたものの前向きにホロケウの提案に頷いた。
「ホ、ホロ様。貴方は急に何を…。」
「リーゼさん、私の世界で男は拳で語るっていう言葉があるんだよねぇ~。やり合ってみたらターシット君も何か感じられるかも知れないし。」
「し、しかし…。」
「あの子、私と似たようなものを感じるんだよねぇ~…。何であんなに自分に自信がないのかはわからないけれど。」
ホロが急なことを言い出したことに慌てふためいているリーゼロッテを宥めるかのように、ホロはターシットに目をやりつつ話した。
(初めて会った人間…。確かにそうだ。僕は人間であるのに人間というものを知らない。)
周囲の者の動揺を落ち着かせるかのようにターシットが笑顔で口を開いた。
「ホロ様、ご提案有難う御座います。胸を借ります!」
夕食後に少し落ち着いてから、ターシットとホロケウの手合わせが行われることになった。
「マイア…。」
「えぇ、ミイア。」
マイアとミイアは顔を合わせて頷いた。まるでターシットの何かに期待しているかのような顔をしていた。
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