リーゼロッテとカムイ・ホロケウ
「お目通り感謝致します。黒銀竜ディアナ様。」
玉座の間へと通された長い金髪で尖った耳をした長いローブに身を包んだエルフと、褐色の肌をし白く輝く軽鎧に身を包んだ男。エルフがそう言うと二人とも片膝を付き深々とディアナに対して頭を下げた。
エルフがリーゼロッテ、男がホロケウ。白金城の宰相であるリーゼロッテは澄んだ青い大きな瞳が特徴的で立ち振る舞いからも目を奪われてしまうほどに美しい。
「う、うむ!よくぞ我が黒銀城へと参った。」
ディアナが王女っぽく振舞おうとしている。ディアナの右にはシュナイダー、左にはターシットが立って二人を見ている。横にいる二人はディアナの対応をそわそわしながら窺っている。
「初めてお目にかかります。私が白金城で宰相をしておりますリーゼロッテ。そしてこの者は…。」
「私はカムイ・ホロケウです~。皆にはホロと呼ばれておりますよ~。」
品のある話し方をするリーゼロッテの後にホロケウがのんびりと自己紹介をした。その緊張感がない態度に一部の者が嫌悪感を示す表情をする。この城にとって絶対の存在であるディアナを前にしての態度ではないということだろう。
「そ、そうか。リーゼロッテ、ホロよ。妾が黒銀竜ディアナじゃ!」
しかしディアナはそんなことを気にしている余裕など全くなかった。相変わらずたどたどしいものの必死に女王として振る舞おうと尽力している。懸命に大人っぽく振舞おうとする姿は何とも愛らしいものである。
(ディアナ…。やればできるじゃないか!)
ターシットはホロケウの話し方など気にも留めることなく、普段では見ることができないディアナの姿に感動し目を輝かせる。あんなに普段は我が儘駄々っ子なのにと涙を流す。普段が不断なだけに親心とは違うのだろうが、まるで子の成長を嬉しがる親のような心境になってしまう。
「ちょっとミイア…。」
「えぇ、マイア…。」
そんなディアナを見て涙を流すターシットの気持ちを察し、マイアとミイアは姿勢をそのままに微笑んだ。
それもそのはずである。シュナイダーが二人を玉座の間へと通せと言ってからここへ到着するまでの間、泣いて喚いて大変だった。ターシットが終わったら一緒に遊んであげるからという約束をしたことで何とかこの状況まで漕ぎつけたのだ。
「ではここからは宰相である私が話を…。リーゼロッテ殿、此度の急な訪問如何なされましたか?」
「えぇ、シュナイダー殿。実はこの度白金領にある村、リタニアが悪魔の襲撃を受けました。」
シュナイダーが場の空気を戻すように話を切り出した。そして、頭を上げたリーゼロッテは神妙な面持ちで話を始めた。リーゼロッテの話に緊張が走る。
白金領に位置するリタニアは白金竜を信仰する人々が暮らす村で、およそ五百名程度の人族で構成されていた。
この世界プリミエールエトワールにはそれぞれの種族が生活圏とする王国や帝国などがある。その中で竜が住む地域からある一定の区域は、その竜に対する強い信仰が無ければ足を踏み入れてはならない場所、聖地とされていた。聖地はどの国の領土ではなく安易に近寄ってはならない場所であり、その場所で生活を為す者たちに手を出すことはあってはならなかった。
但しその区域内においてそれぞれの竜に強い感謝をし信仰する者は、聖地で生活をすることができた。竜に供物を捧げ、生活できる喜びを竜に感謝し生きる。そうすることで一生を遂げようとする者たちの集まりである。
竜にとってはその者たちが住んだことにより俗世を知ることができ、さらに供物まで提供してもらえるようになった。そのため、信仰する者たちに見返りとして僅かばかりであるが竜の加護を与えた。
竜の加護、それはその者の魔力や生命力を増幅することである。竜にとっては僅かなものであってもその力は強大で、聖地に住まう人間の寿命は何事も無い場合百年を超えることができた。この世界における人族の平均寿命が五十年程度と考えると、とんでもないことであるとわかる。
しかし竜を信仰するということはその地に根付き、竜に一生を捧げるという状況に等しかった。故にそれを好まない者たちも多数おり、その者たちはそれぞれの生活圏を作り上げ生活をした。その者たちが竜の手が届かない各地で領土を拡大し、王国や帝国を形成していったのが今のこの世界の姿と言われている。
「なんと!」
「えぇ、ホロ様が駆け付けたものの間に合わずリタニアはほぼ壊滅しました。その場にまだいたレッサーデーモンをホロ様が始末してとりあえずそれ以上の被害は防ぐことはできました。」
驚きの声を上げたシュナイダーに、リーゼロッテは経過を説明し横で頭を下げていたホロケウを見た。ホロケウは照れくさそうに頭を掻いている。
悪魔、それはこの世に突如として現れる災厄のようなものだとされている。どこからともなく現れ、そしてあらゆる魂を刈り取る。まるで死を愉しむかのように残虐で残忍な殺し方を行ったりもする存在。
世の理の中で、その存在は確認されていながら種族としては認定されていない。悪魔はこの世界で生きる者たちの深い憎悪や怨嗟によって生み出されるとされていたため、その生態がまるでわかっていないからだ。唯一わかっているのは悪魔は魔石を有していることである。悪魔にとって恐らく魔石が心臓にあたるのだろう。魔石が破壊されると悪魔は消滅する。
ある日急に出現して命を奪っていく存在。それが悪魔である。
「この度の被害、ご心労の程察し申し上げる。して、ホロ殿は神族で…?」
ホロケウがレッサーデーモンを単独で始末したことを聞き、シュナイダーは聞かずにはいられなかった。白金城で言わばナンバーツーとも言えるリーゼロッテが様付けし、悪魔と対抗できるとはどのような神族なのだろうかと思ったからだ。
正直、レッサーデーモン程度はこの城で生活をしている者にとっても難なく処理できるような最劣位悪魔である。人間は余程の者でなければ、悪魔を討伐するために数百人で構成される隊を編成してようやく討伐できるのが通例だった。それを単独で討伐するとなると人間とは考えにくかった。
「えぇ、このホロ様は白金竜の子孫とされる光の戦士が一人で御座います。」
「なんと!」
ホロケウの素性を知り、シュナイダーをはじめ玉座の間にいた黒銀城に従事している者たちも驚きの声を上げる。
それも無理はなかった。竜の子孫、それは十五年程前に白金竜ブライティアが逝去された際に竜の魂から生まれた者たちである。ということはいわばディアナと同等に近い存在である。そのような者がこの場所にいるのである。先程ホロケウの態度に嫌悪感を示していた者たちの額から汗が流れ落ちる。ホロケウが竜の子孫であるならば、先程の態度に嫌悪したことの方が無礼に当たってしまうからであった。
「いやいや、私はそんな大それた者じゃないんだよぉ~。だからリーゼさん、過分な紹介はその辺で…。」
ホロケウはそんな空気を気にもせず、リーゼロッテの言葉に照れくさそうにまた頭を掻いた。
「ここ十年程、特に我が白金領、こちらの黒銀領のほぼ中心に位置するサーティナ王国付近で悪魔の発生が頻発しているようです。こちらの黒銀領での被害も出るやも知れません。こちらでの悪魔による被害は最近無いようですが、十五年前のこともあります。十分にご注意ください。」
北のブライト氷山に位置する白金城、南のディルナ岩山に位置する黒銀城、その中心のサーティナ平原に領土を構えるのがサーティナ王国である。十五年前黒銀領でも悪魔の被害があったため、お互いに更なる被害を未然に防ぐことができるように情報を伝えたかったということだった。
「ふむ、リーゼロッテよ。其方の話、しかと心得た。痛み入るばかりである。大したもてなしもできぬが、二人とも今日はこの城で休んでいくがよいぞ。」
「はっ!ディアナ様のお心遣い、有難く受け取ります。」
ディアナの言葉にリーゼロッテとホロケウは深々と頭を下げた。
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