街の皆の優しさ
前話を少し加筆修正をしました。
おじさんがレティシアにびっくりして、腰と足を荷台に打ち付けて負傷します(笑)
ついでに状況説明を少し足したので、少し分かりやすくなってます。
「おーい。アリマーン、チーボー。いるか〜?」
「あれ、何だい何だいどうした――――……。」
「悪ぃな。ちょっとこいつを1晩泊めてやってくれねぇか。」
「あ、あぁ。それは良いけど……。」
「あ、金は俺が後で払うわ。」
「え、いえ。後で私が」
「……いやっ、いいよ。今日はもう、宿の方は店仕舞いにするからね。ちょうど一部屋空いてるんだ。今日はもう雨で客も来そうにないし、丁度良いさね。」
「えっ、それは」
「あぁ、勘違いしないどくれ。どうせもう閉めるんだ。空いてた部屋だし、お金も元々今日の勘定には入ってなかったお金だ。空いちまった部屋を有効活用してくれるなら、願ったり叶ったりさね。」
「いやでも」
「あぁっ、帰る時に簡単にで良いから掃除してくれると助かるね。これで明日、その部屋の掃除が楽出来る。ふぅ。あぁ〜っ、助かった助かった!チーボ!!客だよ!!」
女将さんは柏手を一つ打つと、私が遠慮しない様に流れるように仕事を与える。
そしてさも助かったというような顔をして、腕と肩をぐるぐると回した。
「おっ、嬢ちゃんご飯は食べたか?何が食いたい?」
つるりと光る頭に暖簾を被りながら、奥に居たおじさんがひょいっと顔を覗かせる。
「えぇ?えーっと……。」
「むしろあんたも、何でもっと早く連れてこなかったんだい!ビショビショじゃないか!!こんな小さい子が……。外は寒かったろう?まったく、早く暖めて食わせてやらなきゃ可哀想だろう!」
困っていると、その間にも乗合馬車のおじさんが女将さんにどやされる。
「な?言ったろ?」
両耳を抑えて、おじさんはそれ見た事かと私に文句ありげに言った。
「うん?一体何の話だい。まさか私の悪口じゃないだろうね?」
「えぇ、まさかっ。止めてくれよっ。そんな。」
それに気づいた女将さんがじろりとおじさんを睨むので、思わず私は笑い声が少し漏れてしまう。
「フンッ。そうだ、この子の夕食と朝食代はお前さんにツケといてやるよ。」
「えぇっ?!今の流れは完全にお金は取らない流れだったじゃないか!!そりゃ無いぜ〜?!」
「アンタはこの前もその前もそのまた前も、そのまた前も前も前もツケだっただろ!延滞料金だよ!それだけでもいい加減払いな!!」
「えぇ〜っ!!」
「ふふふっ。」
「あ。何だお前、笑うんじゃねぇよ。このッ」
手で抑えて我慢していたのに、とうとう笑ってしまった。
すると乗合馬車のおじさんが、わーっと勢い良く髪を撫でるので鳥の巣みたいになる。
「わあっ!止めてよっ!髪がっ!ボサボサに!」
ぐしゃぐしゃだ。
乙女にあるまじき、まさに鬼畜の所業。
こういうのは後で直すのが大変なのに。
「フンッ、いい気味だぜ。」
まったく、この男は何にも分かっちゃいない。
唇を尖らせジト目で髪を直す私を見て、男は満足そうだ。
そして私の尖らせた唇を、男はぎゅむっと指で挟む。
「ンブッ!ふっ!ふふっ、ふふふっ!」
「フン。まったく!素直に受け取っておけ。こういう時は?」
「ありがとう!!!」
「よろしい。どういたしまして。」
「パシンッ」
「痛っ」
肩をどつかれ、おじさんは思わず呻く。
「フン。アンタは恩着せがましいんだよ。うちのご飯代ツケにしまくって女と遊びまくってる癖に!まったく!」
「ふっ」
最後の最後まで、このおじさんは格好がつかない様だ。
「って〜。あ、俺シチューな。」
「ハァ?まったく。懲りないやつだね。」
「ふふふっ。」
「ここはな、屋台のスープも勿論美味いが、俺のオススメは具沢山ブルシチューだぞ。」
「へぇー。」
「あ、あんたはちょっと、こっちにおいで。」
「へっ?」
腕を引っ張られて、話しの輪から少し外れて端に避ける。
「この傷は治していいものかい?」
「えっ、いやぁ〜。」
「……ふむ。だったら手当てもしない方が良いね?」
「あ〜、多分?」
「他に痛い所は?」
「お腹と、二の腕と背中。」
「痣になってるね。こっちは服で隠れるから、どっちも治していいね?」
「うん。ありがとう。」
「ヒール」
背中と腕とお腹を、女将さんが触りながら治していく。
ぼんやりと私が白い優しい光に包まれると、ひきつれたようなお腹の痛みも、ズキズキと痛む背中も、ズキズキと痛むドス黒く変色した腕も、瞬く間に治ってしまった。
「わぁ〜っ。凄い凄い!!」
これぞ魔法!って感じだ。
でもそうか。
私は異世界に来たんだった。
転生後の混乱や目紛しい忙しさ、刻々と迫る死期への切迫感で、いっぱいいっぱいだったので特に考えてなかった。
だけど私も、ヒールとか使えるかもしれないんだ。
今は目立たない事を念頭に潜入調査してるから、目立つ怪我を治す事は出来ない。
でも小屋に居た時の虐待の怪我は、早く治せば良かったなぁ……。
今はもう、その時の怪我もだいぶ良くなってるけどさ。
「流石に大怪我とかじゃ、私には無理だけどね。これぐらいならどうって事ないさ。」
「ありがとう!」
「……うん。それじゃあこれぐらいしか出来なくて悪いけど。あぁ、ついでにこっちもやっておこうかね。ウィンド。」
柔らかな風がふわふわ〜と吹くと、ビショビショだった服や髪や体が風邪を引かない程度に乾いていく。
「わっ、ありがと〜!!」
「ふふっ、クリーン。」
身体中がキラキラと青く光ると、服の裾に付いていた泥はいつの間にか消えていた。
「急いで来たのかい?スカートとエプロンが泥で少し汚れてたよ。」
「アハハ。ありがとう。」
「……それじゃあ、痛いとは思うけど。頬と口はそのまま我慢しておくれ。ご飯は食べられそうかい?お腹は?空いてる?」
「すっごく!!今日の夕食、食べ損ねちゃって!もう本当、お腹ぺっこぺこなの!」
「……ふふっ、そうかい。口はちゃんと開けられそうかい?」
「ちょっと痛いけど、大丈夫!切れてるのは外だけだし、そんなに染みないと思う!」
「……そう。」
「へへッ。多分いつもの事だから。そんな顔しないでよ、慣れてるし。」
意識が戻ってすぐの頃は、まだ怪我の痛みとか残ってたりして、痛かったしね。
「ポンポン」
女将さんが、私の頭を軽く触る。
「大丈夫だから、いつでも頼んなさい。夜中に来たって、構わないから。」
そのままゆっくりと、あまりに優しく撫でるものだから。
何だかちょっと、泣きそうになったので我慢した。
「……うん、ありがとう。」
「……子供は大人に頼るのが仕事さね。さっ、早く食べちゃいな。今日は早く寝て、明日また早く帰った方が良いんだろう?」
「……うん。」
「街の皆、あんたの味方さね。大丈夫。何とかなるよ。ムカついたら1発殴って逃げてきな。匿ってやるから。」
「……ふふふっ。うん、ありがとう。」
うん。
何とかなる。
そうだよ。
ムカついたら最悪、1発殴って逃げて来よう。
そのまま旅に出たっていいんだ。
それぐらいの気持ちで行こう。
どうやら皆、メイドである私の主人が酷い人だと思ってるらしい。
あながち間違ってはない。
その相手が、主人であると同時に私の親でもあるというだけの話だ。
クソ野郎だという事は変わりない。
「さぁさっ、これで後は拭いちゃいな。」
多少残っていた水気を女将さんに渡されたタオルで拭き取っていけば、元の私に元通り。
もう夜も遅く、食堂はガランとしていて貸し切り状態。
むしろ今まで、明日の仕込みや後片付けをしていたのかもしれない。
そんな時に私へのあの待遇。
おばさん達めっちゃ優しい。
本当、頭が下がります。
カウンター席に座って、メニュー表を見れば色んなメニューが載っている。
どれもこれも美味しそうな物ばかりだ。
「う〜ん、何がいいかな〜っ♪」
「ふふっ、うちのおすすめはラフリィがさっき言ったように、具だくさんブルシチューだよ。よく温まるし、今ならチーズたっぷりパンもある。」
「「おおっ」」
「ついでに1番人気の桃金豚と黄金鶏の腸詰めもどうだい?美味しいよ!」
「えっ」
「桃金豚と黄金鶏……。」
何それ美味そう……。
「今の時期りんごサラダも良いね。他が重たいから、さっぱり食べられて箸休めにもなる。甘酸っぱくて美味しいよ〜。」
「お、おい」
「甘酸っぱい……。」
「デザートは無花果でどうだい?今回のはよくよく熟れてて甘くてとろとろだ。」
「あ、ちょ、待っ」
「お、美味しそう……。」
「ふふっ。よし決まりだ。たまには豪勢に、パァーっと行こうじゃないか。ね?」
「あぁ〜。もー分かった分かった、払うよ払う。延滞料金として払わせて頂きます〜。」
「フン。今度またツケにしたら、キャリー達にも言ってもらうからね。」
「えぇっ?!か、勘弁してくれよ〜。」
「いいか?嬢ちゃんはあんな大人になるなよ。」
「えっ」
いつの間にか私の近くに来ていた旦那さんは、小さな子供に大事な事を言い含めるように、カウンター越しにコソコソと話す。
「いや、分からなくていいんだ。じゃあちょっと、良い子で待っててな。」
おじさんはうんうん頷いて料理に戻る。
うぅん……、ゴメンよおじさん。
何の話なのかは何となく分かってるんだ。
中身は、それなりの歳なので……。
主人公がさっさと受け入れない事で、のらりくらりと逃げていた料金を延滞料金としてひとまず払う事になりました。
元凶となる主人公が笑っていたのでムカついたと犯人は供述しており、また、頭をぐちゃぐちゃにして犯人は満足だと言ってる模様です。
現場からは以上です。