相対
ガチャッという音ともに、皆一様に頭を下げる。
この家の住人である彼らが席に着くまでは、私達メイドは皆頭を下げて待たなければならない。
コツ、コツ、コツ、とゆっくりと品定めをする様に。
大きな宝石の付いたピンヒールが、こちらに近付いてくる。
指輪とかによく付いてるサイズではない。
ブローチやネックレスとかに付いているような、大きなサイズの宝石が付いたピンヒール。
家にいるにも関わらず、この靴ならばすぐにでも舞踏会とかに行けそうである。
凄いなぁ、あれ何カラットなんだろう。
そんなどうでもいい事を考えながら気を紛らわせ、早く通り過ぎろと願っていればかけられる声。
「……フン。おい、お前ね?噂の子は。」
隣のメイドからトンッと肘鉄を軽くくらう。
ピンヒールは、私の目の前に止まっていた。
「どんな噂か知りませんが、最近入った新人は私の事だと思います。」
「……顔を上げなさい。」
俯き加減で顔を上げれば、じっと注がれる視線。
上から下まで舐め回すように見つめ、ため息を吐く。
「何故早く、ロングジョー卿に応えなかった。」
「……応えようとはしてましたが、先に進むのはとても恐ろしく、またロングジョー卿は紳士的な方でしたので、紅茶を飲んでからにしようという話になりまして。」
「……ほう?」
「……誠に申し訳ありませんでした。」
「お酒を飲んでいたのだから、すぐに寝てしまうかもしれないのは想像が付いたでしょう。」
「……申し訳ありません。」
「私達の了承も得ているとの話も聞いた筈です。」
「……はい。」
「逃げられない事を悟り、わざと時間をかける事で、もしかしたら寝入るかもしれないと思ったのではなくて。」
「いえ、いえ。私はただただ恐ろしく、どうしていいか分からずにいただけにございます。」
《パァンッ》
じんじんと響く頬は、平手打ちされていた。
「昨日はあれで、多少お金が入ってくるはずだったのに!どうしてくれるの?!」
「……っ、申し訳ありません。」
《パァンッ》
先程とは逆の頬を勢い良く打たれ、思わず倒れ込む。
「誰が倒れていいと言ったの?!あなたに責任が取れるのっ?」
「……、申し訳ありません。」
「……チッ、涙のひとつも見せないとは何とまぁ可愛げのない!」
「……、申し訳ありません。」
「跪いて許しを請いなさい。」
「……、申し訳ございませんでした。」
「……チッ、面白くない。既に次の予定は組んであるから。次は無いわよ。」
「申し訳ございませんでした。」
「……、あぁ。そうそう、良い事を思い付いたわ。貴方、今日の夕食と明日の朝は抜きね。おいたをしたのだから当然でしょう。悪い子にはちゃんと躾をしないとね。メイド長達も、彼女の躾がなってないんじゃないの?」
「も、申し訳ありません……っ。まだ小さく、入ったばかりですので。」
「口答えするの?」
「いえ、いえ。とんでもございません。申し訳ありませんでした。」
「後でそれは1晩外に追い出しておきなさい。」
「かしこまりました。」
オワッター。
死んだわー。
《ガチャッ!》
ようやく彼女が席に着いた所で、また扉が開く。
メイド達はまた、一様に頭を下げた。
コツコツコツッと勢い良く革靴の音がして、また私の前に止まる。
「おい!お前かっ!ロングジョー卿からの誘いを断ったというのは?!」
「断った訳ではありません。私はただただ恐ろしく、戸惑っていた所をロングジョー卿のご好意で、紅茶を飲んでからにしようという話になっただけでございます。」
「フンッ!わざと寝入るまで待ってただけだろう!!」
「とんでもございません。そのような意図はありませんでした。」
「頭を上げろ。お前にその意図が無かろうが、これで多少入ってくる筈だったのに台無しだ!!」
《ドゴッ》
旦那様はグーで私の頬を殴った。
「……ッ、申し訳ありません。」
「ふざけるなよ!!メイドの分際で!!!誰が倒れて良いと言った!!」
「……、申し訳ありません。」
《ドスッ!》
「ゲホッ!ゲホッゲホッゲホッ!」
鳩尾に思いっきり膝蹴りが入り、思わず咳き込む。
《ガッ!ドゴッ!ボコッ!》
そのまま倒れ込めば上から蹴られるので、丸まって腕で頭を抱え込んだ。
「……ふふふっ、その辺にしておきなさいな。」
「……フンッ。」
「私も既に躾た後です。その辺でもういいでしょう。次の予定は既に組んでありますし。」
「君は随分優しいね?」
「次は無いと言ってありますから。続きはその時でいいでしょう。」
「フンッ、サラの優しさをありがたく思えよ!」
「……さっ、早く食べましょう。貴方のお陰で、胸がスッとしました。貴方も私と同じ考えで嬉しいわ。」
「そ、そうか?私も君と共有出来て嬉しいよ。」
「ふふふっ。」
「と、ところで、次成功した暁には私の取り分を少し増やしてくれないかね。」
「あら。どうして?」
「ロングジョー卿は私の紹介だろう?」
「あら。丁度良い男性の知り合いが多いのは貴方なんだから、貴方の方が有利なのは仕方無いでしょう?」
「うぅむ、だが私の方が」
「あらあら、嫌だわ。最初に取り決めた事じゃない。それを今更変えるだなんてずるいわ、そんなの。」
「い、いや。だが、しかしだな。」
「ふふふっ、それとも最初に決めた事を変える嫌な男なの?」
「え?!いや!そうじゃない!そうじゃないんだ!」
「ふふっ、私をあまり失望させないでね?」
「……う、うぅむ。」
どうやら旦那様は、奥様に逆らえないようだ。
辺りが静まり返る中、料理をテーブルに置く音だけが響いた。
《ザー》
「災難だったわね。ふふっ。それじゃあ、悪いけど。」
何人かのメイド達はお互い顔を見合せて、しょうがないわよねとくすくす笑う。
何がしょうがないんだろう。
笑ってるくせに。
《バタン》
両親の夕食が終わると、すぐさま私は着の身着のまま屋敷の外に追い出された。
ざぁざぁ降る雨の中を。
あーマジかー。
本当にするのかー。
やったって事にすればいいのに。
本当にするのは彼等が怖いからか、彼女等の意志か。
どちらでもありえそうだ。
とりあえず、草木の影に隠れて家を出る道を歩こう。
急げば乗合馬車のおじさんが、街に帰る時間に間に合うかもしれない。
ふぅふぅと息を切らせながら、早歩きで庭を歩く。
地面はちょっとぬかるんでいて、少し柔らかくなっていて歩きにくい。
しかも日が落ちて真っ暗だし、雨が降ってるのが良かったのか悪かったのか。
パッと見この暗闇の中では人が歩いてるようには見えないし、雨音で私が出す音も消えていた。
こんな子供が雨の中、しかも真っ暗の中で歩いてるとはとても思えないだろう。
庭を出たら、頑張ってしばらく走った。
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」
途中で何度か歩きに戻ったり、走ったりを繰り返してようやく乗合馬車の停留所が見えてくる。
頑張って走った甲斐もあり、どうやら間に合ったようだ。
「……っ。ハッハッハッ、おじさんっ!!」
「はっ?えぇっ?!」
おじさんは幽霊でも見たかのように、ポカンとした顔で数秒停止した。
そして次の瞬間にはズサァァッと勢い良く後ずさって、腰と足を強かに荷台に打ち付けた。
「あっ、痛ッ!!」
「ふふふっ、大丈夫?良かった!間に合った〜!」
「い、いやいやいやいや。おいおいおい……。どうしたどうした?大丈夫か?何があった?」
「いやまぁ、……うん。色々とあって。」
いや本当、色々あったんッスよ……。
話すと長くなるんですけどね……。
HAHAHA……。
「……ほう。そうか……、うん。大変だったな。」
アハハ、察してくれて助かります。
「今から帰るんだよね?良かったら私も乗せてくれない?」
「そいつァ良いが……。」
頬をポリポリとかきながら、おじさんは言い淀む。
「あ、お金は今は無いんだ。ごめん。次の時に払うから。」
「…あぁ、いや、いいよ。そうじゃねぇ。その金も要らねぇ。常連だからな。取っとけ取っとけ。」
おじさんは少し考えると、くるっと私に背を向ける。
そして面倒そうに後片付けをしながら、手をヒラヒラさせた。
「や、本当次払うから。」
「いいからいいから。ほら。さっさと乗れ乗れ。」
「ありがとう、本当に助かる。ふへへへ…。いや本当、間に合って良かったー。」
ヘラりと笑いながら、荷台を改造させた屋根付きベンチに座って一息つく。
いや〜、疲れた疲れた。
「フッ。着くまで寝てても構わんぞ。」
「あぁ、大丈夫大丈夫。ちょっと前に仮眠してるから。」
「うん?」
おじさんは不思議そうな顔をした。
「いや私も忙しくてね。いつもはこの時間起きてるんだ。」
「……そうか。」
「うん。」
「行く宛てはあるのか?」
「えぇ?……うぅ〜ん。」
「……、俺の家に泊めてやりてぇが、家はなぁ。散らかり過ぎてて……。もし他に無けりゃ、お前さんさえ良ければ泊めるが。」
おじさんは言い出しにくそうに、頬をポリポリ掻きながら言ってくれた。
「えっ、いいよいいよ。とりあえずどこか、街のベンチにでもいるし。最悪そこで寝ても」
「ハァッ?!バカか?!こんな時間に、ッんな事!!」
「いやぁ……、ハハ。」
「まったく。笑い事じゃねぇぞ?こんな時間じゃあ、何かと物騒だ。何かあってからじゃ遅い。」
あぁ、そっか。
ここ日本じゃないし。
まぁ、そうだよねぇ。
「うーん。あ、あそこはどうだ。アリマンの所。」
「アリマン?」
「宿屋兼飲食店。短い髪でオレンジ色の髪の女がよく店先でスープ売ってる所。」
「あぁー。近くに魚介串焼きとか甘い物が売ってる?」
「それだそれだ。そこの店主のチーボも知り合いだし、俺が頼んでやるよ。」
「えっ、でも」
「バッカ、子供が遠慮なんかすんじゃねぇよ。そこはありがとうでいいんだよ。むしろ強引にでも連れて帰らなかったら、アリマン辺りに俺がドヤされるわ。」
「えぇ?……、ありがとう?」
「まぁ、本当にダメそうだったら俺ん家に止めてやるよ。フン。覚悟しとけよ、俺ん家汚ぇからな。」
「ふふふっ。ありがとう。」
「フン、良いってことよ。」